1-122 運命の大地 8
侵攻時期と現兵力。
この2つが確認できた事で、実はフィスリニア王国側の一番の目的は達成されていた。後は来訪者2人との間に信頼関係を作る、そのための情報交換と言えた。
しかし、信頼関係と言えば聞こえはいいが、その目的は、敵の中枢に火種を撒き混乱させる事にある。つまり、この2人をこちら側に抱き込もうという事なのだ。
非常に腹黒い作戦であったが、フィスリニア王国の面々は思わぬ状況に心が揺らいでいた。来訪者の2人が余りに人がよすぎたのである。
特にリナイアの、人を疑う事を知らないような純真さに、フィスリニア王国の全員が後ろめたい想いを味わっていたのだ。
そして、平和的な来訪目的(長い目で見れば兵員の増強手段であるが)も相まって、本気で「何とかしてあげたい」と思い始めていたのである。
そうした心境の変化も手伝って、情報交換は和やかな雰囲気の中で進んでいく。
サーエイからも「全ての国が、我々の存在を認識しているのですか?」とか、マシーナが運用されている事を知ると「どれ程のマシーナが稼働しているのですか?」とかの突っ込んだ質問もあったが、嘘にならない程度にぼやかした回答をし、サーエイもそれが限度と認識しているため、それ以上の追及はしなかったのであった。
その後は雑談も交えて軽い話が続いた。
日常の生活習慣はお互い興味深々で聞き入った。『天の街船』墜落後、生き残った人々がいかに原住民の中に馴染んでいったか、サーエイとリナイアは真剣に聞き入ったのだった。
会談も終わりに近づき、アルベルトが尋ねる。
「さて、そろそろ時間ですが、移民船へはどのような報告を行うのか、一応お聞かせ願えますか?」
「そうですね。その前に一つお願いがあるのですが・・・今回、あなた方に通信機のバッテリーの装着と動作確認をやって戴いたこと、それからあなた方の通信とそれに付随する技術は我々と同等であること、これを報告してもよろしいですか?」
これは想定内とアルベルトは即答する。
「なるほど。通信は傍受され、暗号は解読されるからヘタな物を送ってくるなと忠告しておきたい、と・・・まぁ、いいんじゃないですか。フェアじゃないのは気が引けますし」
フィリア姫の「え~~っ?!」という不満の声を無視してアルベルトは快諾した。
「ありがとうございます。その上で、私は西にある祖国との通信を装います。これは現地対応マニュアルに則った方法です。これで評議会は、通信内容が筒抜けだからこの方法を採ったと思ってくれるでしょう。そうすれば存在に気付かれているとは思わない筈です」
アルベルトは満足げに頷く。今度はサーエイが問いかける。
「ところで送信内容の事前チェックはどのように?」
アルベルトは少し考えて笑いながら答える。
「ん~、別にいらないんじゃないですか。信用しますよ。一応、傍受して事後チェックはさせて戴きますけどね」
フィスリニア王国の面々は退室すべく立ち上がる。握手を交わし立ち去ろうとするところでフィリア姫が思い出したように話しかける。
「そうだ。今度、『天の街船』、あなた達が言う『エリアβ』に案内するわ。色々な発掘品があるから、好きなもの持って行ってもいいわよ」
予想外の申し出に、喜びを隠しきれないサーエイとリナイアだった。
「で、ミリー、保有マシーナ数と侵攻時期は?」
城に戻る途中、フィリア姫が尋ねる。
「マシーナは20機前後、侵攻時期は・・・10年後から15年後位と見ました」
「・・・何か気になる事でもあるの?」
少し歯切れが悪くなったミリーの様子をフィリア姫
は見逃さなかった。
「はい、少し。その件はまた後ほど」
ミリーが気にしていたのは侵攻時期だった。サーエイとリナイアの両名が大きく反応したのが10年後と15年後。しかし、リナイアだけが1年後の部分にも反応したのだ。
これがサーエイだけが反応したのならまだ解る。補佐官にも言えない極秘事項があると言うだけだ。しかし、補佐官だけが反応するというのどういう事なのか・・・
(そのうち、遠回しに聞いてみないといけないなぁ)
まだまだ、集めるべき情報がある。そう実感し頭を掻くミリーであった。
「私達、本当に運が良かったですよね。あんな親切な人達に助けられて。しかも敵なんですよ。すごい懐の深さだと思います。本当に信じられないです」
