1-138 血塗れの看護師 6
メイシアを取り囲む兵が銃を構え直す。その時だった。
何かのエンジン音が急激に音量を増していく。
兵達は不安げに音が聞こえる方向、モルーグ王国側の上空を見上げる。
突然、森の木々の直上を滑るように飛来する物があった。それは巨大な翼を持ったマシーナ『ガルーダ』だった。
『ガルーダ』はメイシアをその両足で挟み込んで守るように地響きを立てて着地し膝を付く。
「たっ!退避~~っ!!」
想像だにしなかった乱入者に指揮官は慌てて指示を出す。
敵兵が慌てふためき退避する中、『ガルーダ』のコックピットのハッチが開き1人の青年が飛び出して来た。
「フランク!急げ!」
パイロットは『ガルーダ』の右手のマシンガンを近くの敵兵に掃射しながら青年に向かって叫ぶ。
フランクと呼ばれた青年はメイシアに駆け寄り声を掛ける。
「君!大丈夫か!助けに来たぞ!」
しかしメイシアは反応しない。フランクはとっさにメイシアを抱き上げてコックピットを見上げて叫ぶ。
「ギルさん!手を!」
その言葉に呼応するように、『ガルーダ』の左手がフランク達の目の前に差し出された。フランクはメイシアを抱えたまま『ガルーダ』の掌に乗ると左手はコックピットの高さまで持ち上げられ、そして、フランクがさらにコックピットに飛び込むと『ガルーダ』はもう一度掃射を行い、踵を返しモルーグ王国に向かって移動を開始したのだった。
「君、安心しろ。もう大丈夫だ。怪我はないか?」
フランクはそう言いながらも、少女の異様な様子に息をのむ。
敵兵の血なのだろう。少女の全身は赤黒く染め上げられていた。少女を抱きかかえているフランクにもベタベタと血が纏わりつく。
そしてフランクの問いかけに反応する事なく、銃を握り締めたまま小刻みに震え、虚ろな目で「助けて・・・誰か・・・助けて・・・」と繰り返し呟き続けていたのである。
「ギ、ギルさん!」
フランクは思わずパイロットのギルバートに助けを求める。
ギルバートも少女をチラリと見て、そのただ事ではない様子に声を荒げる。
「今はとにかく声をかけ続けろ!」
ギルバートは怒りを隠そうともせずに吐き捨てるように呟いた。
「なんて酷い事に・・・この子をこんな目に合わせた連中ただでは済まさん!」
ギルバートとフランクは『ガルーダ』と共に、山脈の西側にある駐屯地の基地に駐留していた。目的は当然、国境戦争の支援である。
しかし『ガルーダ』が最前線に出る事はない。ゴルジア国王がモルーグ王国の旗機である『ガルーダ』が傷つくような事を許す筈がないのだ。首都『ペリトーラ』からこの駐屯地へ『ガルーダ』を動かすのでさえゴルジア国王は渋った位である。
もし誰かが「国民が千人死ぬ事と『ガルーダ』に掌ほどの傷が付く事があるとしたらどちらを選びますか?」と問い掛けたとするならば、ゴルジア国王は躊躇なく国民の死を選ぶに違いなかった。
そんな状況であるから、支援とは言っても事実上は兵士の士気を高めるための飾りに過ぎなかったのである。
そんな『ガルーダ』に対する扱いを、この駐屯地の人間も、ギルバートとフランクも、問題視はしていない。最前線からは連戦連勝の報を毎回受け取りこの駐屯地の出番は何もないからである。
しかし、そんな安穏とした日々も突然終わりを迎える。
それは、月のない夜に起こった。
敵国内を進軍中の筈の本隊が突然戻って来たのである。当然、駐屯地は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「どうした?!何があった?!」
口々に浴びせられる駐屯地の兵達の質問に、戻って来た兵達は俯き目をそらし押し黙る。口を開く者もこう言うだけだった。
「指揮官様に聞いてくれ」
駐屯地の司令官は、すぐさま侵攻軍の指揮官を司令官室に呼びつけ事情を確認する。ギルバートは近衛騎士という身分を利用してその場に同席した。近衛騎士は駐屯地の司令官よりも身分が上なのである。
