1-125 運命の大地 11
剣を振り上げたミリー。
半狂乱になって絶叫するリナイア。
サーエイは(これでリナイアの命が助かるのなら)と、運命を受け入れ目を閉じる。
しかし、何時までも剣が振り下ろされない事を不審に思ったサーエイが目を開くと、サーエイとミリーの間で両手を広げて立ちふさがるものがいた。メイシアである。
「何をしている」
ミリーはメイシアを睨みつけ、静かにしかし威圧感のある声で問いただす。
「病院は人を救う所で殺す所ではありません!それに2人は私の患者です。どんな状況であっても医者は自分の患者を護る義務があります。見殺しになんて絶対に出来ません!」
メイシアはミリーの怒気と殺気に満ち溢れた視線を浴び、恐怖に身も声も震わせながら、それでも決然と言い放ちミリーを睨み返す。
2人は固まったように睨み合っていたが、やがてミリーが「ふん!」と鼻を鳴らしてゆっくりと剣を鞘に納めた。ミリーはそのまま入り口近くまで移動すると、他の者に背を向けたままジッと立ち尽くす。その姿は、膨れ上がった怒気と殺気を必死に鎮めようとしているようだった。
その間にメイシアは床に座り込んだまま泣き続けているリナイアを抱き上げ、ベッドに腰掛けさせて寄り添いあやすように頭を撫でる。リナイアはメイシアにしがみついたまま肩を震わせて泣き続けていた。
「メイシアに免じて今回は許してやる」
ミリーがそう口を開いたのは数分後の事である。しかし、サーエイ達にはとても長く感じた時間であった。
「ご厚情、感謝します」
サーエイは礼を口にしながら考える。取り敢えず命拾いはした。今すぐ処刑される心配はなくなったが、リナイアの犯した罪は重い筈だ。裁判の結果次第では死罪もあり得るだろう。
「メイシア。リナイアは数日で退院だったな」
突然のミリーの質問にメイシアは慌てる。
「は、はい」
「もう歩く事は出来るのか?」
「松葉杖を使ってでしたら」
「判った。今からリナイアを連れて外へ出る。すぐに泣き止ませて何か着せろ」
突然の事に、リナイアの泣き顔は引きつり、さらにメイシアにしがみつく。
「それは、裁判の時までどこかに投獄される、と言う事でしょうか?」
サーエイが慌てて確認する。
「ん?さっきも言った筈だぞ。私は裁量権を持っていると。その私が『許す』と言ったんだ。なぜ裁判を行う必要がある?昼前には戻ってくる。大人しく待ってろ」
サーエイはミリーの思わぬ言葉に驚いた。一人の人間に過分な権力が与えられると言うのは賛成出来る事ではないが、今回ばかりはその事に感謝しなければならないようだ。
「メイシア。準備のために5分ほど席を外す。戻って来るまでに用意させておけ。私は気が短い。用意が出来ていなかったら気が変わるかもしれんぞ」
ミリーはそう言い放つと病室を出て行った。
メイシアは尚も不安そうにすすり泣くリナイアを何とかなだめて落ち着かせ、退院用に用意していたゆったりしたワンピースに着替えさせ松葉杖を持たせる。
「私はどこに連れて行かれて、何をされるのでしょうか?」
リナイアの疑問はもっともであるが、残念ながらメイシアもその答えを持ち合わせておらず「判らない」と首を横に振るしかなかったのであった。
約束通り戻って来たミリーは、リナイアの準備が出来ているのを見て満足げに頷くと、不安そうなリナイアを伴い病室を出て行ったのであった。
病院を出ると、一台の車が用意されていた。
リナイアはミリーに促されるまま助手席に乗り込む。どこに連れて行かれるのか何も聞いていないし聞ける雰囲気でもなかった。
(このままどこかに幽閉されるんじゃ・・・)
そんな不安を余所に車は発進してしまう。
「えっ?」
発進してすぐ、リナイアは思いもよらない光景を目にする。
それは、そこら中で遊び回る子供達だった。
不思議そうな表情で辺りを見回すリナイアに、ミリーが車を運転しながら説明を始める。
「あそこに建物が見えるだろう。あれが『学院』、学び舎だ。ミランダ位の子供から大人まで多くの者がここで学問を学んでいるんだ。この子供達はみんな学院生さ」
「すごい。学校まであるんですね」
リナイア達に気付いた子供が満面の笑顔で手を振ってくる。リナイアも思わず笑顔になって手を振った。
「かわいい子供達だろ?」
「はい!」
「だがお前のせいで、この子供達の命が危険にさらされる事になった」
ミリーの突然の厳しい言葉がリナイアの胸を穿つ。
「そんな!私はそんなつもりは何も・・・」
思わず反論したリナイアだったが、横目で睨むミリーを見て自分の立場を思い出し、俯き押し黙った。
「解らないと言うなら、サーエイに聞いてみるがいいさ。アイツならきっと解るだろう」
ミリーの言葉にリナイアは小さく頷く。
(私のした事がどうして子供達の命を脅かす事になるの?)
