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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
127/311

1-127 アンランの休日 1

「ごめんなさいね。主人が向こうで待っているの」

 そう嘘でごまかして何人目かの誘いを断り「ふぅ」と溜め息を吐く。

 清楚なワンピース姿で艶やかな長い黒髪を潮風になびかせている可愛らしい乙女が、船のデッキで憂いを帯びた表情で海を眺めている、となれば邪な輩でなくとも一声掛けたくなるのは物の道理である。

 しかし、そんな自覚がないシオン=サーサは

(まったく、物好きが多いわね)

 と、にべもない。

 とは言え、連絡船がアンラン諸島王国に近づくにつれてドンドン気が重くなっていくのは自分でも判っていた。




『アンラン諸島王国』


 それは、『(あま)街船(まちふね)』のさらに東の海上にある島国である。

 大小合わせて400余の島で構成され、中でも特に大きな7つの島がそれぞれ独立した王国として周辺の島々を支配下に置いて統治している。

 つまり、『アンラン諸島王国』とは、7つの王国の集合体なのだ。そしてその7つの王国はそれぞれが『島王』と呼ばれる王が統治し、さらに最も大きな『テラブ島』の王が『諸島王』として7つの国家をまとめ上げているのである。




「やっぱり、ソワソワしてるのをミリーに見抜かれちゃったのが原因よね・・・」

 着けなれないネックレスのペンダントヘッドを指で弄びながら溜め息と共にぼやく。

 シオンがこのアンラン諸島王国を訪ねるまでにはちょっとしたドタバタがあった。


 5日程まとまった休暇がほしい。


 切実にそう思い始めたのは少し前の事だ。

 シオンはここの所ずっとフィスリニア王国とフェルミール王国の間を両国の筆頭騎士として忙しく飛び回り、まったく休みが取れない状況にあった。いや、逆にまとまった休暇を取りたいために休みを取らずに頑張った、と言った方が正しいだろう。その方が「休暇下さい!!」と言い易いと思ったのだ。

 そんな事せずともこの国であれば快く休みをくれると判ってはいるのだが、そこは心配性のシオンのサガ()、そうせざるを得なかったのである。しかしそれでも言い出せないのが、シオンの心配性の真骨頂であった。


 期日が迫って来ているのに言い出せない。

 シオンのソワソワが絶頂に達した時、突然ミリーが耳元で囁いたのである。

「いいんですよ。休みを取っても」

「えっ?!」

 驚きで目を可愛く真ん丸にするシオンを尻目にミリーが言葉を続ける。

「テッドさんの命日もうすぐでしょ。お墓参りに行きたいんでしょ」

 この言葉を聞いてシオンは満面に感謝としか言いようのない表情を浮かべ涙ぐむ。泣き虫シオンの真骨頂である。

 この時ばかりは、時には戦慄さえ覚えるミリーの情報収集力と洞察力に感謝であった。

「ありがとう。お願いできる?」

 ミリーはニッコリと頷く。

「手続きは私がやっておきますよ。それから、フィリア姫には後で私が報告しておきますから、言わないでおいて下さいね。でないと・・・」

「でないと、なあに?」

 後ろからの突然の声にミリーとシオンはビクッと固まる。そして恐る恐る振り向くとそこには、にこやかな笑顔を振り撒きながら仁王立ちするフィリア姫の姿があった。


 シオンが正直に墓参りのためのまとまった休暇が欲しいと申し出ると、フィリア姫は「なぁ~んだ」と言いたげな表情で快諾する。

「別に何も問題ないわよ。気兼ねなく行ってらっしゃいな。ところで何処まで行くの?」

「それは!ずっと遠くの!・・・」

「アンランです」

 ミリーが慌てて誤魔化そうとするのをシオンが台無しにする。そしてフィリア姫の目がキラリンと光る。

「シオンって、アンラン出身なの?」

「はい。生まれも育ちもアンランです」

 シオンは言った後に(しまった)と思った。何故ならフィリア姫が、とぉ~~っても悪い顔で笑っていたのである。シオンは不安そうにミリーを見るが、ミリーは「もう駄目だ」とでも言いたげな諦めモードだ。


「アンラン!・・・ふ~ん、アンランね、ふ~ん、いつ行くの?・・・ふ~ん、その日程ね、・・・ふ~ん、そうね、日程もちょうどいいわね、えへへへ、おっと、ふ~ん・・・」

