1-131 亀裂 3
「以上だ。後は各自、この方針に沿って動いて欲しい」
ミリーの部屋に集まっていたのは、第一世代のマイケルとサモン、それから継承者のアルベルト、ケニー、ヒースの5名である。
彼等はここでミリーから今後の行動方針について説明を受けていた所であった。
「それから言うまでもないが、この事は一切他言無用だ。以上、解散」
ミリーの言葉に集まった者達は顔を見合わせる。
「ミリーや。何もそこまでせんでも・・・」
ここで口を開いたのはサモンだったが、その言葉は足元に投げつけられた陶器製のカップが割れる音に遮られた。
「誰のせいでこんな事になったと思っている!」
カップを投げつけたミリーが憤怒の相で怒鳴りつける。ミリーの怒りの原因が判っているサモンは俯き何も言えなくなった。マイケルも同様である。
「でも、そんな事をしたら・・・」
次に口を挟んだのはヒースだったが、ミリーに一睨みされて黙り込む。そんなヒースの肩をポンと叩いて言葉をかけたのはケニーだった。
「『放浪のミーア=リーア』の命令だ。我々はその通りに動くだけだ」
ケニーはそう言うとミリーに向かって軽く頷く。ミリーが頷き返すとケニーはヒースの腕を引っ張り「ほら、行くぞ」と部屋をあとにする。釣られるようにサモンとマイケルも部屋を出て行き、部屋はミリーとアルベルトの二人っきりとなった。
しかし、アルベルトは一向に椅子から立ち上がろうとしなかった。ミリーは少し苛立ち、アルベルトに近づいて退室を促す。
「アル様も、もう・・・きゃっ!」
突然、アルベルトがミリーの腕を掴み強引に自分の膝の上に座らせる。そしてこう告げた。
「俺はあの時もお前をこうして膝に乗せて約束したよな。世界中の誰もがお前を嫌っても、世界中の全てがお前の敵になっても、俺だけはお前のそばにいると。いつまでもお前の味方だと。それは今も変わらないぞ」
ミリーは目をまん丸にしてアルベルトの言葉を聞く。そしてやがて目に涙を湛えアルベルトにしがみついて泣いた。
(ミリー。お前は今でも声を出さずに泣くんだな)
アルベルトはあの時のようにミリーの頭を撫でながら、昔を思い出すのであった。
その後、ミリーと他の者との対立が収まる事はなかった、いや、悪化の一途を辿っていた。
あの閣議の時にメイシアを擁護した者達へのミリーの嫌がらせが続いているのである。特にスニーキー隊への攻撃は凄まじかった。数々の無理難題を押し付け、粗を探しては叱咤と嘲笑を繰り返す。
そんな状態の中で嫌がらせを受けている彼等が暴発しないのには2つの理由があった。
1つは3人の執政官、アルベルト、ケニー、ヒースのフォローがあったからだ。
3人はあの日、ミリーの自室に呼ばれた事からミリーの側に立つのかと思われたが、ミリーからの無理難題を解決出来るよう立ち回ってくれているのである。その事からミリーが彼等の取り込みに失敗したのだろうと囁かれた。
もう1つは、周りの人間に鬱憤を聞いてもらえたからだ。
あの日以来、ミリーが大部屋で皆と食事をする事はなくなった。そのため、食事の際に必ずと言っていいほどミリーの非道振りに対する不満をぶち上げ、皆の共感を得たのである。そして決まって「ミリーに一泡吹かせてやってくれ」というメイシアへの懇願の言葉で締めくくられるのであった。
メイシアは多くの人から期待された事が嬉しかった。モルーグ王国にいたころにはなかった事だ。そして同時に絶対に失敗出来ないという思いもあり出発準備の段階から精力的に動いていた。
メイシアとフランクはまず戦況の確認を行った。詳細かつ最新の状況がマイケル老から随時もたらされ、その情報を基に戦況を整理し、どんな物がどれだけ必要とされるかを推測するのである。
メイシアは夫であり今回の作戦のもう一人の指揮官であるフランクと状況を整理し地図を確認しながら思わず声を出す。
「なんでもうこんなに押し込まれているわけ?!」
メイシアの記憶では国境線はもっと東の筈だ。なのに陣の位置がここだとすればどんなに贔屓目に見積もっても10キロは押し込まれていることになる。
「ミリーさんの懸念が当たったな」
フランクの呟きにメイシアは「そんな名前聞きたくもない」と言わんばかりの表情を浮かべる。フランクはメイシアの反応を無視して言葉を続ける。
「この分だと、既にかなりの被害が出ていると覚悟しておいた方がいいだろうな。予定の3倍の物資が欲しいな」
