1-128 アンランの休日 2
久し振りのテッドの実家だった。
子供の頃はよく遊びに来たものだ。通された居間を見回しながらテッドと遊んだ思い出に浸る。
「シオンちゃん、合うのは久し振りね。テッドの遺骨を持ってきてくれた時以来かしら」
「はい。そうだと思います」
出されたお茶を手に取りながらシオンが答える。
「でもあれからも何度も墓参りに来てくれていたんでしょ。時々花が供えてあったから。シオンちゃんじゃないかと」
シオンは恥ずかしそうに頷く。
「ところで今はどんなお仕事しているの?何時も生活費を送ってくれるのはありがたいけど、最近急に額が増えてるし、何か無理して危ない事をしているんじゃないかと心配で」
「相変わらずのマシーナ乗りですよ。最近ある王国の近衛騎士になれたんです。ですから、危ない事はしていませんし、収入も安定しているんです。だから気にしないで下さい。お母さま」
テッドは母一人子一人であった。そのためテッドが死んだ時から、テッドの代わりに母に仕送りを続けているのだ。最初にシオンがそう決めた時にテッドの母は「まだ結婚してもいなかったのに」と難色を示していたが「式は挙げていなくても、私達は立派な夫婦でした!」とシオンが自分の主張を通したのである。
収入については、フィスリニア王国とフェルミール王国の両国から近衛騎士としての報酬が出ているのであるから問題がある訳がない。
しかしテッドの母親の表情からは(近衛騎士?そんな訳がない)と言う疑いがありありと窺え、シオンは残念そうに、着け慣れないネックレスのペンダントヘッドを指で弄ぶしかなかったのであった。
「でもシオンちゃんもいい加減に結婚して家庭に入らないと・・・」
「私が愛するのはテッドだけです!他の人と結婚するつもりはありません!」
シオンは声を荒げて訴えるが、テッドの母親は困ったような顔をするだけだった。
「私、そろそろ失礼します。」
「そんな、シオンちゃん、もう少しゆっくりしていって」
もうこれ以上はここには居られないと感じたシオンは席を立つ。しかし、テッドの母親は何故か執拗にシオンを引き留めるのだった。
シオンはその様子に嫌な感じを受けて「このあと用事があるから」と母親を振り払うように玄関を出たその時だった。
「シオン!何処へ行くつもりだ!」
家の外に出ると、そこにはシオンの家族、両親と3人の兄達が玄関から入ろうとする所だった。怒鳴り声は父親のものだったのである。
(どうしてここにいることが?!)と驚くシオンに後ろから声が掛かる。
「シオンちゃん。女の子はね。ちゃんと結婚して家に入らないといけないのよ!」
その瞬間、シオンは裏切られた事を悟り、テッドの母親を睨み付ける。しかしすぐに両腕を2人の兄達に拘束されてしまう。
「何するの!離してよ!私はこれから仕事で人と合流しなきゃいけないのよ!」
シオンは抵抗しながら叫ぶが両腕を離して貰える気配はない。
「女が仕事だと!ふざけるな!女など男の世話をしておれば良いのだ!嫁いで家事を行い子供を産んでいればそれでいいのだ!女風情が生意気な事を言うな!」
その父親の言葉がこのテタマーリ島における女性の地位を表していた。
シオンの生まれたテタマーリ島は、一口で言えば男性中心の社会であった。女性は家に入り家事を行うものであり、外で仕事など行うものではない、と言うのが一般的な考えだったのである。
ただし、アンラン諸島王国全てが一様にそうだと言う訳ではない。島毎に女性の扱いは異なっていた。
テラブ島のように女性の地位が認められている島もあれば、女性を家の持ち物か奴隷のように扱う男尊女卑を体現させたような島もある。諸島王国の中枢機関は女性の地位の向上を島々に働きかけてはいるが、長年培われた風習であるだけに、なかなか改まらないのが実状であった。
「いい加減にしてよ!一体私をどうする気!」
両腕を掴まれたままシオンが怒鳴る。今のシオンの戦闘技術であれば、この状態から2人の兄をのしてしまう事など雑作もない。しかし、実の兄に対して暴力を奮いたくないため大人しくしているに過ぎなかった。
