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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
121/311

1-121 運命の大地 7

 味方に殺されかけた。


 その事実にリナイアがショックを受けていると、慰めるような口調でフィリア姫が言葉をかける。

「あなた達の世界は一枚岩ではない、って事かしら?」

 リナイアは反射的に答えようとしたが、再びサーエイ(38)に手で制される。サーエイ(38)は理解していた。フィリア姫の言葉が慰めからくるものではなく、こちらの内情を探るものである事を。

 ここは正直には話せない。黙秘するか、嘘をつくか・・・サーエイ(38)が逡巡していると、その思いを見透かしたようにミリーが声をかける。

「言えない事は『言えない』と言うか、黙っていてもらう方がいいな。嘘をつかれるのはやっぱり嫌でしょう。お互いにね」

 ミリーの優しい物言いにサーエイ(38)は救われる想いで「すみません」と答える。

 フィリア姫は残念そうに「ちぇっ、誘導失敗!」と呟くが、気を取り直して言葉を続けた。


「さて、そんな話を聞いたら、今、アレを出すしかないわね。実はね、おたくらの内部事情をさらに引っ掻き回しそうな物があるのよ。メイシー!例の物、持ってきて説明して!」

 メイシアは「はい」と答えて、入口に置いてあった箱を運び入れ、2人のベッドの間に置き説明を始めるのだった。




「この大陸の西の果てに『クルスターニ公国』という国があります。先日、その国と貿易交渉を行った際、鑑定及び縁者がいるなら渡して欲しいと、ある事件の遺留品を預かりました。それがこれです」

 メイシアは箱に手をかけながら言葉を続ける。

「事件の遺留品ですから、見て辛い物・・・ハッキリ言えば血塗れの物です。見るか見ないか、選択肢はありますが、お二人には見て戴かなければいけないと考えています。お覚悟は宜しいですか?」

 サーエイ(38)とリナイアは神妙な顔つきで頷く。西の果て、そして事件と聞いてそれが何であるか想像がついたのである。


 メイシアがゆっくり箱を開けると、まず、血塗れの男物の衣料が2人の目に飛び込んできた。

「それは!ツーファイ(25)様の!」

 リナイアが涙目で声を上げる。

 メイシアはその衣料と次に血塗れの女性物の衣料、そして凶器のナイフを取り出す。

「えっ?!それは確かレイナ様の服!どうして?!」

「サバイバルナイフが凶器だって?!凶器は原住民の剣ではなかったのか?!」

 2人とも、ツーファイ(25)の遺品までは想像出来ていた。しかし、それ以上の物を提示され頭が混乱する。


「何故レイナ様の服まで血塗れなんですか?!レイナ様も刺されていたって事ですか?!」

 リナイアは必死にメイシアに答えを求める。メイシアはリナイアを落ち着かせるような口調で説明する。

「女性の衣類には刃物傷はないわ。そしてこの2つの衣類とナイフに付着している血のDNAは全て同一。実はここにいるサーエイ(38)さんのものと一致したの」

「つまり、全てツーファイ(25)様の血、と言う事か」

 サーエイ(38)の表情がますます険しさを増す。


「どうしてツーファイ(25)様の血がレイナ様の服に付いているんですか?!レイナ様は襲われたツーファイ(25)様の指示で逃げて・・・」

 興奮するリナイアをなだめるように、その肩にメイシアが手を置く。ハッとしたリナイアがメイシアの目を見つめるのを確認してメイシアが口を開く。

「これは・・・『返り血』よ」

 その言葉の意味を即座に理解したリナイアは、首を横に振りながら反論する。

「そんな筈はありません!お二人は探索から戻ったらご結婚する事になっていて・・・」

「それなら、なおさら合点がいくわ」

 メイシアはそう言いながら、事件のあらましを説明する。


 ツーファイ(25)が村娘に結婚を迫り誘拐しようとした事。誘拐に失敗し山の中に逃げ込んだツーファイ(25)を村人が発見した時には既に殺された後であり、一緒に逃げていた女性は姿を消していた事。宇宙船が停泊していたと思われる地点で、この女性物の服と凶器が見つかった事。

 メイシアは続けて遺留品の状況から推測できる殺害時の様子を細かく説明する。

「動機は・・・もう言わなくても解るわよね・・・」

 メイシアの問いかけに、サーエイ(38)とリナイアは返事をする力はなかった。2人は脱力したように茫然と遺留品を見つめていた。フィスリニア王国の面々も黙して動かない。2人の気持ちを察し、そして思考を邪魔しないようにしていたのだった。


