1-132 亀裂 4
メイシアとフランクは、モルーグ王国からの留学生を集め説明を行う。
既に、噂の形ではあるがモルーグ王国の苦境が知れ渡ってしまっている以上、キチンと説明した方が噂の独り歩きを防ぐためにもよいと判断したのだ。
そうして今回の支援行動の危険性を示した上で、支援部隊の一員となるための修得技術の条件を示し、それでも支援部隊の一員となりたい者は改めて個別に志願してもらう事とした。命の危険が伴う作戦であるため強要は出来ないからだ。しかしそれでも条件を満たす者全てが志願した事は驚きであった。
そして、出発直前の最後のミーティング。
メイシアは、誰もが志願してきた時と違って不安を隠しきれない表情をしている事に気付く。
(初めての戦場だからね。無理もないか)
メイシアはそう思いつつミーティングを締めくくろうとする。
「以上ですが、何か質問は?」
すると1人の若者が手を挙げて立ち上がる。
「あの、今回の指揮はフランクさんとメイシアさんがお執りになると聞いたのですが・・・失礼ですが、お二人は戦場の経験はおありなのですか?」
(それは気になるわよね)
メイシアは心の中で苦笑いする。自分達が命を預ける指揮官である。戦場の経験者であれば少しは安心出来る、と言うことなのだろう。
「あります」
キッパリと答えたメイシアだったが、ふと目を伏せ、そして目を上げてこう付け加えた。
「あなた達は・・・『血塗れの看護師』の噂を聞いた事がありますか?」
フランクは思わずメイシアの顔を見る。メイシアがこの話を自分から切り出す事は今までなかった事だ。
留学生達の小さなざわつきの中から、いくつもの声が上がる。
「確か・・・前回の国境戦争の時に、名声欲に駆られた看護師が役目を超えて勝手に敵兵と戦闘を始めてしまい、そのせいで作戦が台無しになり撤退せざるをえなくなったとか」
「表向きはそうだけど、仲間を安全に退却させるために看護師がたった1人で敵を足止めした。って噂もあるぜ」
「確かにそんな噂もあるけど、退却のしんがりなら兵士の役目でしょ。看護師がやるのは変じゃない?」
「出兵していた俺のおじさんが『内緒だけど』ってそんな話してくれたから本当だと思う」
「あたしも、その場にいた人から同じように聞いた」
「じゃあ、なんで公式発表は違うのさ」
(ちゃんと伝えてくれた人もいたんだ)
メイシアは留学生達の言い合いを聞きながら、ちょっと涙目になる。しかし泣いてる場合ではない。メイシアは潤み始めた目をサッと拭いて話に割り込んだ。
「その『血塗れの看護師』は・・・私です」
会議室は、一気にシンとなった。
留学生の誰もが驚きの眼差しをメイシアに向ける。フランクだけがメイシアを直視出来ずに俯いた。
「私は軍の上層部から、あの件に関して決して真実を明らかにしてはいけないと圧力を受けました。あの場に居合わせた人達にも箝口令が敷かれたのです。でももう私はモルーグの人間ではなくなってしまいましたからね。しゃべっても構わないでしょう。当時私を擁護してくださったアレキサンドル様が国王陛下になられた事ですし」
メイシアはそこまで言うと言葉を切り皆を見回し尋ねた。
「知りたいですか?真実を」
メイシアの問い掛けに誰からともなく声が上がる。
「是非、教えてください!」
その言葉は伝染か山びこのように留学生達の口から次々と立ち上る。
「判りました。これからお話する事を信じるかどうかはあなた方の勝手です。でもいずれにしても、他の人に話さない方がいいでしょうね」
そうしてメイシアは、思い出したくもないあの時の事を、ぽつり、ぽつりと話始めたのだった。
フィリア姫はずっと元気がなかった。理由は当然ミリーが巻き起こしたトラブルのせいだ。
あれ程まとまっていた仲間達が今はギクシャクしている。いや、ミリーへの敵対と言う点では前にも増して結束力は高まっていると言っていいだろう。
しかし、フィリア姫にとってはミリーも大事な家族の1人なのだ。ミリーを抜きにして、いや、この城の誰かを抜きにしたフィスリニアは有り得ないと考えている。
一体、何が悪かったのだ?