「なんと!兵士の反乱とは!」
司令官が驚きの声を上げるのも無理はない。
戻って来た指揮官が言うには、負傷兵を中心として全体の4分の1に当たる兵士が突如反乱を起こし、味方との戦闘状態に入ってしまったとの事。そこへ折り悪く敵の攻撃を受け、兵力も半分以下となったため一気に後退せざるを得なかったとの事であった。
「何とも不運であったな」
「えぇ。順調に進軍していただけに口惜しいものがありますな」
司令官と指揮官は旧知の仲らしく、指揮官の一方的な報告を司令官は満足げに頷きながら聞いているだけだった。
(不運で済ませられる話ではないぞ、これは。それ以上に話が怪しすぎる)
しかめっ面で腕を組みをしていたギルバートがとうとう業を煮やし指揮官に尋問を始める。
「『順調に進軍』と言うがどこまで進軍していたのだ?」
「湿地帯の向こうの丘陵地帯までだ。定期報告を見ておらんのか?」
指揮官は格上の近衛騎士に対し高飛車に振る舞う。これは自分が第二世代の称号持ちだというプライドがなせる技であった。
「反乱が起きたのはそこでか?」
「当たり前だ。他にどこがある」
「ほう、なるほど。随分と長い距離を逃げおおせたものだな。敵も反乱兵も攻めて来なかったのか?」
「何を言うか!敵も反乱兵も幾度となく襲って来たわ!我々はその都度勇敢に戦った!だからこそここまで兵が減ってしまったのだ!」
「最後まで戦い続けてきたのか?」
「当たり前だ!今日の昼間も山中で激戦を繰り広げてきたのだ!一兵でも多く敵を倒すべく我々は奮闘したのだ!」
力説する指揮官にギルバートはニヤリと笑ってさらに指揮官を問い詰める。
「なるほど、ならば貴殿が引率して来た兵士に1人も負傷者がいないと言うのはどういう事かな?」
指揮官は「うっ」と言葉を詰まらせる。
ギルバートは彼等が帰投した時に違和感を感じていた。最初はそれが何か解らなかったが今なら解る。
「それだけ戦い続けておきながら1人の負傷者もいないとはどういう事か!貴殿は本当に口にしただけの戦いをしてきたのか?!」
「第二世代の私を愚弄するのか!負傷した者は・・・その・・・そう、全てすぐに死んだのだ!」
「そんな馬鹿な話があるかぁ!!!」
ギルバートがキレてさらに問い詰めようとした時、思わぬ邪魔が入る。
「騎士殿。指揮官殿は戦いにつぐ戦いで疲れておるのだ。言いがかりもその辺にして、もう指揮官殿を休ませてあげてはどうかな?」
司令官の言葉にギルバートは怒りを露わにする。
「何が言いがかりなものか!」
しかし司令官と指揮官はギルバートを無視するように会話を続ける。
「さぁさぁ、指揮官殿。部屋を用意致しましたのでゆっくりお休み下さい」
「これはかたじけない。前線の簡易ベッドは堅くてよく眠られませんでな」
そう言うと、指揮官はにこやかに部屋から退場していく。
「待て!まだ話は終わってないぞ!」
指揮官を引き留めようとするギルバートを司令官が制する。
「まぁまぁ、騎士殿。彼は私の友人。その彼がああ言っておるのだから間違いなかろう。事情聴取もこれで終わりだ。仕事があるので騎士殿は出て行ってくれまいか? そうそう、もう戦争は終わったのだから騎士殿は夜が明けたらペリトーラに戻られた方が良かろう」
(こいつ、この件をうやむやにする気だ)
ギルバートは怒りを憶えながらも部屋を後にするしかなかった。
しかし、司令官の思惑通りに事は運ばない。
真夜中過ぎ、山の中から兵士の一団が現れたのである。正確には負傷兵と彼等を支える医療関係者達だった。
見張りの兵は、彼等を話に聞いた反乱兵と思い込み基地中に警報を鳴らす。そのため基地中の人間が飛び起き緊急の警戒体制を敷く羽目になったのである。
これに一番驚いたのは到着したばかりの一団だった。
生還を喜ばれるかと思いきや、銃を構えた兵士達の出迎えを受けたのだ。