「やっと解った。レイナさんに面会に行った時に何故あれほどまでの憎悪の眼差しを向けられたのか。あれは俺に向けられたのではなかったんだ。あれは、ツーファイ(25)様に向けられたものだったんだ」

 ようやくサーエイ(38)が口を開いた。それに引きずられるようにリナイアもポツリポツリと呟き始める。

「レイナさんが言う通り・・・判るはずがなかったんだ・・・私なんかに・・・レイナさんの気持ち・・・私なんかに・・・」

「私は判るわ」

 突然の言葉にリナイアは驚いて声の主を見つめる。声の主はメイシアだった。


「私だって、愛する人にそんな事をされたら、殺します」

 この一言に顔をひきつらせたのは男性陣3人、ウィルファン王子、アルベルト、サーエイ(38)である。3人の想いは同じであった。

(だ、断言したぞ!『かも』ではなく、断言したぞ!)

 メイシアの言葉にミリーが口を挿む。

「ん~、私は普段通りかなぁ~」

「お前はそれが一番怖い!」

 口を揃えて突っ込んだのは、アルベルト、ウィルファン王子、フィリア姫の3人であった。

 ウィルファン王子は(私は大丈夫)と言いたげな笑顔でフィリア姫の顔を覗き込む。

「姫は、どうです?」

 フィリア姫は思わず視線を外し、そっぽを向いて答えた。

「つ、都合の悪い事は、『言えない』って事でいいのよね」

 歯切れの悪い返事に、ウィルファン王子は微妙な表情を浮かべるのであった。


 漫才のようなやり取りに、メイシアはクスリと笑うと優しくリナイアに問い掛ける。

「あなたはどう?」

「わ、私はそんなの考えた事ありませんし、考えるだけ無駄です!」

「あら、どうして?」

サーエイ(38)様が私を裏切る筈ありません!そんなの考える事自体、サーエイ(38)様への侮辱です!」

 憤るリナイア。しかし思わぬ所からリナイアに横やりが入る。

「俺が裏切ったら、どうする?」

 真剣な表情でサーエイ(38)が問い掛ける。


 リナイアはこれまでにないほどの驚きの表情を浮かべ、涙目で答えた。

「そんな事・・・考えられません」

「俺だって人間だ。絶対なんて有り得ないぞ。さぁ、どうする?」

「そんな事・・・考えたくありません・・・サーエイ(38)様・・・そんな酷いこと・・・言わないで下さい・・・私・・・そんなの・・・私・・・えぐっ・・・」

サーエイ(38)の駄目押しにリナイアは堪えきれずに泣き出してしまった。ここが敵中だと忘れているようである。

 サーエイ(38)はリナイアの反応を見て考える。

ツーファイ(25)様達の仲の良さは俺も知っている。きっとレイナさんも今のリナイアと同じような気持ちを持っていただろうな。そんな人が酷い裏切りを受けたら・・・」


 リナイアはまだ泣いていた。ベッドの上で身を起こして泣くリナイアの隣にメイシアが腰をかけ、リナイアの背中をさすりながら語りかける。

「『殺意』なんて誰でも簡単に持つわ。私だってさっき言った通り。決して特別な事なんかじゃない、普通の事よ。でも、『殺意』を現実にするには大きな壁がある。理性とかのね。人は普通その壁を越えないように努力するわ。それが出来るから人間なんだと思う」

 メイシアは表情を暗くする。

「でも、どうしても、その壁を越えてしまう人がいる。あまりにも辛い事に会った時とかね。もっとも、好んで壁を超える人間や壁のない人間もいるけどね。リナイア、あなたから見てレイナさんはどっち?」