一体、どこからおかしくなったのだ?
支援の指揮官をフランクとメイシアに決めたからか?いや、私が最初にミリーとメイシアを指名しようとした時もミリーは何か言おうとしていた。
もしかして、支援を行うと決めた時にもうおかしくなり始めたのか?そう言えばミリーは他国に干渉しないと言う主義だ。その主義に反した事が原因か?しかしならば最初に反対する筈だ。
考えれば考えるほど解らない。論理の歯車がまるで噛み合わない。大きな歯車がごっそり抜け落ちている感じだ。
「姫。大丈夫ですか?」
椅子に座るフィリ姫の隣に、いつの間にかウィルフィン王子が立っていた。気が付けば目の前に置かれたお茶もすっかり冷め切っている。
「大丈夫に見えますか?」
フィリア姫は悲しそうな笑顔で答え、ウィルフィン王子は優しい微笑みを浮かべて首を横に振る。
「今回の件でミリーさんとはお話はされたのですか?」
「ミリーがね、2人きりにならないように私を避けてるの。部屋にも鍵を掛けて開けてくれないの。目も合わせてくれないの」
ウィルフィン王子の問い掛けにフィリア姫は力なく答える。
ウィルフィン王子は「ふむ」と顎に手を当て少し考えた後、フィリア姫に優しく語りかけた。
「それなら、まだ望みはあるのではないですか?」
フィリア姫は不思議そうにウィルフィン王子を見つめる。
「それはきっと、ミリーさんが姫に『申し訳ない』と思っているからですよ。アルは何か言ってましたか?」
「アルは『取り敢えず支援作戦が終了するまで様子を見ましょう』って」
その答えを聞いたウィルフィン王子はそっとフィリア姫の肩に手を乗せ優しく笑いかけた。
「ふむ、ならば彼を信じて待ちましょう。彼は優秀ですから、きっとなんとかする策を持っているのですよ」
「入れ」
ノックの音と訪問者の名乗りの声を聞いて、アルベルトは入室の許可を出す。
「入ります!」
そう言ってアルベルトの自室に入って来たのは、近衛騎士のジョンとクリムである。
「どうした?何か用か?」
アルベルトは机に向かって書類を整理しながら問い掛けた。その一言を待っていたかのようにジョンが口を開く。
「ミリーさんの事でお話があります!」
(こいつらも俺にミリーをなんとかしろと言いにきたのか?!)
アルベルトはウンザリだとでも言いたげな溜息を吐いて「どういう話だ?」と書類を整理する手を休める事なく問い掛ける。
「ミリーさんは、あの時、髪留めを外しました。そしてあれ以来、髪留めを着けていません!」
アルベルトは予想外の意味不明の言葉に書類を整理する手を止め、訝しげな表情でジョンとクリムに向き直る。
「どういう意味だ?」
「我々は一度だけミリーさんが髪留めを外して行動する姿を見ました。『ラーミザン基地』での作戦の時です。その時ミリーさんは教えてくれました。『髪型を変える事で人に与えるイメージを変える』と!」
アルベルトが黙って聞くなか、ジョンは言葉を続ける。
「ミリーさんは髪留めを外す事で人懐っこいイメージを捨てたんです!ワザと嫌われるようにイメージ操作しているんです!どうしてなんですか?!」
アルベルトはジョンの言葉の後、2人をジッと見つめた後、口を開く。
「お前たちはその事を誰かに話したか?」
「いえ、誰にも・・・」
「ならば主席執政官として命ずる!その事を一切口外してはならん!そしてそれを理由にミリーに味方する事もまかりならん!判ったか!」
思いもしなかったアルベルトの言葉に2人は狼狽える。
「しかし、それではミリーさんが・・・」
「判ったか!!」
ジョンとクリムはアルベルトの剣幕に息をのむ。
2人はこんな厳しい表情のアルベルトを見たことがなかった。それだけにアルベルトの命令には重みがあった。
「・・・判りました・・・」
ジョンとクリムはそう言ってうなだれて部屋を出て行く。
2人を見送ったアルベルトは、椅子の背もたれにもたれ掛かり天井を仰ぎ見てポツリと呟くのだった。
「ミリー・・・お前をちゃんと見ている者達もいるぞ・・・」




