1-143 国境戦争 1
「はーーい。午後からテジャルさんの畑ですね。それじゃまた後で」
リナイアは近所の奥様方との朝の井戸端会議を終えて我が家へと向かう。
村での生活にもうすっかり馴染んでしまったリナイアとサーエイ。
移民船での暮らしに比べると断然に不便である事には違いない。例えば食器を洗うのも洗濯をするのも水を汲むのも共同の井戸まで行かなければならない。
大きな街には水道が完備されているが、このような小さな村はまだまだなのだ。
それに煮炊きするのにも薪や炭が必要だし、夜はランプの灯りだけが頼りなので薄暗い。
しかしリナイアはここでの生活がとても気に入っていた。
確かに色々と不便かもしれない。でもそれを補って余りある素晴らしい事が沢山あった。
井戸端は女性達の社交場だ。毎日毎日沢山の話で溢れ返り笑いが絶えない。時には相談事もあるがその時はみんなが解決してあげようと真剣だ。ここには常に沢山の人の繋がりがあり、人々は常にコミュニケーションを求めている。
個人のプライバシーを過度に尊重する移民船では決して味わえないものだ。
料理だって薪や炭で調理した方が断然いい。当然、料理の味は元となる材料の違いがとても大きい。材料の下拵えはとっても手間だが苦労の甲斐以上の差となって現れる。でも美味しさの違いは材料の違いだけではないとリナイアは考えている。
熱を与えるという点では、移民船の電子調理器も薪も同じだ。いや、キッチリ0.1℃単位、1秒単位で管理が出来る電子調理器の方が何倍も優秀だろう。
でも薪や炭には数値では表せない良さがある。優しさがあるように思う。それが料理に移るのだから美味しさが倍増するのだ。
それに、薪割りをするサーエイが楽しそうなのだ。あの大変な作業も何か心にいい効果を与えているのだろう。
ランプの薄暗さだってそうだ。確かに明るいのはランプの周りだけだ。でもそのお陰で部屋にいる人はランプの周りに自然と集まってくる。リナイアは移民船の家にいた時よりもこの家にいる時の方がサーエイとの心の距離がずっと近くなった気がするのだ。
そんな、リナイアにとっていい事ずくめの村での生活だが、最近リナイアには一つの心配事が出来た。その事を考えると表情がフッと暗くなってしまうのだ。
心配事に想いを巡らしながらリナイアが家に戻ると、カン、カン、と薪を割る音が聞こえてくる。
「サーエイ様。ただいま」
「お帰り」
リナイアが笑顔を作って挨拶をし、サーエイが汗を拭きながら笑顔で応える。
「あの、サーエイ様・・・今朝も、ミリーさんもメイシアさんもいらっしゃいませんでしたか?」
恐る恐る質問するリナイアを見てサーエイは小さな溜め息をついて答える。
「いや、来なかったよ」
「・・・そうですか・・・」
この数日、リナイアはちょっとでも家を空けると帰ってきた時にそう尋ねるのが日課になっていた。
「マーサさんからは、暫くは無理って言われたんだろ?特にメイシアさんは作戦行動で今日から暫く城から離れるって話なんだろ?」
「そうなんですけど・・・」
暗い顔で大きな溜め息を吐くリナイア。
そう、今のリナイアの心配事は、ミリーとメイシアの事だったのだ。
いつも毎日のように来てくれていた2人がこの数日全く顔を出さなくなった。
病気でもしたのではないかと心配して、リナイアは城まで様子を見に行ったのである。そして城で出迎えてくれたのは憔悴しきったマーサであり、城が大変な事になっているとあれこれ教えてくれた。そして暫く近づかない方がいいとまで忠告されたのである。
心配そうに俯くリナイアをサーエイはジッと見つめていたかと思うと、おもむろに声をかける。
「そんなに心配か?」
「当たり前です。あんなに仲が良かったんですよ。何とか元に戻って欲しいです!」
熱く語るリナイアの言葉を黙って聞いていたサーエイだったが思わず口を挿む。
「リナイア判っているか?最大の対抗勢力であるこの国の内部分裂は我々にとっては喜ばしい事なんだぞ」
思いも寄らぬサーエイの横槍に最初は目を白黒させたリナイアだったが、やがて紅潮させた頬を膨らませサーエイを睨みつけて思わず反論する。
「ほ、本気で言ってるんですか!サーエイ様ってそんな恥知らずな方だったんですか!・・・あ・・・」
思わずサーエイを怒鳴りつけてしまったリナイアだったが、すぐに自分の主に取るべき態度ではない事に気づき、深々と頭を下げて謝罪を始めた。
「も!申し訳御座いません!私!サーエイ様になんて事を!私・・・私・・・」
途中から泣きじゃくり言葉にならなくなったリナイアの頭を優しく撫でながら、サーエイがリナイアを慰める。
「いや、今のは私が意地悪だったな。すまなかった」
サーエイはそう言うと城の方向を不安げに見上げるのだった。
その頃、フィスリニア城の広場では簡単な出発式が執り行われていた。
ウィルファン王子とシーザー王子が作戦に参加する留学生達に感謝と激励の言葉をかけ一人一人と握手をした。
城の皆が見送りに集まっていた。しかしその中にミリーの姿はなく、メイシアも決してミリーを探そうとはしなかった。
「メイシー、頼んだぞ」
オズワルドがメイシアの肩をポンと叩きながら声をかける。
「はい。任せて下さい。それよりオズワルドさん達の方が心配です。暫くは状況を知ることもグチを聞いてあげることも出来ませんし。大丈夫ですか?」
心配そうに見つめるメイシアにオズワルドがドヤ顔で親指を立ててみせる。
「あぁ、大丈夫だ。ケニーとサモンが協力してくれるみたいでな。二人のデバイスの通信を使って毎日こっちの状況をお前に伝えさせてくれるそうだ。毎日大量のグチを送ってやるから覚悟しておけ」
「あは、それを聞いて安心しました。ジャンジャン送って下さい。毎日お返事書きますから!」
笑顔で応えるメイシアであった。
その後も城の仲間達が次々とメイシアに励ましの声をかける。
メイシアは皆の励ましと笑顔がどんどん自分の中に吸収され力になっていくのを感じていた。今なら何でも出来るような気がする。でもあの時のように追い立てられる感じではない。自分から一歩前に出て歩いていける、そんな感じなのだ。
モルーグ王国にいた頃には味あう事が出来なかった感覚。メイシアはつくづくこの国に来て良かったと感じていた。
一通り皆の挨拶が済むと、最後にアルベルトがメイシアに告げる。
「メイシー。2年前のお前に決着をつけてくるんだ」
メイシアはアルベルトの言葉に決意の表情を見せるとしっかりと頷く。
そして、派遣部隊の皆を見回してもう一度頷くと大きな声で叫んだ。
「これより国境戦争の支援に出発します!各自予定の輸送車に搭乗して下さい!」
メイシアの号令に留学生達は一斉にときの声を上げて一斉に動き出す。
その様子を見ていたフィリア姫は納得するように頷き自分の人選に誤りがない事を確信する。そして城を見上げ、鎧戸が閉ざされた窓を寂しそうな目でジッと見つめるのであった。