「・・・前者です・・・」

 リナイアは、隣に座るメイシアに身体を預けながら力なく答えた。


「そう、ならとても苦しんだはずね。いえ、今も苦しんでいるかも。確かにそれを理解する事は出来ないかもね・・・さて、それが解ってどうするの?リナイア」

 メイシアに問いかけられ、ジッと俯き考え、そして顔を上げた。その表情には決意のようなものも見て取れた。

「それでも、何か私に出来る事を探したいです」

「うん。あなたはすごくいい子ね」

 メイシアが嬉しそうにリナイアの頭を優しく抱く。

「メイシアさんって、シャリー様みたい・・・」

「シャリーさん、て?」

トゥエル(12)様の補佐官で、私をとても可愛がってくれるお方です。今回も留守の間、家の植物の世話をお願いしていて、『ネオ=テラ』行きを凄く心配してくれて・・・」

「じゃあ、そのシャリーさんにも、あなたの無事を早く伝えて安心させてあげないとね」

「はい」




 リナイアとメイシアのほっこりした会話を横目に、フィリア姫がサーエイ(38)に尋ねる。

「その、トゥエル(12)とかツーファイ(25)とか言う人達も評議員なの?評議員は全部で何人?」

「亡くなったツーファイ(25)様を入れて・・・現時点で・・・27名です」

「もしかして、全員『ナンバーズ』なの」

「・・・そうです」

 返事をしながらサーエイ(38)は考える。彼等の信頼を得ることは今後の為にも重要だ。しかし、どこまで情報を与えればいいのか、難しい駆け引きだ。


「サモンからは『ジークハルト』なる人物が『殲滅派』のリーダーだった事は聞いているわ。だとすると評議会は『殲滅派』のみで運営されているって事でいいの?」

(危険な質問だ)サーエイ(38)は判断し黙す。

「『共存派』の扱いは?」

 サーエイ(38)は、黙り込んだまま、チラッとリナイアを見る。敵対的内容の回答をすれば、彼等は私達2人にも敵意を持つだろう。そうなれば信頼を得る所ではない。そんなリナイアに害がおよぶような真似は避けたい。

 回答してもしなくても信頼を損なう、そんな袋小路に追い込まれている気がしていた。


 しかし突然、そんなジレンマを絶つ言葉を発した者がいた。ずっとサーエイ(38)を見つめていたミリーである。

「移民船の状況が我々にとって良かろうが悪かろうが、それがあなた達個人に対する評価や感情に繋がる事はないよ。そこは安心して欲しい」

 その言葉を聞いてホッとするサーエイ(38)を見て、フィリア姫もミリーの言葉を肯定する。

「ミリーの言う通りよ。安心して頂戴。私も聞き方が悪かったわね。言葉を変えるわ。いい?」

 サーエイ(38)が頷くのを見てフィリア姫が言葉を続ける。


「私達はこう思っているわ。移民船は『殲滅派』が全権力を掌握し、他の派閥は消滅したか全く力を持たない集団か地下組織となっている。合ってる?」

 サーエイ(38)は目を瞑り意を決したように頷く。

「その通りです」

 サーエイ(38)をジッと見つめるミリーは軽く頷き、フィリア姫はそれを確認すると次の質問に移る。

「そして、『殲滅派』の基本方針、『原住民を全て抹殺もしくは隷属化し、この星を我が物とする』に変わりはない。合ってる?」

「・・・合っています」


 リナイアは返事をするサーエイ(38)を心配そうに見つめた。そんなリナイアにメイシアが「大丈夫よ」と微笑みかける。

 そしてミリーが再度頷き、フィリア姫が次の質問を放つ。

「我々としては、出来ることなら戦いは避けたい、というのが本音なのだけど・・・話し合いの余地はあるのかしら?」

 サーエイ(38)としても、ここまで世話になった人々を傷つけることはしたくない。しかし、評議会の意思は・・・民意は・・・

「時間をかければ、その可能性も・・・」

 ミリーはその言葉に残念そうに首を横に振る。

「私はあなたの希望的な意見を聞いていない!客観的な答えを聞いているの!答えは?!」

 問い詰めるフィリア姫にサーエイ(38)は俯き答え直す。

「・・・99%、ないでしょう・・・」


 答えを聞いてミリーは頷き、フィリア姫は少し笑顔を作る。

「正直にありがとう。では、侵攻の予定時期は?1年後?5年後?10年後?15年後?20年後?25年後?」

(これには答えられない・・・)サーエイ(38)は黙り込む。

 ミリーは一瞬怪訝そうな顔をするが、フィリア姫に向かって頷く。

「じゃあ、現在の兵力・・・そうね、マシーナの数は?5?10?15?20?25?30?」

(これも無理)サーエイ(38)はまたも答えない。

 フィリア姫は、ミリーが頷くのを待ってカウントを止め、残念そうに言葉を続ける。

「この2つはさすがに答えられないかぁ。まぁ、仕方ないわね。では、次の質問・・・て言うか、あなたも質問していいのよ」

 フィリア姫の軽い言葉に(良心的な対応に感謝しないといけないな)と、ホッと胸を撫で下ろすサーエイ(38)であった。


 しかし、フィスリニア王国の面々はサーエイ(38)を少し気の毒に思っていた。何故なら、サーエイ(38)の決死の黙秘は、ミリーのインチキとも言える観察眼によってその数値が暴かれているからである。

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