リナイアは、サーエイのベッドに腰掛けて通信機に報告の入力をしていた。
サーエイが腕までギプスで固められているため、サーエイが口述する内容をリナイアが入力しているのだ。もっとも、これは普段から報告書などを作る時にやっている事であり手慣れたものである。
「まぁ、彼等の好意も完全に親切心からと言う訳ではないさ。キチンと計算しての事だよ」
「え~~っ?そうなんですか?」
「彼等としては、僕達を仲間に引き込みたいんだと思うよ」
リナイアは少し悲しそうな、残念そうな表情を浮かべて報告を入力していくのであった。
報告の内容は、まずクルーの裏切りにあった事を詳細に報告する。
「奴らは絶対に許せない。一人残らず牢獄にぶち込み、背後関係を徹底的に洗い出してやる!」
憤るサーエイにリナイアが尋ねる。
「やはり『急進派』の仕業でしょうか?」
リナイアは思い出していた。出発前にシャリー様に「何かあったら事が動く」と言われていた事を。
そのせいで、先程、侵攻時期を尋ねられた時に、すぐに侵攻が起こるかも、と考えてしまったくらいだ。
「そうだと思う」
そう答えながらもサーエイはあながちそれだけではないかもと考える。
あのレイナの異常な憎悪。彼等がレイナ達のクルーであった事を考えれば、レイナも一枚噛んでいるかもしれない。しかしその考えはリナイアには言えない。ショックを受けるのが目に見えているからだ。
「レイナ様の件はどうしますか?」
丁度レイナの事を考えていたサーエイは一瞬ドキリとする。
「情報を与えても証拠を吟味出来なければ評議会も動きようがないだろう。だから証拠品を持ち帰ってからだ。だから今は報告の必要はない」
断言するサーエイにリナイアは小さく頷いた。
リナイアは、怪我の具合や、原住民にどれほど親切にされたかも書き込んでいく。
そして半年という長期に渡って調査に協力して貰える事になったと書き綴る。
また、元気な事が判るようにと、さっき病室で撮った写真を同封する。これは、アルベルトに許可を得て撮ったものだ。治療してくれた医者としてメイシアにも一緒に写って貰った。はにかむような笑みを浮かべるメイシアは大層可愛かった。「サーエイ様!惚れちゃ駄目ですよ!」と涙目でリナイアが訴えた位である。
「それにしても、一番伝えたい事が伝えられないのは歯がゆいですね」
敵が自分達の事に気付き見張っている事は本当なら真っ先に伝えたい事だ。
「仕方あるまい。それを条件に様々な便宜を図って貰えるんだ。それを伝えるのは戻ってからでも遅くはないよ。彼等だってそう思っているさ。今は信頼関係を壊さない事が大事だよ」
そう諭すサーエイにリナイアはちょっと不満げである。しかし、暗号通信も破られていると判っている今は秘密裏に伝える手段がないので仕方がないのだ。
「取り敢えずはこんなものかな。リナイアもシャリーさんに伝言があるんだろ?」
サーエイに促されて、リナイアはシャリーへの伝言を打ち込み始める。
「そーなんですよ。予定が10日から半年に延びちゃいましたからね。その分、チャンと可愛い植物達の世話をお願いしないと。えっと気を付けないといけない植物は、っと」
リナイアは一所懸命に育てている植物の名前を思い浮かべていた。その時だった。
(!!!)
それは突然の閃きだった。いや、悪魔が耳元で囁いた、と言った方が良かっただろう。
(これならバレない。絶対にバレない)
伝言を打ち込むリナイアの指が止まる。目は見開いてジッと伝言の文面を見つめる。口許は引きつり気味の笑みが浮かぶ。
「どうした?リナイア。お前、凄く悪い顔になっているぞ」
挙動不審のリナイアの顔を、サーエイが心配そうに覗き込んだ。
「え?そ、そんな事ないですよぉ。ふ、普段通りですよぉ。えへへ・・・えへへ・・・」
リナイアはそう言うと、不気味な笑い声を漏らしながら、震える指で再び伝言を打ち始めた。まさに『魔が差した』としか言いようがなかった。
(大丈夫。バレない。解る筈がない。評議会の人でもきっと解らない。解るのはシャリー様だけだ。私のお喋りを聞いてくれていたシャリー様だけだ。原住民は尚更解る筈がない。大丈夫。大丈夫。絶対バレない。解る筈がない)
ブツブツと聞き取れない声で、必死に何事かを自分に言う聞かせながら伝言を打つリナイアを、サーエイは心配そうに見守ることしか出来ないのであった。