納得のいかないリナイアは心の中で文句を言いながらも、子供達がはしゃぎ廻っている姿を大人しく眺めているのだった。
ミリーに連れていかれた先は、すぐそばの村だった。リナイアが来た時に見かけた村だ。
ミリーは村の中のやや立派な一軒の家の前に車を停め、リナイアに降りてついて来るように指示をする。
「村長ぉ~!いるぅ?!」
ミリーが玄関をノックし明るい大声で声をかける。程なくして中から人の良さそうな爺さんが現れた。
「おぅ、ミリーちゃんか。待っておったぞい」
「じゃあ、昨日お願いした件、大丈夫って事かな?」
ミリーはついさっきまでとは別人のように明るかった。
「3軒ほど見繕っておいたんでな。後はどれがいいか選んで欲しいんじゃが・・・もしかして、そちらのお嬢さんが例の?」
村長と目が合ったリナイアは、訳が解らないまま反射的にお辞儀をする。
「そうこの子が奥さんの方。旦那さんはまだしばらく入院が必要だから、取り敢えず奥さんの方だけ連れてきた」
ミリーに『奥さん』と紹介され、リナイアは思わず顔を真っ赤にしてミリーを見つめる。ミリーはイタズラ小僧のような笑顔てリナイア見つめた。その目は「話を合わせろ」と言っているようだった。
「おぅおぅ、何とも可愛らしい奥さんじゃな。大変じゃったのう。故郷て育てる作物を探す旅の途中で、こんな事故に合いなさるとは。でもこれも何かの縁。ゆっくりしていきなされ。まぁ、取り敢えず選んでもらおうかの」
村長はそう言うと、先頭をきってヨボヨボと歩き始める。その速度は松葉杖のリナイアでも十分について行けるものだった。
「あの・・・どこへ行くんですか?」
村長の後ろをついて行きながら、リナイアはミリーに恐る恐る尋ねる。
「あら、リナイアは退院したら何処で暮らすつもりなの?」
「えっ・・・それは・・・」
(・・・考えてなかった・・・)とリナイア今更ながら途方に暮れる。そんなリナイアにミリーが囁く。
「だからね、家と畑、あげようと思ってね。あなた達に」
リナイアは想像もしない言葉に驚き足を止める。
「どうして・・・そんな事まで・・・」
絶句するリナイアにミリーは振り向かずに答える。
「あなた達が、気に入ったからよ・・・なのに・・・ね・・・」
なのに裏切った・・・リナイアには、ミリーがそう続けたように思えた。
リナイアは剣を突き付けられた時よりも心が痛む。考えて見れば、ミリーは出会った時から私達の事を信じてくれていた。ナイフを自分の胸に当て、自らの命を私に預けてくれたではないか。なのに私は・・・獣以下だ。
いつの間にかリナイアは目に涙を浮かべていた。そして、「行くよ」と言う声に我に返ると、ミリーが振り向き寂しそうな笑みを浮かべているのが見えた。
「はい」と答えたリナイアは、涙を拭いてミリー達について行くのであった。
村長が案内してくれた家はどれも立派だった。しかしリナイアの目に止まったのは、村長が「ちょっと貧相じゃが」と言って案内してくれた3番目の家だった。
確かに他の2軒よりも小さな家だったが、リナイアにはこの家に惹かれる理由があった。
「私、この家にします」
リナイアの言葉に村長は意外そうな顔をした。
「他の家の方が立派でよかろうに。遠慮する必要はないんじゃぞ」
しかし、リナイアは微笑みながら首を横に振る。
「このお家、私がずっと思い描いていたお家によく似ているんです。私、サーエイ様とこんなお家に住むのが夢だったんです。だから、この家がいいんです」
