1-139 血塗れの看護師 7
「しっかりして!安心して!助かったんだ!君は助かったんだよ!だから気を確かに持って!」
まるで母親が泣き続ける赤ん坊を抱きしめてあやすように、フランクはメイシアを抱きしめて優しく声をかけ続ける。
その様子を横目で見ながらギルバートが呟く。
「しかし驚いたな本当に。まだ生き延びていたとは・・・」
少女の救出のために『ガルーダ』を起動しながらギルバートもフランクも同じ事を考えていた。
ああは言ったものの、撤退してきた連中の話では、戦闘が始まったと思われるのは今から6時間以上前の事になる。助けに行ってまだ生きている可能性は限りなく0に近い。2人がしているのはただの自己満足に過ぎない行為なのだろう。
しかしそれでもいい。可能性がないとしても助けに行くのが俺達のやり方だ!
2人の付き合いは長い。だから口に出さなくてもそんな事はお互い百も承知だった。
「『ガルーダ』が傷付いたらどうするつもりだ?!陛下の怒りを買うぞ!」
必死に止める司令官を無視し、2人は『ガルーダ』に乗り込み山中へと突入したのであった。
『ガルーダ』はバーニアを吹かして木々の上を滑るように滑空する。100メートルほど滑空すると一旦着地し、また飛び上がり滑空する。『ガルーダ』には翼があるがこの程度の飛行しか出来ない。それでもマシーナが森の木々に邪魔されずに通れる程の道がこの山にない以上、これが最も速い方法なのである。
医師達から聞いた野営地を目指して跳躍と滑空を『ガルーダ』は繰り返す。そんな最中だった。滑空中に集音マイクが小さな爆発音を拾ったのである。
「ギルさん!今の聞きましたか?!」
「おう!こりゃひょっとするかもな!」
単に少女の遺品となったトラップの爆発音かもしれない。しかしそれでも少女が生きている確率が上がったことは間違いなく、2人の表情に明るさが出るのは自然な事だった。
やがて敵のものと思われるサーチライトの灯りが前方に見え始め、方向に間違いがない事を示していた。
「ギルさん!あそこ!サーチライトが集中してる!」
「よし!あそこのド真ん中に突っ込んでみるぞ!」
そして最後の滑空で、サーチライトが照らしている真ん中に1人の人影とぐるりと距離を置いて囲む者達の姿が確認出来た。
「ビンゴォォォォ!!!」
ギルバートが満面の笑みで叫びながら『ガルーダ』を着地させる。
こうして少女は奇跡的に救出されたのであった。
フランクに赤ん坊のように抱きしめられているメイシア。フランクの必死の語りかけにその様子は少しずつ改善してきていた。
全身の震えは小さくなった。息はまだ震え時々しゃくりあげていたが呟きは収まっていた。目はまだ虚ろだが視線は泳ぐのを止めていた。
そして「助かったんだよ」と繰り返すフランクの言葉に少しずつ反応するようになる。
「・・・助かっ・・・たの?・・・」
メイシアはようやく語りかけに答え、フランクの目を見つめる。その、か弱くも真っ直ぐな視線にフランクはドキッとしながらも「あぁ、助かったんだよ」と優しく微笑んだ。
「・・・ここは・・・どこ?・・・」
落ち着きが見え始めたメイシアの言動にフランクはホッと胸をなで下ろす。
「ここは『ガルーダ』のコックピットの中だよ。今、駐屯地の基地に向かっているんだ」
その言葉を聞いてメイシアがフッと笑ったように見えたその時だった。
滑空していた『ガルーダ』が一旦着地し再度跳躍する。その振動と音にメイシアは再び恐怖に怯え叫び始めた。
「敵がトラップにかかった!敵がすぐそばにいる!」
「違う!『ガルーダ』が着地した音だ!敵なんかどこにもいない!安心して!ギルさん!もっと優しく降りてよ!」
フランクからの思わぬ叱責に、ギルバートは「お、おう」と思わず申し訳なさそうな返事をしてしまうのであった。
宥められてようやく落ち着いたメイシアにフランクは再び話しかける。
「さぁ、銃を離して」
メイシアは手に握りしめたままの銃を見つめ、困惑した表情で呟く。
「指が・・・動かないの・・・」
限度を超えた緊張のせいか、メイシアの指は彼女の意に反して動かない。
フランクは「大丈夫だよ」と声をかけながら、メイシアの指の緊張を一本一本丁寧に取り除いていき、銃をメイシアの手から外す。
自由になった手でメイシアはフランクにしがみつく。
「君、名前は?」
「メイシア。メイシア=リームゼン。あなたは?」
「僕は、フランク=メルギス。パイロットはギルバート=ラングルホース」
「よろしくな。メイシア君」
ギルバートがにこやかに挨拶をする。
「ありがとう・・・本当に、ありがとう・・・」
