1-144 国境戦争 2
最新の手術設備を備えた『医療車両』2台を含めた二十数台の輸送車からなる派遣部隊はフィスリニア王国を出発して2日後、戦場であるサバンナ地帯のモルーグ王国軍の野営地へと到着した。
メイシアは輸送車から降りて辺りを見渡した。
東に見える山脈の森は、紛れもなくあの酷い戦いをした場所だ。あの山並みを見ているとあの戦いが生々しく思い出されてくる。
「・・・おいってば!大丈夫かメイシー!おい!メイシー!!」
メイシアは激しく肩を揺さぶられてようやく名前を呼ばれている事に気づく。それは夫のフランクだった。
「あ・・・あなた?・・・」
「大丈夫か?あの時の事を思い出したのか?」
気の抜けた返事をするメイシアの顔をフランクが心配そうに覗き込む。そして、自分の周りの留学生達も心配そうにメイシアを見つめてきていた。
(いけない、いけない。よっぽど酷い顔をしていたんだ)
心の中で反省しながら、メイシアは笑顔をつくる。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ。過去は過去でもうどうしようもないんだから、明日の糧にするだけ」
そう言って笑顔を振り撒くメイシアに、皆は少しだけ安堵の表情を浮かべるのだった。
「フィスリニア王国の支援部隊の皆様ですね。指揮官がお待ちです。こちらへどうぞ」
気が付けば一人の若い兵士が側に立っていた。憔悴しきった顔をしており言葉に覇気がない。きっと初めての国境戦争への参加で理想と現実のギャップに悩んでいるのだとメイシアには思われた。
兵士は明らかに2人の老人、マイケルとサモンに対してお伺いを立てている。この中て一番偉そうな2人であるため仕方のない事だ。
それ故、フランクとメイシアがマイケルとサモンの指示を待っていると、マイケルがおもむろに口を開いた。
「取り敢えず、我ら4人で挨拶に行くとするか。じゃが忘れるなよフランクにメイシア。この支援部隊の指揮官はお前達2人なのだ。全てを自分で考え実行するのだ。我々老いぼれは単なるオブザーバーもしくは助手、そして第一世代の威光が欲しい時の為の飾りに過ぎんと心得ておくのだ」
フランクとメイシアは黙ってしっかりと頷く。しかし頷きながらも解せない事があった。
どうしてこの老人達は自分で指揮を執ろうとしないのか。彼等が、もしくは彼等と自分達が共同で指揮を執ればスムーズに事が運ぶのではないか。
フランクとメイシアはそう進言したのだが、
「老い先短い老人をこき使うでない」
と、支援を買って出たとは思えない理由ではぐらかされたのである。
しかし若い2人が、「まあ、この悪戯心旺盛な老人達では仕方ないか」と妙な納得をした事は言うまでもない。
フランクとメイシアは、それぞれが指揮を担当する技術スタッフと医療スタッフに作業準備の指示を出した後、2人の老人と共に兵士に付き従って指揮所のテントに向かう。
そしてテントの前まで来た時、メイシアは俯き歩みを止めてしまう。
しかし、サモンがその肩をポンと叩き囁いた。
「大丈夫。恐れる事も臆する事もないぞ。胸を張るのだ。お前が今戦っている相手に比べたら採るに足らない連中じゃろ?」
その言葉を聞いた途端、メイシアの表情が変わる。
戦う相手・・・メイシアはその言葉を小さな声で反復する。
今回の国境戦争でメイシアが戦う相手・・・それは、レンザリア公国軍でもなく、モルーグ王国の無能な指揮官達でもない。恐ろしいあの人なのだ。
メイシアは顔を上げ真っ直ぐ前を見据える。その表情を確認したサモンは満足げに頷くとテントの中へ足を進めるのであった。
テントの中には、モルーグ王国軍の指揮官達が揃って会議卓に着いていた。
「フィスリニア王国支援部隊の指揮官の皆さんをお連れしました」
案内してくれた兵士がそう言って敬礼し後ろに下がる。