「このまま家に家に連れて帰る。家からもう出られると思うな。そしてすぐに嫁に出してやる。周りに声を掛ければ、お前を嫁に欲しいと言う者はすぐに出てくるだろうよ」
「シオンちゃんは昔から器量良しだったから、すぐ貰い手はあるわ。良かったわね、シオンちゃん。女は結婚して家庭に入るのが一番幸せなのよ。女の正しい生き方なのよ」
「その通りだ。テラブ島の連中は男女平等などと抜かし女も仕事をするのが正しい姿などとほざいているが、あんなものは間違っとる!」
交互に偏見に満ちた御高説を賜る父親とテッドの母親にシオンは吐き気がする思いだった。
シオンはそもそも、この議論が嫌いだった。『女性は家事に専念すべき』と言うのも『女性は仕事を持つべき』と言うのも、どちらも『女性はこうあるべき』という考えを押し付けていると言う点で女性を蔑視しているとシオンは思うのだ。
家事に専念するのも仕事を持つのもどちらも同じ様に立派な事だ。そしてどういう生き方をするかは各人が自由に選べるべきであり、そうなってこそ漸く男女平等と言える、とシオンは思うのだ。
(もっとも男には『仕事』ばかりで『家事』と言う選択肢はないから、こっちの方が不平等かもね)
とシオンは逆に男達を哀れに思ったものであった。
しかし、今のシオンには男達に憐れみを感じる余裕はない。
「こんな事をしてタダで済むと思ってるの!私は近衛騎士の身分なのよ!」
兄達に引きずられて行きながらシオンが大声で訴える。
「妄想もいい加減にせんか!女が近衛騎士などになれるものか!おい!シオンの口を塞いでおけ!こんな戯れ言、近所に聞かれたら体裁が悪い!」
父親の指示を受けて3人目の兄がタオルのような物をシオンの口に押し込み背後から押さえる。その様子はもはや誘拐であり、どっちが体裁が悪いか判らない状態であった。
シオンは抵抗虚しく自宅に連れ帰られ、小さな窓が1つあるだけの物置代わりの一室に閉じ込められる。
「シオン。お前には教育が必要だな。明日からじっくりと女とはどうあるべきかを教えてやる。今夜は飯抜きだ。そこでじっくりと反省するんだな」
偉そうな態度の父親に向かって、シオンは床に座り悪態をつく。
「教育?洗脳の間違いでしょ。言って置くけど、明日の朝、慌てる事になるのはお父さん達の方よ」
父親は忌々しげにシオンを睨み付けると「ちっ」と舌打ちをして扉を閉める。そして鍵を掛ける音の後、「水もやるんじゃないぞ!」と怒鳴る声が聞こえた。
シオンは、小さな部屋の中に座り込みうなだれていた。
「ほんと、馬鹿な家族・・・哀れなテッドのお母さま・・・」
シオンは俯いたまま涙ぐみ小さく呟くと、着け慣れないネックレスのペンダントヘッドを指で触り蓋を開け・・・中のスイッチを押した。
翌朝。シオンの実家がある海岸沿いの町は騒然となった。
海岸に、誰も見た事がない巨大な四角い黒い船と思しき物体が停泊していたのである。
町の人々は何事かと海岸沿いの道路に出て様子を窺っていた。その中にはテッドの母親の姿もシオンの家族の姿もあった。シオンの父親は昨日の『明日、慌てる事になる』と言うシオンの言葉を思い出していた。
群集が不安げに見守る中、遂に黒い船『A.O.U.』に動きがあった。後部ハッチが開き、中から黒い戦闘用マシーナ『シャドウクレス』が飛び出して来たのである。
『シャドウクレス』は海岸沿いの道路に飛び出ると銃を構え道路を群集に向かって歩き始めた。群集はパニック状態になり悲鳴を上げて逃げ回る。
閉じ込められているシオンの耳にも、外の騒動の様子ははっきりと聞こえていた。そして駆動音から迎えに来たのが『シャドウクレス』であることも判った。シオンは今だ電波を発信し続けているペンダントヘッドを見つめ「全く、ミリーの予見には恐れ入るわね」とほくそ笑むのであった。
逃げ回る人々を踏まないように注意しながら、シオンの実家の近くまで移動すると『シャドウクレス』のコックピットが開く。
中から出て来たのは、軍服に身を包んだ隻眼でスキンヘッドの威圧感タップリの男、摂政のレオン=バフマンその人だったのである。