礼を言うメイシアは一見もう落ち着いたかのように見える。しかし、強くしがみつかれているフランクにはメイシアがまだ小さく震えていることが判っていた。この少女が受けた心の傷は簡単には癒えないのだと。
駐屯地の基地では、多くの者が『ガルーダ』の帰りを待ちわびていた。しかしそれは決してメイシアの無事を祈っての事ではなかった。
この基地の元々の住人達は、ただ結果を知りたいだけの野次馬だ。
撤退してきた者達はメイシアが戻って来なければいいと思っていた。彼女は自分達の悪行を映す鏡なのだ。早くメイシアが死んでいた事を知って安心したいのだ。
それでも少しはメイシアの無事を祈る者もいた。しかしそれは自分の罪の意識を軽くする為であった。
そして司令官は・・・メイシアの事などどうでも良かった。侵攻軍の指揮官達の失態の火の粉からいかに自分の身を守るか、その事で頭がいっぱいなのである。
そんなろくでもない基地に向かって山脈から地上を滑空してくる巨大な影があった。『ガルーダ』である。
基地の建物からは『ガルーダ』のエンジン音を聞いた人々が飛び出してくる。人々は自然と『ガルーダ』の格納庫近くに集まっていた。
やがて『ガルーダ』は元いた格納庫へと戻り、人々が注目するなか『ガルーダ』のコックピットのハッチが開く。
そしてフランクに抱きかかえられて『ガルーダ』を降りて来た者の姿に誰もが驚愕した。
ある者は「ひっ!」と声を上げて腰を抜かした。ある者は口を手で押さえて吐いた。
そして、大半の者はその場で恐怖と嫌悪に顔を歪めた。
誰もが見たくなかった者が、想像を超えたおぞましい姿で目の前に現れたのだ。
メイシアはフランクに支えられながら地面の上にふらりと立つ。そして茫然と辺りを見回すと、ある1人の人物に目を留めた。そして、その男に向かってフラフラと幽霊のように歩いていく。それはあの場を取り仕切っていた医師だった。
「どうして・・・置いて行ったんですか・・・」
メイシアは呟きながら医師に向かって歩く。
「足止め部隊を用意するって言ってくれたのに・・・どうして私1人置き去りにしたんですか・・・」
医師は怯えながら後ずさった。
「どうして何も言わずに行っちゃったんですか!!どうして!!」
泣き叫ぶメイシア。医師はなお後退りながら口走る。
「よ、寄るな・・・穢らわしい・・・」
「・・・けがらわ・・・しい?・・・」
思わぬ言葉にメイシアはキョトンとして聞き返す。そして、自分の手を、身体を、改めて見つめ直した。
「いっ、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
メイシアは自分の有り様に改めて気付き悲鳴を上げてしゃがみ込む。
フランクは慌てて駆け寄り、泣き叫び続けるメイシアの肩を抱いた。
「大丈夫か?基地にシャワーがある。行って早く血を洗い流すんだ」
しかし、パニックを起こして叫び続けるメイシアにフランクの声は届いていないようだった。
「誰か!この子にシャワーを!」
フランクは、叫びながら再びしがみついてくるメイシアを支え、集まった人々に訴える。しかし誰も近寄ろうともしない。メイシアと一緒に国境戦争に参加していたはずの従軍看護師仲間も嫌そうな顔で沈黙したままだった。フランクは人々の薄情さに唇を噛む。
(男の俺が洗ってやってもいいんだが、あらぬ誤解を受けそうだし)
しかし、いつまでもこのままでは置けない。そうするしかないのかとフランクが迷っていると人々を掻き分けて1人の女性が前に進み出た。
「私がやってやるよ。任せなさい」
彼女は長年この基地に従事しているベテランの看護師だった。
「まったく、可哀想に・・・さぁ、綺麗にしてあげるから一緒においで」
その看護師はメイシアに優しく語りかけ腕を取る。
メイシアはようやく立ち上がるがフランクにしがみついたまま離れようとしない。その様子を見て看護師は今度はフランクに声をかけた。
「仕方がないねぇ。あんたも一緒においで。ただし役得だからって女の子の裸をあまり堪能するんじゃないよ。まぁ、ちょっとならいいけどさ」
ニヤニヤしながら忠告する看護師に、フランクは「そんな事しませんってば!!」と真っ赤になって否定する。そんな風にベテラン看護師がフランクをいじりながら3人は基地の建物に消えていくのだった。
「何とか大丈夫そうだな」
その様子を見ていたギルバートが安堵の溜め息をもらす。その時だった。
「騎士殿。大切なお話がございます。私の執務室まで来て頂けますかな」
神妙な面持ちで司令官がそっと語りかけてきたのである。
ギルバートはその丁寧な言葉使いに嫌な予感がしながらも、無言で頷き、司令官室へと同行するのだった。




