1-141 血塗れの看護師 9
フランクは、椅子に座りメイシアの手を握ったまま、いつの間にかベッドに突っ伏して眠ってしまっていた。
一晩中頑張って起きているつもりだったが、さすがに疲れきっていたと見えて気が付いたら朝になっていた。
一瞬(ここはどこだ?)と辺りを見回したがすぐに病室だと思い出しメイシアの様子を窺う。
メイシアは目を覚ましていた。目を覚ましてジッとフランクの事を見つめていたのである。
フランクは少しばつが悪い思いをしながらも「おはよう」と声をかけてみる。
その声でメイシアも「お、おはようございます」と慌てて挨拶を交わす。
「あっ」
手を繋ぎっぱなしだった事に気付いたフランクが慌てて手を離そうとしたが、メイシアがガッシリと掴んでいるため離す事が出来ない。そこでメイシアが「あっ」と気付き慌てて手を離す。
メイシアは真っ赤な顔を隠すように毛布を目の下まで引き上げる。その目はジッとフランクを見つめ続けていた。
「手を繋いでなんて・・・ご迷惑でしたよね」
本当に申し訳なさそうに話すメイシアに「そんな事ないよ」と優しく応える。口が裂けても「嬉しかった」とは言えない。
そんなフランクにメイシアはさらに謝り続ける。
「沢山ご迷惑をかけて本当にごめんなさい。わざわざ助けに来て貰って、フランクさんを血で汚しちゃって、いっぱい宥めて貰って、側にいて貰って、手を握って貰って・・・シャワー室じゃ・・・変なもの見せちゃって・・・」
「全然、変じゃない!」
思わず叫んだフランクは「馬鹿か!俺は!」と心の中でも叫ぶ。メイシアはと言うと、びっくり眼でますます真っ赤になり毛布で顔を隠してしまった。
そのまま動けなくなった二人。しかしフランクには1つ解った事がある。それはメイシア自身が異常な精神状態になった時の事を憶えていると言う事だ。
よく、人は耐えきれない体験をすると心を守るためにその記憶を失う事があると言う話を聞く。しかしメイシアにはこの都合のいい現象は起こらなかった。どこまで憶えているかは判らないが、少なくとも全てを忘れる事は出来なかったのだ。メイシアは今後その記憶と戦いながら生きて行かねばならない。フランクにはその事がとても悲しい事に思えた。
「起きてるかい?二人とも。朝御飯持ってきたよ」
そう言いながら入って来たのは昨夜のベテラン看護師だった。恥ずかしさでどうしたらいいか判らなくなっていた二人には救いの手である。
「はい!起きてます!」
フランクとメイシアは声を揃えて返事をし、メイシアは慌ててベッドの上に身を起こす。
ベテラン看護師はそんな二人を交互に見てニヤニヤと笑う。
「ふ~ん。その様子だと、二人っきりで一夜を共にしたみたいだねぇ。あんた、男ならチャンと責任取りなさいよ」
知らない人が聞いたら勘違いしかしないようなベテラン看護師の台詞に、フランクは「そんなんじゃありませんってば!」と叫び、メイシアはまた真っ赤になって俯いた。
「あの・・・昨日はありがとう御座いました」
食事を配るベテラン看護師にメイシアが丁寧に頭を下げて礼を言う。看護師はメイシアに優しく微笑むとこう言った。
「気にしなくていいのよ。それより、あたしはあんたの味方だからね。安心おし」
メイシアにはこの看護師が何故そんな事を言うのか判らないまま頭を下げる。
ベテラン看護師はにっこり笑って部屋を出て行く。そして、扉を出る時に思い出したように振り返り、フランクに話しかけた。
「そうそう、あんたの相棒が、しばらくはあんたの食事もここに運べって言ってたけどそれでいいんだね!」
「はい。よろしくお願いします」
フランクは予期した質問だったと見えて返事に迷いはない。予期していなかったのはメイシアであり、「えっ?」と言いたげな表情でフランクを見つめたのだった。
