1-130 亀裂 2
閣議の場は異様な静寂に包まれていた。
その場にいた者達は押し黙り、ただ1人の人物に視線を向けていた。その視線の先にいたのは、ミリーだった。
ミリーは椅子の背もたれに寄りかかってふんぞり返り、ウンザリだとでも言いたげな表情で宙を見つめていた。
そんな中、一番おどおどしながらも勇気を振り絞って話を切り出す者がいた。メイシアである。
「あの、勝手にって言われても・・・私、なんの権限も・・・」
「権力が欲しいのならくれてやる。お前は今から私と同等の権限を持つ。これでいいだろ」
ミリーの投げやりな態度にメイシアは少し涙目になりながら考える。
午前中までは普通に話していたのに。何か私ミリーさんを怒らせるような事をしたっけ?・・・ううん、思い当たる事はない。なぜこんな事になったのか見当もつかない。
「あの・・・何か私、ミリーさんのお気に障ることをしましたか?言って下さればお詫びしますから」
メイシアの言葉をミリーは鬱陶しそうな態度で聞くと「フン!」と鼻を鳴らし嫌な嗤いを浮かべて口を開く。
「な~に。自分の面倒もみれないようなお子ちゃまが指揮官様だなんて、馬鹿馬鹿しくてやってらんないだけさね」
馬鹿にするミリーの言葉がメイシアの心に刺さる。涙を堪えて唇を噛み締めるメイシアにミリーはさらに追い討ちをかける。
「それにしても可哀想なのはモルーグ兵達だな。お子ちゃまのお医者さんごっこに付き合わされるのだからな」
ミリーの容赦のない嘲りに周りで聞いている人々も思わず眉をひそめる。
「・・・ごっこ・・・なんかじゃ・・・ない」
小さいがハッキリとした声が、悔しさを滲ませたメイシアからこぼれ出る。
「はぁ~~っ?聞こえないなぁ~~」
嫌みったらしいミリーに向かってメイシアはとうとう怒鳴りつけた。
「ごっこなんかじゃない!私は真剣に患者と向き合ってきました!人の命を救う為に頑張ってきました!今までもこれからもずっとです!私はその事を誇りに思っています!誰にも文句は言わせません!」
睨み付けるメイシアをさらに馬鹿にするようにミリーは口を開く。
「人の命を助けるぅ~?『血塗れの看護師』さんがぁ~?」
一番聞きたくない言葉にメイシアはとうとう堪えていた涙を流し悔しさに言葉を詰まらせる。
その様子についに我慢出来ずに口を出した者がいた。スニーキー隊隊長、オズワルド=マーレイである。
「ミリー!お前、口が過ぎるぞ!そんなにメイシーを虐めて何が面白い!」
その言葉にミリーは見下すようにオズワルドを見ると、吐き出すように言った。
「黙れ敗残兵風情が。貴様なぞにそんな口をきく資格があるとでも思っているのか」
「な、何だと、てめぇ!」
オズワルドは椅子を音を立てて転ばしながら勢いよく立ち上がる。その顔は怒りで真っ赤になっていた。
「ウィルファン様、今回の戦いは大丈夫でしょうか?」
心配そうに呟いたのは、モルーグ王国国王『アレキサンドル=ファース=モレード』の嫡子『シーザー=ファース=モレード』である。2人は今、大部屋へと足を向けていた。
「うん、そうだね。かなり厳しい戦いではあるだろうね。早々にこの国に支援要請が届く位だからね」
ウィルファン王子は包み隠さず率直な意見をシーザー王子に返す。
まだ幼い相手には安心させるが為に何の根拠もなく「大丈夫」と口にしても良いのかも知れない。しかしウィルファン王子はシーザー王子に対してそうはしない。それはシーザー王子がモルーグ王国の次の王であり、なおかつシーザー王子自身にその覚悟とそのために全てを学び取ろうとする気構えが見えるからだ。
「ところで、私も閣議に参加してもよろしいのですか?」
「あぁ、特に問題はないだろう。と言うよりモルーグの状況が解るいい機会だから呼びに行ったんだ」
シーザー王子はウィルファン王子の言葉に少し頬を紅潮させる。
まだまだ幼い自分をウィルファン王子達は一人の人間として認めてくれていると言う事なのだ。
「では、急ぎましょう!」
シーザー王子は足取りも軽くウィルファン王子を急かしながら、皆がいる大部屋へと急ぐのであった。
「遅くなり・・・」
ウィルファン王子は閣議が行われている大部屋に声を掛けながら入ろうとしたが、扉を開けてすぐに言葉を飲み込むしかなかった。入った瞬間に空気がおかしい事に気付いたのだ。
シーザー王子も異常さに気付いたのか、黙ったまま不安そうな顔でウィルファン王子の袖を掴んでいる。
ウィルファン王子が一目見た感じでは、ミリーと他の者との間でトラブルが発生したように思えた。椅子にふんぞり返って薄ら笑いを浮かべるミリーと、対照的に怒りを全身から放出している他の面々だ。
ウィルファン王子は静かにフィリア姫の隣に移動し、囁くように問い掛ける。
「姫。一体何があったのです?」
フィリア姫は今にも泣きそうな顔でウィルファン王子を見つめる。
「解らないの。突然ミリーがメイシアを罵倒し始めて。メイシアを庇おうとしたみんなにも、ミリーは次々と酷い事を言って・・・どうして・・・どうしてこんな事になっちゃったの?」
