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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
135/311

1-135 血塗れの看護師 3

「あんたはいつだってそうなんだから!何でもすぐ引き受けちゃって!もう少しよく考えなさいよ!」

 きっとパーシーならそう言って怒るだろうなぁ・・・と、メイシアは首都ペリトーラにいる親友パーシー=ミーマイの事を思い出す。


 普段は引っ込み思案で内気だが一旦思い込むと周りが見えなくなるほどに暴走するメイシア。パーシーはそんなメイシアをいつも見守り暴走するのを食い止めてくれる。

 もしパーシーがここにいたなら、メイシアの考えを察知し手を挙げないように押さえ込んでいただろう。

 しかしここにパーシーはおらず、メイシアは手を挙げてしまったのだ。

 メイシアは手を挙げた事を後悔はしていない。メイシアの心の中にはずっと仲間や負傷兵を助けたいという考えがくすぶっていた。誰かを犠牲にして自分が助かると言うの事には後ろめたさを感じていた。

 だから志願者が募られた時に躊躇なく手を挙げたのだ。


 他にどれほどの人が残ってくれるのか、メイシアは辺りを見回し戸惑う。全ての者がメイシアと目を合わさないように顔を背ける。他に手を挙げた者などいなかったのである。

 そんな状況の中、満面に笑みを浮かべたのは志願者を募った医師であった。


「そうか!残って戦ってくれるのか!君は・・・え~~っと・・・確か『メイシア=リームゼン』君だったか・・・うむ、君の決意は賞賛に値するぞ。さぁこっちへ来たまえ」

 メイシアは立ち上がり前へ進み出る。その間にも医師は勝ち誇ったように負傷兵に呼び掛けを続けた。

「見たまえ!医療部からは勇敢な少女が名乗りを上げたぞ!それに引き換え兵士の諸君はどうしたのだ!戦う事が職責である君達の中には志願者はいないのか?!それはあの指揮官の『非国民』という言葉を肯定する、という事なのだな?!」


 メイシアは非常に居心地が悪かった。負傷兵達が忌々しげに自分を睨み付けているのが判ったからだ。

(仕方がないかな)

 そう思って暫くは我慢していたメイシアであったが、医師の負傷兵への蔑みの言葉と、強まる自分への非難の視線に居たたまれなくなり、この場を離れようと思い付きを口にする。

「あの・・・まだ明るいうちに谷にトラップを仕掛けてこようと思うのですが・・・」

 医師は、その言葉を戦いへの意欲の表れと誤解し、嬉しそうに承諾した。

「なる程よい考えだ。是非すぐにも取り掛かってくれ。その間にこちらも人員を選別し部隊編成を終わらせておくからな」

 メイシアは一礼し、そそくさとその場を離れ、武器庫があった場所に向かう。


「武器が残してあればいいけど」

 心配したメイシアであったが、武器庫として使われたテントはそのまま、中にもかなりの武器弾薬が残されていた。

 それは、足止め部隊の為に残された物なのか、ただ逃げるのに邪魔だから捨て置かれた物なのかは解らない。しかし、メイシアにとっては武器があると言う事が重要であり、何故かと言うのはどうでもいう事だった。


 メイシアは大量の手榴弾と極細のワイヤーを袋に詰め込み、万一敵と遭遇した時のために自動小銃とピストルを手にする。

 メイシアは看護師であるが、従軍する事から、一通りの軍事教練は受けていた。

 他の従軍看護師達が適当に教練を終わらせる中、メイシアはその性格上真剣に教練に取り組み、終いには教官から「兵士に転属して欲しい」と懇願される程のトップクラスの成績を取っていたのである。

 もっともメイシアはその時、

「人を殺したくありません。人を生かす仕事がしたいのです」

と言って固辞したのだった。




 メイシアは陣地を離れ森の中を敵陣に向かって進んで行く。

 敵陣から自陣への通り道であるこの森は山と山の谷間にあるため、敵がこちらを攻めてくるにはこの谷間の森を進んでくる必要がある。言わば幅が広い一本道なのだ。また、多くの木々と下生えの草が覆い茂った獣道と言った状態のため、手榴弾トラップを仕掛けるには持って来いであった。


 メイシアは敵がいないか用心深く、そして、森の地形と迎撃に有利なポイントを詳細に記憶しながら進んで行く。これにより、メイシアの頭の中にはこの一帯の詳細な戦略地図が構築されていったのである。

