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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
129/311

1-129 亀裂 1

「はぁ・・・はぁ・・・」

 メイシアは肩で息をしていた。

 もう何人殺したのだろう。あと何人殺せば終わるのだろう。私はどうして人を殺しているのだろう。人の命を助けに来た筈なのに・・・

 サブマシンガンを持つ手は敵兵の血でベタベタしている。手だけではない、純白だった看護服も顔も返り血を浴びてすっかり赤黒く染まっていた。眼鏡も割れて用をなしていなかった。

 ここは真夜中の森林地帯。頼りは星明かりだけ。だからここまで抵抗出来たのだ。

 私は全ての追っ手を足止め出来たのだろうか。もう皆は安全地帯まで逃げただろうか。私はもう・・・諦めてもいいのだろうか・・・


 もう心も身体も疲れ果てていた。もうどうなってもいいと思った。でも心も届かない命の奥底の本能が小さく呟く。『生きたい』と。

 その本能が、茂みから突然襲いかかって来る敵に無意識にサブマシンガンの弾をぶち込む。苦痛に歪んだ敵兵の顔が眼前に迫り、襲いかかる勢いのまま敵兵は覆い被さってくる。メイシアは押し倒されながらも銃口を敵兵の胴体に当て更に銃弾をお見舞いする。覆い被さった敵兵の胴体から流れる熱い液体がメイシアの銃を持つ手を伝う。眼前に迫った敵兵の口から大量の血が吐き出されメイシアの顔を覆い尽くす・・・


「いやああああああああああっ!!」


 メイシアは飛び起き、思わず辺りを見回した。

 そこに敵兵はいなかった。自分も血塗れではなかった。

 輸送車に同乗している医者や看護士の卵達は皆、軽い寝息を立てて熟睡している。どうやら実際に悲鳴は上げなかったようだ。その事にホッとしたメイシアは、自身が汗でぐっしょりである事に気付く。メイシアは胸に手を当てる。動悸がまだ収まらない。

 あの時の夢を見るのは久し振りだった。フィスリニア城に来てから一度も見たことがなかったのだ。

 メイシアは荒い息をまだ整える事が出来ないまま、憎々しげな表情を浮かべ唇を噛み締める。

(こんな夢を見たのもみんなあの人の、ミリーさんのせいだ!私は絶対にあの人(ミリーさん)を許さない!城で私を庇ってくれる皆のためにも、絶対に今回の作戦は成功させる!そして、あの人(ミリーさん)を土下座させてその頭を踏みつけてやる!)

 今のメイシアの力の源は・・・城の仲間への想いとミリーへの憎しみだった。




 話は5日前に遡る。




 第25次国境戦争。

 モルーグ王国とレンザリア公国との間で数年おきに繰り広げられる国境線を巡る戦争である。

 レンザリア公国はモルーグ王国の南東、フィスリニア王国の南西に位置する国だ。

 この繰り返される戦争の歴史は古く、記録を残すために数え始めてからも100年近くが経っている。

 戦況は以前は一進一退であったが、ここ数回はモルーグ王国側の負け続きであった。

 前回の戦いは2年前。その時はモルーグ王国の大敗に終わり、モルーグ領であった森林地帯まで奪われる結果となっていた。

 今回、早い周期でレンザリア公国が戦いを仕掛けてきたのは、モルーグ王国が先の内紛により国力が弱まっていると判断したものと思われた。そしてそれを裏付けるように開戦早々からモルーグ王国は苦戦を強いられていたのである。

 そのような状況であるため、モルーグ王であるアレキサンドル公からフィスリニア王国へ支援要請が行われたのは自然な流れと言えたのだった。




「それで、アレキサンドル公からはどのような支援要請を受けたのです?」

 皆での昼食を食べ終わった後に始まった臨時の閣議。ウィルファン王子以外のいつものメンバーが揃っていた。食後のお茶を飲みながら尋ねたのはミリーである。

「えっと・・・ざっくり言えば、兵装の補修支援と医療支援ね。直接的な武力支援はないわね」

 フィリア姫が依頼内容を読み上げ、ミリーはホッとしたような表情を浮かべる。

 全ての国々との友好政策をとるフィスリニア王国としては、国境線を争うような戦争への直接介入は避けたい。アレキサンドル公はフィスリニア王国側のそうした事情を理解してくれているため、支援可能なギリギリのラインで依頼しているのである。


「それでも、国境戦争の規模を考えればちょっとした人数が必要ですね。それぞれ最低でも20人以上の部隊編成が必要でしょう。どこから人を引っ張るかは後で考えるとしても指揮官はどうしますか?」