レオンは遠巻きに見守る群集をグルリとひと睨みすると、威圧感タップリの大声で脅しに掛かる。
「我はフィスリニア王国摂政、『レオン=バフマン』である!昨日、我が国の近衛騎士筆頭である『シオン=サーサ』殿がこの町で拉致監禁に遭っているとの一報が入った!我々はアンラン諸島王国の協力のもと『シオン=サーサ』殿の救出に出向いたものである!」
レオンは更に声量を上げた。
「ここにシオン殿が監禁されているのは判っている!今すぐシオン殿をここに解放せよ!さもなくばこの町を破壊し尽くしてでもシオン殿を救出する所存である!」
レオンの宣言は、監禁状態のシオンの耳にも入る。シオンは思わず吹き出し、
「なる程、レオンさんか。確かにレオンさんの強面ならこの島の連中への脅しにぴったりだわ。それに引退したと言ってもマシーナの操縦技術は今だ健在だしね」
と、笑いながら納得したのであった。
シオンが笑っている時、町の住人は恐慌状態にあった。マシーナが銃を町に向け破壊すると宣言したのだから無理もない。
町の人々は物凄い形相でシオンの父親目指して集まって来る。シオンがどの家の子かみんな知っている事であるし、何より昨日、父親達が嫌がるシオンを無理矢理家に連れ込んだのを、みんな見ていたのである。
人々は口々に「何て事を仕出かしてくれたんだ!」「早くシオンちゃんを解放しないか!」とシオンの家族を罵倒する。父親達があまりの事に茫然としていたがその目を覚まさせた者がいた。レオンである。
「そこがシオン殿が監禁されている家か!解放せぬと言うなら勝手に連れていくぞ!」
レオンはそう言うとシオンの実家の屋根に『シャドウクレス』の手を掛ける。
屋根がミシミシと音を立て始めると漸く我に返った父親は「お!お待ち下さい!すぐに連れて参ります!」と叫び、慌てて家に駆け込みシオンを外へ連れ出した。
シオンは町の人々が見守る中、『シャドウクレス』へと歩み寄る。すると『シャドウクレス』から降り立っていたレオンがシオンに深々と頭を下げた。その様子に町の人々の間から大きなどよめきが起こる。
(これはきっとミリーの演出ね)
この島では男が女に頭を下げる事はまず有り得ない。あるとすればそれは余程の事なのである。恐らくミリーはその事を知っていてこの演出を指示したのだろうとシオンには推測がついた。
「シオン殿。救出が遅くなり申し訳ありませんでした」
「いえ、助かりました。感謝します。レオン殿」
「此度の件、我がフィスリニア王国のウィルファン国王陛下もフィリア王妃様も、そしてフェルミール王国のルミエラ女王陛下も大変ご心配なさっておいででした。なにせシオン殿は両国の誉れ高き筆頭騎士であらせられますからな」
レオンは聞こえよがしにそう告げると周りをギロリと見回し、更に声高に報告する。
「特にルミエラ女王陛下のお怒りは相当のもので『直ちに全軍をもってテタマーリ島に攻め入りシオン殿を救出後、報復として島を壊滅させよ!』と御命令なさろうとされた程です」
これにはシオンも(さすがにそれは話を盛り過ぎでしょ)と吹き出すのを堪えるのが精一杯であった。
しかし、町の住人達にとっては全く笑い事ではない話だ。皆、青い顔をしてシオンの家族を睨み付け、シオンの父親は完全に血の気を失いその場に座り込んでしまったのであった。
そんな人々を尻目にシオンとレオンは『シャドウクレス』に悠然と乗り込んでいく。
「シオン殿、操縦なさいますか?」
「ん~、疲れたのでお願い出来ますか?」
シオンはそう言って操縦席の後ろのスペースに潜り込むと・・・そこには先客がいた・・・ミリーが体育座りでシオンに向かって手を振っていたのだ。
「シオンさん。お墓参りどうでした?」
にこやかに問い掛けるミリーの横に座りつつシオンが答える。
「お墓参りは良かったんだけどね。後が最悪・・・」
シオンはそこまで言うと声を詰まらせる。そして、目に涙を浮かべ唇を噛みミリーにしがみつき、
「ミリーごめん・・・少しの間でいいから・・・」
シオンはそう言ってミリーにしがみついたまま泣いた。悲しくて悲しくて大声で泣き続けたのであった。