フィスリニア王国の4人が老人2人を先頭にして中に入ると、指揮官の一人が立ち上がり形式的な挨拶を述べる。
「ようこそおいで下さいました。私が総指揮官のマーデル、第二世代です。因みに此処にいる指揮官達は皆第二世代もしくは第三世代ですのでお忘れなきよう。国王陛下直々の依頼により来て戴いた訳ですが、我々の作戦の邪魔にならないようお願い致しますぞ」
丁寧ではあるが上から目線の総指揮官。他の指揮官はと言うと、立ちもせずに椅子に座ってふんぞり返っていた。どうやら、マイケルとサモンをただの年配者と見下しているようだ。
なお、フランクとメイシアは老人2人が隠すように前に立っているため指揮官達からは見えていない。
(なる程、確かにこれは酷いのう)
マイケルとサモンは不機嫌そうに顔を見合わせ、代表してマイケルが口を開く。
「儂は『マイケル=スタンレー』、こっちは『サモン=リスドール』。2人共、A級の第一世代じゃ」
マイケルの物言いは淡々としたが、指揮官達には爆弾を放り込まれたに等しい言葉だったようだ。座っていた指揮官達は慌てて立ち上がり、総指揮官も青い顔をして姿勢を正し、「し、失礼致しました!」と叫ぶ。
権威を笠に着る者ほど権威に弱い。その事を体現したような連中であった。
「じゃから、当然お主等の作戦にも口出しさせてもらうぞ」
「はい!もちろんであります!」
「技術部門と医療部門は当然我々の指揮下に入ってもらうぞ」
「はい!もちろんであります!」
称号の権威だけを信じて何も考えずに返事をする総指揮官にマイケルは呆れつつも、これで言質は取れたと心の中でほくそ笑む。
「そうそう。言い忘れておったが、我々は支援部隊の指揮官ではない。指揮は我々の一番弟子であるこの2人が行う。2人とも称号は持たぬが、この者達の行動や命令は第一世代である我々の意志に等しい事を決して忘れぬように」
マイケルとサモンはそう言うと2人の弟子を前に押し出す。
メイシアは思う。この2人の老人は本当に人を驚かせる事が好きで、どうすれば人を効果的に驚かせる事が出来るか日々考えているのだろうと。
なぜなら、この演出で指揮官達はメイシアを見て驚愕の表情を浮かべたまま完全に固まってしまったからである。
メイシア落ち着き払って指揮官達を見回す。確かに2年前の国境戦争の時の顔触れだ。事前にこの情報を得ていなければ自分も驚愕の表情で固まっていたに違いない。しかし事前に情報を得ていたお陰でこうして落ち着いた態度を取ることが出来た。これはかなりのアドバンテージになる。
そしてメイシアは自分に有利な情報をもたらしてくれた人物を思い出し厭な気分になる。
また、あの人だ。私はまだあの人の掌の上で踊っているに過ぎない!
その忌々しさが顔に出てしまったのだろう。メイシアを凝視していた指揮官達はさらに恐怖の表情まで浮かべ始めた。
「メ、メイシア=リームゼン・・・なぜお前がここにいるのだ?」
オドオドした口調で尋ねる総指揮官をメイシアはジッと見つめて呆れる。
なんと矮小な存在なのだ、この総指揮官は。彼だけではない。ここにいる指揮官全てだ。私はこんな人間達に盲目的に頭を下げていたのか・・・いや、私だけではない。前回も今回もこんな矮小な人間のために多くの兵士が命を失い傷を負ったのか・・・
メイシアは即答する代わりにニタァっと笑った。
指揮官達はさらに恐怖の表情を浮かべる。
老人達とフランクは(これは・・・)と驚きの表情でメイシアを見つめる。
メイシアは緊張が高まった最高のタイミングで言葉を発する。
「何をしに来たと思いますかぁ~?」
楽しさをかみ殺すような口調に、指揮官達は突き飛ばされるように椅子に崩れ落ちた。
そこには普段のメイシアは欠片もいなかった。
「これではまるで!・・・ミリーじゃないか!!」
老人達とフランクは驚きの表情のまま一様にそう思ったのだった。