 ミリーの隣に座っているアルベルトが問い掛ける。

「うん、今回はミリーとメイシーに行って貰おうか思うの。最近2人、仲いいみたいだし」

 フィリア姫はにこやかに指示を出す。

 確かに2人で行動する事が多かった。ミリーがメイシアに色々教えていると言う事もあるが、今朝も2人でサーエイ(38)とリナイアの様子を彼等の家に見に行っていた位だ。

 メイシアもミリーも「えっ?!」と声を上げる。メイシアのそれは驚きに嬉しさが混じったものであったが、ミリーのそれは戸惑いと拒絶からくるものであった。

「ひ、姫!それはちょっと・・・」

 慌ててミリーが異議を唱えようとしたが、その言葉は侵入者の言葉にかき消される。

「儂等が行こう」

 そう言って大部屋に入って来たのは意外にも、2人の第一世代(ファースト)、『マイケル=スタンレー』老と『サモン=リスドール』老であった。


「えっ?お二人が?二人とも年なんだから無理しない方がいいんじゃない?」

 心配そうなフィリア姫の言葉に2人は「ほっほっほ」と笑いながら続きを語り出す。

「何も儂等が頑張ると言うのではない。頑張るのはフランクとメイシーの2人じゃよ。2人を連れて行くでな。2人には派遣計画立案の準備段階から作戦終了まで全てを取り仕切って貰う。儂等はオブザーバーとしてそばにおるだけじゃ。2人の能力の向上振りには目を見張るものがある。もう責任ある立場に立ってもいいじゃろう。そう思わんか?アルベルト、ミリー」

 マイケル老とサモン老はそう言うとドヤ顔で含み笑いを浮かべながらアルベルトとミリーを見つめた。「どうだ!ビックリしたか!」と言いたげな顔である。


 アルベルトとミリーは2人の老人の言葉とドヤ顔の意味を即座に理解し、驚きの表情で固まっていた。そしてすぐに突然立ち上がり叫んだのはミリーだった。

「まっ!まさか!『公告』したのですか?!!」

「あぁ、もちろん」

 老人の素っ気ない返答にミリーは「そんな・・・」と茫然とした様子で崩れるように椅子に座り込み、髪をかきむしるように頭を抱え込んで俯いた。そして隣に座るアルベルトがミリーに何かを言って慰めているようだった。

 ミリーの思わぬ様子に2人の老人は顔を見合わせ笑顔が消え不安そうな顔になる。


 フィリア姫は老人達の提案に、なるほど、と考える。

 確かにフランクとメイシアは2人の師である老人達だけでなく、さらにアルベルトやミリー、ケニーやヒースといった継承者(サクセサー)からも様々な教育を受けて、その能力の向上振りは目を見張るものだと聞いている。

 それに今回の依頼はフランクとメイシアの得意分野だ。なおかつ派遣先は彼等の祖国でもあるのだから、伸び伸びとその力を発揮出来るだろう。その経験は彼等にとって大いに糧となる筈だし、今後のフィスリニア王国の主軸メンバーとしての成長が期待できる。ただ、ミリーの様子がおかしいのは気になるが・・・


 フィリア姫は少し考えた末に決断する。

「よし、判った。今回はご老人方の意見に乗ろう。フランク、メイシー、早速準備を!」


 フランクとメイシアは思わぬ大役に「はい!」と頬を紅潮させて立ち上がる。

「2人のサポートはご老人方に。そして・・・アルとミリーもフォローよろしくね」

 フィリア姫はそう言うと、様子を窺うようにアルベルトとミリーを見つめる。

 アルベルトは「分かりました」と返事をするが、ミリーは頭を抱えて俯いたまま返事をしない。


 そんなミリーにメイシアは、恐る恐る声をかけた。

「あの・・・ミリーさん。色々と教えてくださいね」

 ミリーはようやく口を開く。しかしその言葉は誰にも予想出来ないものだった。

「・・・勝手にすれば・・・」

「え?」

 冷たい言葉にメイシアはミリーを見つめたまま固まる。ミリーは乱れた髪から髪留めを外しながら言葉を続ける。

「お前の事なんか知るか。勝手にすればいいだろう」

 そう言ってようやく上がったミリーの顔。その表情を見て今度は皆が固まった。

 それはさっきまでとは全く異なる表情だった。それは一度たりともフィスリニア城の者に向けた事がないものだった。それは・・・敵に向ける憎悪の表情だったのである。


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