ベテラン看護師が部屋を出た後、フランクはメイシアの戸惑いの視線に気付き慌てて言い訳を始めた。
「あ、ごめん。勝手に決めちゃって迷惑だって事は判ってるんだけど・・・」
「全然迷惑じゃありません!むしろ嬉しい位!」
迷惑がっていると誤解されたメイシアは、思わずムキになって本音をポロリと漏らしてしまう。フランクといつまでも一緒にいたいという本音だ。
メイシアは自分の失敗に気付き、声を詰まらせ真っ赤になって俯いた。
「そう言ってもらえると助かる」
フランクは済まなそうに笑う。メイシアは取り敢えず自分の想いがバレなかった事にホッとしたのだった。
「迷惑をかけているのは私の方です。フランクさんにもお仕事があるのにこんなに甘えてしまって。もう放っておいてくれても大丈夫ですよ」
申し訳なさそうに語るメイシアにフランクは厳しい表情で答える。
「実は・・・君の立場が非常に不味い事になってきていてね」
フランクはギルバートから聞いた話をメイシアに伝えた。そして自分達が何とかするから心配しなくてもいいと慰めた。
話を聞き終わった後、メイシアは俯き泣き続けた。理不尽な連中に怒りの言葉を吐く事もなく、ただただ泣き続け、そしてようやく口を開いた。
「フランクさん。今までありがとう御座いました。もう手を引いて下さい。これ以上のご迷惑はおかけ出来ません」
メイシアは俯いたままでフランクを見ようとせず、震える小さな声で呟く。
「何を言うんだ!このままじゃ全ての罪を被せられてしまうんだぞ!」
「仕方ないです。偉い人達には逆らえません。私はきっとそう言う運命なんです」
全てを投げ出すようなメイシアの言い様に、フランクは怒りを覚える。
「最初から諦めてちゃ駄目だ!理不尽な連中の言いなりになんてなる必要なんてないんだ!」
フランクの憤りに触発されたのか、メイシアも我慢の反動のように声を荒げる。
「じゃあどうしろって言うんですか!何の力もない私にどうしろって言うんですか!諦める以外に出来る事なんて何があるんですか!」
「俺達が何とかする!任せるんだ!」
メイシアは一瞬ポカンとした表情でフランクを見つめると、また泣き始めながら静かにフランクに問いかける。
「何で・・・何で私にそこまでしてくれるんですか?友達でもないのに・・・ううん、友達だってそこまでしません。フランクさん達の立場だって悪くなるのに。私、フランクさん達が辛い目に遭うのは嫌です」
フランクはメイシアの手をしっかりと握り締めて語りかける。
「僕達はもうメイシアさんを一番大事な友達だと思ってる。それに、頑張った人が理不尽な理由で辛い目に遭うのは見ていられない。だから動く。これは僕達の自己満足のためにやる事だから君が気に病む事はない」
「フランクさん、馬鹿ですよ・・・本当に、馬鹿ですよ・・・本当に・・・」
メイシアはさらに大粒の涙を流し言葉を詰まらせながらもフランクの手を強く握り返したのだった。
それから2日間は静かなものだった。
メイシアの同僚は誰も見舞いにすら来なかった。
メイシアにはフランクとギルバートが交代で付き添い、夜は当然?フランクが付き添った。決してメイシアを独りきりにさせなかった。それには2つの理由があった。
1つは、軍の連中がメイシアに因果を含ませに来ないようにするためである。身分の高い人間に何かを言われれば何でも言いなりになってしまうような危うさをメイシアが持っていたからだ。
もう1つは、メイシアの心のケアのためである。出来るだけメイシアに話しかけ和ませるようにした。ベテラン看護師が病室に来る度にフランクとメイシアの仲をからかうのも、同じ理由に違いなかった。