嬉しそうに家を見つめるリナイアの姿に、ミリーも村長も納得したように微笑んだ。
「では、家は決まりじゃな。村の者に明日中に簡単に掃除をさせて、必要な物を揃えさせておくでな。安心して退院してくればよいぞ。さて、次は畑に行くぞい」
家の必需品の調達もしてくれると言う村長の申し出にリナイアが恐縮すると、村長は畑に向かいながら笑って答える。
「なあに。みんな新しい人が来るのを楽しみにしておるでな。世話を焼きたがっておるから気にする必要はないぞ。逆に色々と世話を焼かれて鬱陶しいかもしれんが我慢してやっておくれ」
リナイアは「とんでもない」と笑った。
「あそこからあそこまでが奥さん達の畑じゃ。ちょっと狭いかもしれんが勘弁しておくれ」
リナイアはその広さに驚く。
「狭いだなんてとんでもない!二人だけじゃとても世話しきれない広さです!」
「しかし、色々育ててみたいならこれくらいの広さがあったほうがいいじゃろ。それに、村の者も世話を焼くから心配せんでええ。ほれ、今もみんなで耕しとる。今まで使っていなかった畑なのでな」
見れば多くの村人が畑を耕してくれていた。
「そんな・・・」
リナイアは感極まった様子で言葉が続かなかった。
畑を耕していた村人に村長が一声かけると、リナイアはあっと言う間に村人達に囲まれる。村人の歓迎の言葉とリナイアの感謝の言葉が飛び交う様子を、ミリーは目を細めて見つめるのであった。
リナイアとミリーは村人達に挨拶を済ませた後、車へと戻る。
リナイアは車に乗り込む前に村をグルッと見渡す。
「ミリーさん、私がした事はこの村にも?」
「この村は火の海になるかもしれんな」
リナイアの思い詰めたような質問に、ミリーは容赦のない答を返した。
リナイアはさらに思い詰めたような表情で口を開く。
「『リバティ16』の現在の戦闘用マシーナの保有数は20機。これを10年後をメドに100機近くまで量産し、大陸上の全主要都市に降下し大陸全体を一気に制圧下に置く作戦です」
リナイアは俯きながらも意を決したように語り続ける。
「しかし現在、この長期的な展望を良しとしない『急進派』と呼ばれる派閥が勢力を伸ばしています。彼等は今すぐにでも一部の地域でいいから支配下に置くべきだと主張しているのです」
リナイアが話し始めたのは、サーエイが隠していた事実であった。
「そしてツーファイ様が現地人に殺されたと聞いて憤る市民達の支持を得て急速に力をつけてきたのです。私はここに来る前にシャリー様から注意を受けていました。私達にもし何かあったら、もう『急進派』を止める事が出来なくなる、すぐに事が動くと。今回の謀略はこの『急進派』によるものだろう、と言うのが、サーエイ様と私の見解です」
(なるほど、それが『1年後』に反応した理由か)
と、ミリーはようやく納得がいったのだった。
「なるほど。しかしそんな話を私にしてもいいのか?サーエイの許可は得たのか?」
リナイアはさらに下を向き、さらに小さな声で語る。
「いいえ、私の独断です。サーエイ様には戻って報告します。それで嫌われて捨てられても仕方ない事です。でもお教えしたかったのです。こんな程度で私のやった事の代わりになんてなるとは思えませんが。これが今私に出来る精一杯の事なんです」
「そうか。取り敢えず、今聞いた事は私の胸の中にしまっておこう。サーエイの不興を買ったなら忘れてやるよ」
ミリーがそう言うとリナイアは力なく頷く。そして車に乗り込み病院へと戻るのであった。