「これは一体どういう事だ?!何故味方の負傷兵達に銃を向ける?!」
声を上げたのは、野戦病院で場を仕切っていた医師である。
「お前たちは反乱兵ではないのか?」
「反乱?一体何の事だ!説明を求める!」
銃を構えた兵士達はお互いに顔を見合わせ戸惑う。
そんな所へ現れたのは先程のこの基地の司令官であった。同時にギルバートとフランクも駆けつけた。
司令官は兵士から状況を聞き、医師達と負傷兵達に先程指揮官から聞いた話を伝える。
「ふざけるな!我々医師団と負傷兵はその指揮官に敵の足止めとして森の中の野営地に取り残されたのだ。そいつは自分達の安全のために我々を捨て石にしたばかりではなく我々を反乱軍に仕立て上げようとしたのか!」
周りの負傷兵からも怒りの声が上がる。怒り心頭に達した医師は基地の司令官に対してさらに怒りをぶつける。
「奴らがその気なら、全て洗いざらいぶちまけてやる!!」
医師はそう言うと、これまでの戦況報告は全て嘘で連戦連敗のうえ、戦える兵も3分の1にまで減り、山中まで後退していた事をぶちまけた。
寝耳に水の話に司令官があたふたする所へ問題の指揮官が現れる。
指揮官は目の前の医師達を見るや、怒りの声を上げた。
「貴様等、何故ここにいる!私は野営地で敵を食い止めろと命令した筈だ!」
この指揮官の恫喝に返事をしたのはギルバートだった。
「これは尋問の必要もないな。自ら罪を認めたのだからな」
ギルバートはそう言うと基地の司令官を「さぁ、どうするね」と言いたげな顔で睨みつける。司令官は苦虫を噛み潰したような顔で「これまでの報告は全て嘘だったのか・・・」と呟くのが精一杯だった。
指揮官も自分の失言にようやく気が付くが刻すでに遅く、言い訳を思い付く事も出来ずただ青い顔をして立ち尽くすだけだったのである。
そんな様子を満足そうに見つめていた医師に、ギルバートは労いの言葉をかけた。
「大変だったな。しかしよく敵に追撃されなかったな」
ギルバートにしてみれば他愛のない言葉だったが、医師からは笑顔が消え、ばつが悪そうに視線を外す。
ギルバートはその様子を不審に思い医師を追及する。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
ギルバートの質問に医師は答えない。医師だけではない。医師と共にやって来た全ての者が医師と同じ表情をしていた。
「何があった!答えろ!」
ギルバートが声を荒げたその時だった。
「残った者がおるのだ・・・」
「なに?!」
ギルバートは声の主を驚きの目で見つめる。それは担架で運ばれていた負傷兵だった。医師を始めとした他の者達は「余計な事を」と言いたげな表情になる。
「我々を逃がすために敵を食い止めると言って残った者がおるのだ」
「なんと、まさに兵士の鑑だな。一体どれだけの兵士が残ったんだ?今すぐ助けに行かねばなるまい!」
感動するギルバートの言葉に負傷兵は乾いた笑いを漏らす。
「少女だよ。従軍看護師の少女が残ったのだ。たった1人でな」
ギルバートは想像だにしなかった事実に間違いなく数秒固まっていた。
「・・・なん・・・だと?・・・」
言葉を絞り出した時、ギルバートは怒りに震えていた。
「何故そんな少女を1人で残してきた!兵士でもない少女を!!」
「本人が残っていいと希望したのだ!問題あるまい!」
医師が悪びれもせずに怒鳴り返す。
「フランク!『ガルーダ』で救出に向かうぞ。もしかするとまだ敵と遭遇していないかもしれん!」
フランクが「はい!」と元気良く返事をする。
「無駄だ!日が沈む頃から何度も爆発音があった。戦闘があったのは間違いない!もうとっくに殺されているはずだ!」
「ならばなおさら急がねばならんだろうが!この下種どもが!」
ギルバートとフランクは走り始める。
こうしてメイシアの救出劇が始まったのである。