その甲斐あって、メイシアはよく笑うようになった。しかし完治したとは言い難い状況にあった。
ちょっとした物音にもビクッとして顔を引きつらせ、場合によっては呼吸を大きく乱した。
夜中に何度も悲鳴を上げて飛び起き暴れた。
それでもメイシアは出来るだけ笑顔を作ろうとした。それがフランク達の為である事は誰の目から見ても明らかだった。
そんなメイシアには一つの不安があった。それは軍に対抗するためにフランク達がどんな手段を用いようとしているのか、いくら聞いても教えてくれないのだ。
メイシアは考える。フランク達は何の策もなく軍に抗おうとしているのではないか。だとすればこの戦いに勝ち目はなく本当に迷惑をかけるだけと言う事だ。フランク達に迷惑が掛かりそうになった時、その時は私が軍の言いなりになればいい、彼等の地位保全と引き換えに・・・
事態は3日目に動く。
その日、病室にはフランクとギルバートの両名が詰めていた。司令官達のやり方を見るに今日辺りに動きがあるはずだとギルバートが予測したからだ。
その日の午後の事だった。
突然十数名の軍人が病室を訪れたのである。首都『ペリトーラ』の軍本部からやって来た査問官と憲兵であった。
「メイシア=リームゼン!貴様は重大な罪を犯し軍に莫大な損害を与えた。よって重大戦犯として拘束する!」
査問官の口上が終わると憲兵がメイシアに近づいてくる。しかし、フランクとギルバートが立ちはだかる。
「私は近衛騎士『ギルバート=ラングルホース』である!メイシア殿は現在私の保護下にある!メイシア殿が一体如何なる罪に問われているのかお聞かせ願おう!」
「メイシア=リームゼンは指揮官の指示に従わず身勝手な行動をとり作戦を失敗させ全軍を敗走させたのだ」
あの司令官が言っていたシナリオか。ギルバートはギリギリと奥歯を噛み締めた。
「ならばどんな作戦がこんなか弱い少女1人のせいでどう失敗したのかお聞かせ願おう!」
「軍事作戦内容は機密事項であるゆえ公開されていない!」
「公開されていない?!ならばどんな事があったかも確認せずにこの子を裁こうと言うのか!」
「被害があったと言う事実だけでいいのだ!証言する者達も大勢いると聞いている!」
ギルバートは、査問官達の後ろで司令官がにやついている事に気づく。
「ならば俺達は軍事法廷の場で、この子の無実を証言するぞ!」
「誰が証言するかは我々が決める!騎士殿に発言する場はない!」
「貴様等は冤罪を作り出そうとしているのか!絶対に阻止する!」
「これは軍上層部が決めた事だ!騎士殿に口を出す資格はない!引っ込んでいて貰う!さぁ、メイシア=リームゼンを渡せ!抵抗すると言うなら騎士殿に反逆の意志ありと判断しますぞ!」
睨み合う査問官とギルバート。メイシアはもうこれ以上迷惑はかけられないと覚悟を決めて顔を上げる。その時だった。
「近衛騎士に資格はなくても私にはあるはずだな」
突然、病室の外から静かなそれでいて力強い声が掛かる。査問官は邪魔をされた怒りを声の主に向けた。
「誰だふざけた事を言うのは!」
そう怒鳴りながら振り返った査察官であったが、その怒りの言葉を続ける事は出来なかった。
「ま、まさか・・・」
査察官は真っ青になって声の主を見つめる。
「ギル、遅くなってすまん。叔父上の賛同と父上の承認を得るのに手間取った。私は間に合ったのかな?」
声の主の青年は心配そうに尋ねる。
「あぁ、大丈夫。最高のタイミングだ」
ギルバートはニッと笑って答えた。
そう、この遅れて登場した青年こそギルバート達の切り札、モルーグ王国の第二王子、『ウィルファン=ファース=モレード』その人だったのである。