 メイシアのこの類い希なる情報整理能力は、実はメイシア本人も全く自覚がなかったし周りも気付く事はなかった。

 本人にしてみれば子供の頃から何となく出来ていたためこれが普通なのだとばかり思っていた。そして内気な性格のため周りの人間が気付くような派手な振る舞いがあるはずもなかったのである。

 そしてメイシアが自分の才能に気付いたのはフィスリニア王国に来てすぐ、しかもミリーに指摘されての事だったのだ。


「あ・・・近づきすぎちゃった」

 メイシアは木立の隙間の向こうに陣地らしき物があることに気付く。

「まぁ、ここまで来れば敵さんのルートが予測出来るから良しとしましょう」

 一本道と言っても100メートル以上の幅がある。戦うためには敵がどこを通るのか予測できた方がいい。

 メイシアは地形を再確認しながらトラップを設置せずに後退していく。

「ここら辺りからかな」

 かなり後退してからようやくトラップを仕掛け始める。


 いつ敵をトラップにかけるか、その位置が難しい。

 敵は最初は小規模の先遣隊を送って来るはずだ。出来ればその程度の部隊の相手をして長時間保たせたいのだ。大部隊を相手にすれば時間稼ぎにもならないからだ。

 仕掛けが敵陣に近すぎれば、先遣隊はすぐに引き返し、それなりの規模と装備で仕切り直して来るだろう。

 かと言って、自陣に近すぎれば自陣に誰も残っていない事がバレるのは時間の問題で、そうなれば本隊に連絡され時間稼ぎにならない。

 仕掛けるのは、先遣隊の隊長が、戻るよりも先へ進むべきと判断する位置でありかつ、彼等がこっちの陣に来るまでの間に相手の戦力を削り切るか膠着状態に陥らせる事が出来る距離感である。

 メイシアは自側の部隊を20人前後と踏んで位置を決め、そこから一定の距離の間に50以上のトラップを仕掛けた。


「これでよしっと。残ってくれた人には、ここから先に行かないように言っておかないとね」

 気が付けばもう夕方。太陽は山裾に掛かろうとしている。森の中では手許も暗くなってきていた。トラップの設置に没頭していたメイシアはようやくその事に気付き慌てて帰路につく。

「急がないと。みんな待ってる」

 一仕事終えて、その足取りは軽かった。




「・・・どうして?・・・」


 野戦病院に戻って来たメイシアは茫然と佇んだ。


 誰もいなかった。

 野戦病院の設備はそのまま。でも、人はおらず、各個人の荷物もなくなっていた。


「残ってくださった皆さ~~ん!どちらですかぁ~~?!」

 メイシアは叫び続けながら陣地中を探し回る。

 司令部も、武器庫も、兵士の待機所も。全てを探し回った。

 どこかに集まって待機しているはずだと信じて探し回った。

 テントの陰からヒョイと顔を出して「遅いぞ!」と声を掛けてくれると信じて歩き回った。

 しかし、陣地中を探し回って見つけたものは・・・ただ1人置いていかれたという非情な現実だけだった。


 みんな行ってしまったのだ。

 みんなメイシア1人に押し付けて行ってしまったのだ。


「みんな・・・ひどいよ・・・ひどいよ・・・」

 メイシアは、迷子の小さな子供のように、泣きながら陣地中を歩き回った。


 モルーグ王国側の陣地の端まで来た時、メイシアはモルーグ王国の方角をジッと見つめていた。

 私1人でなんて戦える筈がない。

 みんながいなくなってしまったんだ。私も逃げ出していい筈だ。トラップも沢山仕掛けたから少しは足止め出来る筈だ。私は十分やった筈だ。もう十分に・・・

 メイシアは俯き、踵を返し、モルーグ王国に背を向けて歩き出す。

 私は戦うと約束してしまったんだ。

 その事実がメイシアを縛りつける。

「パーシー・・・ゴメンね・・・」

 メイシアは泣き声で親友に届かない謝罪を呟く。

 その時だった。


 ドーン・・・


 遠くで何かが爆発する音がした。

 メイシアは涙を拭いて走り出した。

 今のメイシアを突き動かすのは皆を守るという義務感だけだった。


 メイシアのひとりぼっちの戦争が今始まったのである。

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