1-136 血塗れの看護師 4
「急いで準備しなきゃ」
爆発音を聞いたメイシアは急いで武器庫に入り数丁の銃と弾薬そして手榴弾をセットにして袋に詰め、そうした袋を5セット作り上げた。
敵は最初のトラップに引っかかった後は、進軍スピードが落ちる筈だ。その間にこちらも急いで準備をしなければいけない。
メイシアは作り上げた袋を、休む間もなく森の中の複数の迎撃ポイントに運び始める。武器弾薬を分散して設置しておく事で移動を楽にしようと言う考えだ。
2つ目の袋を設置した時、2回目の爆発音が響く。メイシアは顔をあげ、上がる煙から敵の位置を推測する。
「うん、まだ大丈夫!」
そう声に出しながら準備を進めていき、全ての袋の設置を済ませ、一番敵陣に近い最初の迎撃ポイントへと移動した。
太陽の最後の欠片が山裾に飲み込まれていく。
空のオレンジ色は徐々に暗さを増していく。
森はもう暗く手許を見るのにもペンライトが必要だ。
メイシアは手許の装備を確認した後、ペンライトを消し身を隠すように膝を抱えて敵陣方向を見つめ続ける。
ジッとしていると悪い事ばかりが心に浮かび恐怖心に圧しつぶれそうになり、目に涙が溢れてくる。
「いけない!いけない!」
両頬を両手でパンパンと叩きながら自分を叱りつける。
もっと前向きな事を考えるんだ。
2回の爆発でもしかしたら先遣隊は全滅してくれているかもしれない。生き残りがいてもトラップに恐れをなして夜が明けてからにしようと考えてくれるかもしれない。
夜明け近くまで敵が来なかったら、その時に私も撤退しよう。そこまで守れば十分のはずだ。
段々と本当に今夜は攻めて来ないんじゃないかとメイシアは思い始め、心は撤退後にまで飛んでいた。
その時だった。
ドーン!
木立の中に爆発の閃光が輝く。
「ち、近い!」
メイシアは思わず声を上げる。
メイシアの甘い考えは粉々に砕け散る。
「大丈夫か!」
「くそっ!何人やられた?!」
「周辺警戒怠るな!」
僅かに聞こえる叫び声が、敵兵がまだ生き残っている事を示していた。
メイシアは岩陰から顔を出して声がした方向をに注意を向ける。心臓が破れんばかりに鳴り響く。
「貴様!動くな!」
突然かけられた言葉にメイシアは思わず振り向く。そこには銃を構えた敵兵の姿があった。声の方にばかり気を取られ、回り込んで来ていた敵兵に気が付かなかったのである。
恐怖に固まり返答も出来ないメイシア。大柄な敵兵はメイシアに銃口を向けたまま近づいてくる。
メイシアにとって幸いだったのは、振り向く時に銃を手に取らなかった事だ。もし手に取っていたならば問答無用で射殺されていただろう。
「貴様、衛生兵か?衛生兵がこんな所で何をしている?」
メイシアは座り込んだまま怯えた表情で敵兵の顔をみていた。しかし、その手は地面に置いてあるサブマシンガンに触れている。背の高い草が銃を隠している事と、やっと顔の判別が出来る程度の明るさのため、敵兵は地面に置かれた銃の存在に気づいていないのである。もっとも、相手が衛生兵の少女であることから、戦闘すると言う考えが抜け落ちてしまっていたのかもしれない。
「おい、兵士どもはどこにいる?」
敵の所在を知りたい敵兵がそう尋ねると、メイシアは敵兵の右斜め後方をジッと見つめた。
敵兵はその視線の意味する所に気付き、慌てて振り向き銃をメイシアの視線の先に向ける。
メイシアはその隙を見逃さなかった。
サブマシンガンを拾い上げ、敵兵の胴体に向けて引き金を引いた。
敵兵は思わぬ銃撃に顔を歪め銃を取り落としながらも恐ろしい形相でメイシアに掴み掛かる。
肩を掴みのしかかるように襲って来る敵兵にメイシアは恐怖しながら敵兵の胸から頭にかけてサブマシンガンを掃射した。
さしもの屈強な敵兵も胴体に多くの銃弾を浴び頭を半分吹き飛ばされては絶命するよりほかはない。敵兵はメイシアを押し倒すように地面に倒れ込んだ。
痙攣する死体の下敷きとなったメイシアは耐え難い感触から抜け出そうともがく。が、その動きを止めざるを得なくなった。他の敵兵が近づいて来たのだ。
「おい!大丈夫か?!」
近づいてくる敵兵は2人。その声色から先程メイシアが聞いた声だ。
2人の敵兵が周囲を警戒しながらこちらに近づいて来る。死体の下のメイシアに気づいていないのである。
メイシアは2人の敵兵を死体の下から注視しながらサブマシンガンの銃口をゆっくりと敵兵に向ける。
(もう少し・・・もう少し・・・)
メイシアは死体の下から抜け出したい衝動を抑えながら必死に我慢する。そして、
タタタタタタタタ!