フランクは腕を組み渋い顔をする。そこにメイシアがさらに呆れたと言いたげな声を上げた。
「ちょっと!なんて所に陣を張ってるの!信じられない!」
「何?そこ、何かあるの?」
地図を覗き込みながらフランクが尋ねる。
「この辺り一帯は、『ハシリバチ』の生息地なのよ」
「えっ?それ、かなりマズいんじゃないか?」
フランクが驚くのも無理はなかった。
『ハシリバチ』
メイシアが指摘した一帯に生息する毒蜂である。
生息数は少なく生息地も狭い範囲に限られるため、有名な生物ではない。モルーグ王国東部の人々に知られている程度である。
認知度はその程度であるが、知る者にとっては恐怖の対象であった。人々が恐れたのはその毒である。
その毒自身の致死性は低い。ならば何故恐れるのか。それはその毒が精神毒だからだ。
『ハシリバチ』に刺されると、30分程で毒の影響が出始める。それは『恐怖心の増大』である。際限のない『恐怖』が犠牲者の心を襲うのだ。犠牲者には周りにいるもの全てが恐ろしい化け物に見えるのである。そうして行き着く先は発狂、最悪は狂い死にするのだ。
しかし本当の問題はそこではない。
『ハシリバチ』の名は犠牲者が恐怖に駆られて走って逃げ回る所から来ている。だが逃げ回るだけならまだいい。周りの人間に対して攻撃を行う事も多々あるのだ。
周りの人間が化け物に見えているため仕方がないと言え、この二次被害が無視できないのである。ましてや今回そこにいるのは武器を持った兵士なのだ。何が起こるか想像だに難くない。メイシアとフランクの懸念はそこにあった。
『ハシリバチ』に刺された者を救う方法はただ一つ、刺されてから30分以内に眠らせ、毒が抜けるまで眠らせ続ける事である。夢も見ない程に。
(どれほどの睡眠薬が必要になるのかしら・・・)
メイシアは作戦の先行きに不安を覚えざるを得なかったのであった。
しかし、悪い事ばかりではなかった。
「私達にも何かお手伝い出来る事はありませんか?!」
そう声を掛けて来たのは、モルーグ王国からの留学生達であった。モルーグ王国から支援要請があった事は留学生には知らされていない筈だった。しかし人の口には戸は立てられない、と言う奴だろう。いつの間にか留学生全員が知る事となっていたのである。
メイシアとフランクは派遣者の人選に悩んでいた。
戦況を考えればかなりの数を連れて行きたい所である。しかし、フィスリニア城の病院や工房からそれだけの人数を引き抜くとなれば、本業の方が立ち行かなくなる。かと言って他に当てがある訳ではない。
そんな中での留学生からの声掛けであった。
メイシアとフランクは「なる程、それもありかな」と考える。
彼等はモルーグ王国が公費を投じて公式に送り込んだ留学生である。当然、卒業後はモルーグ王国の公僕としてその能力を使わなければならない身だ。
となれば、今回の作戦は実地訓練として最適なのではないか、病院や工房から派遣して貰う人員も留学生をサポートする立場に位置付ければ最小限で済む筈だ。
そして何より、『留学生が戦争で功績を上げた』という実績を作る事が出来ればモルーグ王国の留学生派遣計画の有用性が評価され、予算増額と増員を期待する事ができ、長い目で見れば『第二学院』設立計画の前倒しにも繋がるのである。
しかし、いい事ばかりではない事も判っていた。そこは本物の戦場なのだ。メイシアもフランクも自分の判断ミスが支援部隊全員の命を脅かす事を知っている。そして留学生達は戦争を、そしてその恐怖をまだ知らないのである。
「『一人も傷つけることなく』・・・か・・・判っているわよ!それくらい!」
ミリーの言葉が頭を掠め、メイシアのイライラが口から漏れ出す。
フランクは不安な気持ちでメイシアを見つめる。
メイシアはこんなに強い子だったっけ?自分が知っているメイシアはこんな重圧には絶対に耐えられない子だった筈だ。
本当に強くなったと言うのならこんなに喜ばしい事はない。
しかし、これが怒りに任せた一時的なものだとしたら、もし作戦中に元のメイシアに戻ってしまったら・・・
フランクは愛おしいメイシアを見つめながら
(その時は俺が支えてやるんだ!絶対に!)
そう決意を新たにするのであった。
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