ウィルファン王子はすぐにアルベルトに視線を移す。ミリーが暴走しているならそれを止める事が出来るのはアルベルトだけの筈だ。しかし、不可解な事にアルベルトはミリーを心配そうに見つめるだけで何も行動を起こそうとはしないのであった。
ウィルファン王子もどうすべきか迷うなか、睨み合いはメイシアの言葉で破られる。
「私は何と言われても構いません!でも私を庇ってくれる人への暴言は許せません!皆さんに謝って下さい!今すぐ!」
「はあ~?なんで私が謝らないといけないんだぁ?」
ミリーは馬鹿にしたようにメイシアの要求を拒否する。しかし、何かを思い付いたように嫌な嗤いを浮かべてこう切り出した。
「そうだなぁ、この戦いに勝利して、連れて行ったスタッフが1人も怪我しなかったら、土下座して頭を踏みつけさせてやるよ。まぁ、無理だろうけどなぁ」
そう言って嘲笑するミリーをメイシアは憎々しげに睨み付け、拳に力を込めて宣言する。
「分かりました!モルーグは勝ちます。そしてスタッフは誰一人傷つけさせません!」
このメイシアの覚悟をミリーは鼻で嗤い「やれるものならやってみろ」と馬鹿にする。
このやりとりを聞いていたシーザー王子がメイシアを力づけようと口を開いた。
「メイシアさん、大丈夫ですよ。モルーグは強いんです。負ける事はありません!」
この言葉を聞いたミリーは高笑いを始める。
「な、何がおかしいんですか?!モルーグ王国軍の指揮官達は第二世代や第三世代という優秀な人材が揃っているんですよ!」
シーザー王子の必死の説明にミリーはさらに笑いこけたあと、シーザー王子に向かって言い放つ。
「せっかくだからいいことを教えてやる。第一世代、第二世代、第三世代、これらの称号はその人物の能力の高さを表すものじゃない。第一世代はただ空から落ちてきただけで名乗れる。第二世代や第三世代は上の世代から名乗っていいと言われれば名乗れるんだ。言ってる意味が判るか?」
シーザー王子は頼りなさげに首を横に振る。
「ハッキリ言えば、モルーグにいる第一世代はただ空から落ちてきただけの何の能力もない人間だ。いや、詐欺師と言ってもいいだろう。金で第二世代称号を与えるだけで何も教えていないんだからな。その第二世代だって金で第三世代の称号を与えるだけだ。モルーグの称号持ちはみんなただのボンクラ揃いと言うわけさ」
初めて聞かされる事実にシーザー王子は言葉を失う。
「しかし、我々継承者は違う。継承者は師の下で徹底的に教育された複数の者の中から最も優秀な1名が選ばれる。1人の師に継承者は1人だけだからな。しかも第3者の審査を通ってなれるんだ。間違いなく優秀だと言えるのは継承者だけなのさ」
ミリーの自慢げな態度にシーザー王子は顔をしかめ、なけなしの反論を試みる。
「で、でも、戦ってみなければ判らないでしょう!」
ミリーはニヤリと笑って答えを返す。
「判っているんだよ。2年前に。2年前の大敗時の指揮官達がまた指揮を執っているのさ。大敗の責任を一切とらずにね」
シーザー王子は驚き口をパクパクさせるしかなかった。シーザー王子だけではない。その場にいた者全てが考えもしなかった事態に息をのむ。特にメイシアは可哀想な程に真っ青になっていた。
そんな様子を楽しむようにミリーは嗤い言葉を続ける。
「それにしても、王が代われば何とかなると思ったが、今度の王も前王に負けじ劣らじの能なしとはねぇ~」
「ち、父上は、能なしなんかじゃありません!!」
ミリーの嫌みにシーザー王子は目に涙を溜め顔を真っ赤にして泣くように叫んだ。
「能なしに決まってる。現場に行きもせずに王座にふんぞり返っているようじゃね。シーザー言ってみたら『僕と一緒に前線に行きましょう』って。きっと怖くてガタガタ震えて嫌がるから」
「ミリー!!言い過ぎよ!!」
これにはさすがにフィリア姫も声を上げて窘める。ミリーは不機嫌そうに「フン」と鼻をならす。
「まぁ、後は勝手にやって下さい。マイケル!サモン!話がある!今すぐ私の部屋に来い!ケニーとヒース、それからアル様も私の部屋に」
ミリーはそう言いながら大部屋から出て行こうとしたが、ふと扉の前で立ち止まると、メイシアの方に振り向きニタァと笑う。
「メイシ~、期待してるわよぉ~。約束は守ってねぇ~。それとも降参するぅ~?土下座して謝れば許してあげてもいいわよぉ~」
メイシアはさらにミリーを睨み付けると大声で怒鳴った。
「絶対に勝たせてみせます!!」
「あ、そう~。楽しみぃ~。『血塗れの看護師』さんは今度は何人殺してくれるのかしらぁ~」
メイシアがどんなに睨みつけようともミリーは動じない。
「言っとくけど私はメイシーのあの判断をと~っても評価してるのよぉ~。味方を助けるにはどんな手段を使ってでも敵を殲滅するのが一番だからねぇ~。じゃあ頑張ってねぇ~」
そう言ってミリーは呼びつけた者を引き連れて部屋を出て行った。
「くそったれがぁ!」
オズワルドが椅子を蹴り飛ばす。
「メイシー!絶対にアイツを懲らしめてくれよ!」
大部屋に残った面々が口々にメイシアを励ます。
メイシアは何度も頷き、ミリーが出て行った扉を睨みつけるのだった。