「姫・・・はっきりおっしゃって下さった方がありがたいです」

 何時までも含み笑いが止まらないフィリア姫に、シオンは恐る恐る先を促した。

「そーんなに聞きたいなら教えてあ・げ・る!」

 フィリア姫は待ってましたとばかりに説明を始める。


 フィリア姫の話によれば、アンラン諸島王国が成立して30年の記念行事が行われるのだと言う。

 アンランの7つの王国同士はずっと対立関係にあったが、40年前の『(あま)街船(まちふね)』の墜落以降急速に接近し30年前に諸島王国の成立を果たしたのである。理由は当然、『(あま)街船(まちふね)』の利権を巡り大陸側の諸国に対抗する為であった。

 そしてその30周年の記念行事に友好国として招待を受けたため、これからその出席者を決めようとしていた、と言うことだった。


「シオンよく考えてね。我が国としてもアンランに対して友好的だとアピールしておきたい訳よ。でも、どんな言葉を以てしても、『フィスリニア王国とフェルミール王国の筆頭騎士がアンラン出身である!』と言う事実に勝る事は出来ないわ。ね、言いたい事、判るわよね」

「わ、私に出席しろ、と言う事ですか。隅の方で目立たないようにしているだけでいいんですよね」

「何言ってるの。主役よ主役。きっと舞踏会でも引っ張りだこよ」

「ぶ、舞踏会?!わ、私、ドレスも何も!・・・」

 その時、また背後から突然声が掛かる。

「まぁ!シオンさんに決まったんですね!まぁまぁ、シオンさんに、まぁまぁ、まぁまぁ・・・」


 3人が声の方に振り返ると・・・

 満面に笑みを浮かべてギラギラした目でシオンを見つめるマーサの姿がそこにあった。マーサが頭の中で、シオンと言う最高の素材に様々なドレスやら髪飾りやらを合わせてみているのは、誰の目にも明らかだったのである。


 そしてその日から昨日まで、マーサによるドレス合わせやらダンスのレッスンやら、シオンはこれまで経験した事がない作業に忙殺される事になる。

 シオンは『本業に差し障る』と迷惑そうな態度を表向き見せていたが、お年頃のお嬢さんであるが故に内心は満更でもないことはマーサには見抜かれていたのだった。




 連絡船の船員が、まもなく港に到着する事を声高に乗客にふれ回る。

 この数日の思い出に浸っていたシオンは現実に引き戻される。顔を上げると前方には2番目に大きな『モスタリ島』が見えて来た。

 シオンの目的地はアンラン諸島王国の南東に位置する6番目に大きな島の『テタマーリ島』である。そこがシオンとそれから恋人だったテッドの故郷でありテッドの墓がある島なのだ。

 シオンはテッドが亡くなった時の事を思い出す。

 あの時もこの航路を使って故郷へと帰って行ったのだ。僅かばかりのテッドの遺髪と遺骨を持って。泣きはらした真っ赤な目で。

 そして思い出すのは泣き崩れるテッドの母親の姿と、テッドの跡を継ぐと宣言した自分を罵倒する両親と3人の兄達の姿だ。シオンはそんな家族から逃げ出すようにアンランを離れマシーナ騎士になったのである。故郷に近づくにつれてシオンの気が重くなるのはそこに原因があった。

「家には帰りたくないな。家族と顔を合わせたくないな。墓参りが済んだらすぐ姫との合流場所のテラブ島に移動しよう」

 着けなれないネックレスのペンダントヘッドを指で触りながら、シオンはそう決心するのであった。




 連絡船はモスタリ島の港へと入っていく。島のごく近海や港は大小様々な船でごった返している。島と島の間の交通手段が船しかない以上、これは当たり前の光景であり、アンラン諸島王国の名物でもあった。

 シオンはモスタリ島から別の連絡船に乗り継いで故郷のテタマーリ島へと向かった。


 シオンは人目を避けるように真っ直ぐテッドの墓へと向かう。誰か知り合いに会いでもしたら面倒だからだ。

 シオンは共同墓地にあるテッドの小さな墓に花を捧げ、最近の出来事を報告する。前に墓参りしたのはまだ傭兵だった頃だから、話したい事は山のようにあった。

 かなり長い時間をかけて報告を済ますと

「じゃあ、そろそろ行くね。また来るね」

 そう言ってシオンが立ち上がった。その時だった。


「シオンちゃん・・・」


 懐かしく優しい声にシオンは振り向く。

「お母さま・・・」


 そこに立っていたのは、テッドの母親だった。

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