1-142 血塗れの看護師 10
「ウィルファン様・・・どうしてこちらへ?」
その場に居合わせた者達がウィルファン王子に向かって深々と頭下げる中、査問官は頭を下げたままウィルファン王子にお伺いを立てる。
「これより『メイシア=リームゼン』は、私とアレキサンドル閣下の保護下に入る。査問会には我ら両名とそこの近衛騎士『ギルバート=ラングルホース』及び『フランク=メルギス』も出席する。証人の尋問にもだ。そして当然こちらからも証人の選別はさせて貰おう」
ウィルファン王子は一枚の書状を広げ査問官の鼻先に突きつけた。
「これが、私とアレキサンドル閣下の連名による勅書だ。勅書と言うからには当然ゴルジア国王陛下のサイン入りだ」
査問官は青い顔で脂汗を流しながら書状を食い入るように見つめる。憲兵達は不安そうな表情でお互いを見つめ合う。この基地の司令官は、と言うと、にやついていた顔は一転して引きつり、苦悶の表情を湛えていた。
「た、確かに拝見いたしました。しかし、何もウィルファン様程の御方がこのような些末事にお手を煩わせることは御座いません。ここは是非私共に任せて頂きたく・・・」
「ほう、国境戦争の突然の敗北宣言が『些末事』とは、ずいぶん豪胆な男だな」
ウィルファン王子の皮肉を含んだ言い様に査問官は言葉を詰まらせる。ウィルファン王子はさらに追い打ちをかける。
「私は正しく正義が行われる所が見たいのだ。貴殿らが私の期待に応える所をしっかりとこの目で見させてもらうぞ」
査察官はさらに深く頭を下げて不承不承肯定の意志を示した。
「よし。ならば『メイシア=リームゼン』は査問会終了まで我々が保護する故お引き取り願おう。それから査問会の全日程を至急我々に送るように。以上だ」
ウィルファン王子の命令に、査問官は「承知しました」と力のない小さな声で応えると、憲兵達を引き連れてすごすごと引き上げて行く。そして病室にはメイシア、フランク、ギルバートそしてウィルファン王子の4人だけが残ったのであった。
「さて、あなたがメイシアさ・・・ん?」
ウィルファン王子はそう言いかけて、戸惑いの表情で固まってしまう。
ウィルファン王子の視線の先にはベッドの上で見事な平伏をするメイシアの姿があったのだ。
「あの、メイシアさん、そんな事しなくていいから」
優しく語りかけるウィルファン王子に対し、なおも平伏を続けるメイシア。
「そんな滅相も御座いません」
その声は畏怖に小さく震えている。
ウィルファン王子は頭を掻きながらメイシアに身体を起こすように言い続けるがメイシアは頑として聞き入れない。最後は痺れを切らしたウィルファン王子がメイシアを叱りつけた。
「もう!いい加減にしなさい!怒るよ!」
メイシアは弾けるようにベッドの上に背筋を伸ばして正座をする。そしてその表情は強張り今にも泣き出しそうだった。実際その目は涙を湛えていた。
ウィルファン王子はしばらく呆れたような表情でメイシアを見ていたが、やがて「プッ」と吹き出しケタケタと笑い始める。
「いやぁ、女の子のこんな反応は初めてだよ。新鮮だなぁ」
楽しそうなウィルファン王子とは裏腹にメイシアはパニックになっていた。何が起こっているのかまるで解らなかった。もう自分は終わりだと覚悟した矢先に突然救いの手が差し伸べられた。それも事もあろうか王族が保護を買って出たのだ。
しかも今まで見える範囲に近づく事も出来なかった王族が目の前にいて、トドメはそれが国民に人気の高いウィルファン王子だという事実だ。もう何が何だか解らないと言うのが、メイシアの今の状況だった。
そんなメイシアの気持ちを察してフランクが笑いながら言葉をかける。
「だから僕達に任せておけって言ったろ?」
メイシアはようやく思考が回りだす。にこやかに笑う3人の男達を見つめると、
「もしかしてフランクさんたちが直訴してくださったんですか?!」
「ははは、直訴だなんてそんな大層なもんじゃないよ。彼等の頼みじゃ断れないだけさ」
メイシアの疑問にウィルファン王子が答える。
「おいおい、その言い方、まるで俺達がウィルを脅しているみたいじゃないか」
それを聞いたギルバートが不満そうに文句を言うと男3人揃って笑い出した。
キョトンとするメイシアに再びウィルファン王子が説明をする。
「私達は長い付き合いでね。腐れ縁。悪友ってやつさ」
メイシアは仲良さげに笑い合う3人を見て納得する。と同時にある大事な事に気づいた。
「あーーっ!!」
「どうした?!」
いきなり叫び出すメイシアにウィルファン王子達が慌てて問い質す。
メイシアは頭を深々と下げて叫んだ。
「私!まだお礼を言っていませんでした!助けて頂きどうもありがとうございました!」
ウィルファン王子達は一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直して笑いかける。
「全く面白い子だなぁ。お礼を言うのはまだ早い。戦いはこれからだよ」
ウィルファン王子とアレキサンドル公がメイシア=リームゼンの擁護に廻った。
この事実に駐屯地の基地には衝撃が走る。特に基地の司令官や指揮官から口裏を合わせるように指示された国境戦争の当事者達にだ。