サブマシンガンの乾いた掃射音が響き渡る。
2人の敵兵は驚くほどあっけなく倒れ動かなくなった。
メイシアはようやく死体の下から抜け出し、その場にへたり込んだ。幸い他の敵兵はいなかった。1つ目の先遣隊を全滅させたのだ。
「あは・・・あはは・・・あはははははは」
メイシアの乾いた力のない笑いが響き渡る。
(殺してしまった、殺してしまった、殺してしまった)
メイシアは、仲間を助けたいと思った。助けると言う事は戦う事だとも理解していたつもりだった。しかし、戦う事は殺す事だと言う事をいま改めて思い知らされたのだ。
メイシアはジッと両手を見る。
敵兵の血でベタベタの両手は人殺しの手だ。メイシアにはもうその手で人の命を救う事など出来ないように思えた。
純白の白衣は赤黒く染まっていた。自分自身もこの白衣同様、穢れてしまったように思えた。
目で見る事は出来ないが顔も髪もベタベタだ。血塗れなのは間違いなかった。髪を撫でると何かの固まりが手に当たった。固まりを手に取る。その嫌な感触はそれが敵兵の肉片である事を示していた。
メイシアは「ひっ!」と声を上げて慌ててそれを地面に擦り付ける。しかし、それは無駄な足掻きだとすぐに気が付いた。あの至近距離で掃射したのだ。自分の身体には無数の肉片がこびり付いているはずだ。
いっそ狂ってしまいたかった。狂ってしまえばこの苦しみから逃れられると思った。笑えば狂えるかとも思い笑ってみた。でも虚しくなっただけだった。
「あ・・・眼鏡・・・」
メイシアはようやく眼鏡を掛けていない事に気付く。落としたとすればここだと、最初の敵兵をどかす。思った通り、その下に眼鏡があった。しかし、レンズは砕けて使い物にならなくなっていた。
メイシアは、気にしないとでも言うように枠だけの眼鏡を掛ける。メイシアの心は壊れ始めていた。
ドーン・・・
また遠くでトラップが爆ぜる音が聞こえる。
メイシアは幽霊のようにフラフラと立ち上がり、予備の弾薬と手榴弾を身にまとい、新しいサブマシンガン2丁を手に持った。
今日は星明かりだけ。お互い遠くから相手を認識する事は出来ない。接近戦で敵兵を少しずつ削っていければまだ勝算はある。
理性が心の片隅でそのための方策をいろいろと考え始める。
しかし、心の殆どが大きな悲鳴を上げ続けていた。
「怖い!怖い!助けて!誰か!助けて!助けて!助けて!助けて!!」
メイシアは爆発の位置から敵兵がトラップ原を抜けて来る位置を予測する。その予測は何かが取り憑いたかのように的中した。
メイシアは隠れ潜んだ茂みの前を通過した敵兵を背後から銃撃した。
また、時には岩陰から手榴弾を放り込んだ。
自らを囮にして敵兵をトラップにかけたりもした。
しかし、敵兵を倒せば倒すほどメイシアの心はダメージを蓄積させていった。
近接戦闘では目の前で銃撃に千切れ飛ぶ敵兵の顔が脳裏に刻み込まれていった。
手榴弾やトラップで倒した時は、頭上から肉片の雨が降ってくることもしばしばだった。
メイシアの心は少しずつ崩れていった。
2つの分隊を全滅させ3つ目の分隊を退却させた頃にはメイシアの様子は一変していた。
その目は泳ぎ、焦点が定まっていないように思われた。
そして、ただひたすら小さな泣くような声で呟き続けていた。
「・・・助けて・・・助けて・・・誰か・・・助けて・・・助けて・・・助けて・・・」