彼等は彼等の地位の保証と引き換えに「全てはメイシアのせいである」と証言する事を承諾したのである。これは、既に軍の上層部でそのようにシナリオが作られており、証言を咎められる心配はないという打算に基づくものだった。
しかし、此処に来て状況は変わった。
王族がメイシアの擁護にまわり、査問会にも口を出すと言う。証言の内容を徹底的に問い詰められるのは必死だ。
しかも、この2人の王族はモルーグ王国国民の人気を二分する存在なのだ。さらにアレキサンドル公は実質的に政を取り仕切っている実力者なのである。
もし事が公になり、自分が人気の王族に偽証で逆らったとなれば世間からどのような非難を浴びるか判ったものではない。
こうして、上官と王族との板挟みとなった彼等がとる道は自ずと決まっていた。
『証言拒否』である。
証人に指定された人々の殆どが証言を拒否、そして、ごく一部ではあるがメイシアを擁護する証言を行う者も出てきたのである。
メイシアの責任とした証言を行ったのは、そうしなければ敗戦の責任を取らされる者達、司令官と指揮官、医療部の責任者達だけだったのである。
「結局、落とし所はこんな所になってしまったな。指揮官達の責任を徹底的に追及したかったのだけど・・・ごめんな」
「いえ、罪に問われなかっただけでも嬉しいです。いろいろとありがとうございました」
申し訳なさそうに謝るウィルファン王子にメイシアは深々と頭を下げて礼を言った。
先程査問会が終わって判決が言い渡されたのである。
査問会では、メイシアを有罪と出来る程の証拠がないとして無罪放免となった。王族が判決に目を光らせていたお陰である。ただし、敗戦の原因である指揮官達の責任も証拠不足として不問とされてしまったのであった。要するにお互い罪を問わない事で手を打ちましょう、というのが査問会の腹の内だったのである。
敗戦の原因も、敵の電撃的は反抗作戦によるものとされた。しかし具体的な状況などは軍事機密として公開されず、国民もお上が言うことだからとそれ以上の突き上げはしなかったのである。
「それより大丈夫?あのクズ共がメイシアの悪口を言い回っているようだけど・・・」
心配そうにフランクが尋ねると、メイシアは寂しそうに微笑みながらこくりと頷いた。
国境戦争の指揮官達は周囲から国境戦争の敗因を尋ねられる度に1人の看護師のせいだと吹聴していた。
そして医療部の責任者達も・・・いやそれだけでなくメイシアと共に野戦病院にいた同僚達も、メイシアが殺した敵の返り血で血塗れになって喜んでいたと振れ回っていた。メイシアを置き去りにしたことで自分達が責められる前にメイシアを社会的に抹殺しようとしたのだ。
そして2つの噂話は当然のように融合し、「血に飢えて敵を殺し続けた血塗れの看護師のせいで作戦が失敗し敗戦した」と言う都市伝説なってしまったのである。
幸いにも都市伝説の中にはメイシアの名前はなかった。しかし、メイシアの職場の人間には当然それがメイシアだと判っていた。そのためメイシアは様々なイジメを受け続けた。メイシアを信じていじめないのは親友のパーシーだけだった。パーシーは必死にメイシアを庇ったが焼け石に水の状態だった。
そして噂は当然家族の耳にも入る事となる。
兄と姉は何度となくメイシアを罵倒し殴りつけた。
母は信じてると言ってくれたが兄や姉から護ってはくれなかった。
そんな、どこにも居場所がないメイシアの唯一の居場所はフランク達のそばだった。
でも査問会が終わった今、彼等が共にいる理由がない事をメイシアは判っていた。
「皆さん、お世話になりました。本当に今日までありがとうございました」
メイシアは深々と頭を下げる。もうこれでお別れかと思うと、段々と目頭が熱くなってくるのが判った。
ウィルファン王子、ギルバートそしてフランクの3人はお互い顔を見合わせる。
「メイシアはもう僕達と会わないつもりなの?」
「だってもう皆さんには私に会う理由がないじゃないですか」
フランクの質問にメイシアが顔を上げて答える。その目は真っ赤で声は震えていた。
「俺達はやっと何の心配もなく4人で遊べると喜んでたんだけどな。俺達と一緒にいるのは嫌だったか?」
ギルバートが残念そうに声をかけると、メイシアは堪えていた涙を一気に流しながら叫ぶ。
「嫌な訳ありません!ずっと一緒にいたいです!」
その言葉を聞いたウィルファン王子は嬉しそうに言葉を返す。
「だったら、何も問題ないじゃないか。これからも『ガルーダ』の格納庫に遊びにくればいいさ。毎日でもいいよ。その方がフランクも喜ぶ」
「ウィルさん!」
いきなり話を振られたフランクは顔を真っ赤にし、ウィルファン王子はケタケタと笑った。
「いいんですか、本当にいいんですか」
涙を袖でグシグシと拭きながら尋ねるメイシア。その肩にそっと手を乗せながら3人は言った。
「当たり前だろ。メイシアはもう仲間。俺達の悪友なんだから」
メイシアの話が終わっても、留学生達は誰も口をきこうとはしなかった。
あまりにも生々しい話に誰もがそれが真実だと信じて疑わなかった。
メイシアは、青い顔をして黙りこくる留学生達を見回して口を開く。
「大丈夫。あの馬鹿共のやり口は判っています。あなた達には傷一つ付けさせやしません。例えこの身体が再び血塗れになろうとも・・・ね」




