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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
117/311

1-117 運命の大地 3

「お願いします!どうかサーエイ(38)様を助けてください!どうか!どうか!」


 泣き崩れ、土下座をするような形で頼み込むリナイアをミリーはジッと見つめる。

「判った。今すぐ車を持ってくるから、あなたは荷物を纏めてて」

 そう言うとミリーは、さっきミランダが走って行った方に消え、程なく一台の車に乗って戻ってくる。その車は、道なき場所も走れる山岳用と言った風体で、屋根がなく軍用車のようにも見えた。

 ミリーは、その車を見た目の期待通りに道からはずれて、倒れているサーエイ(38)に横付けする。助手席にはミランダが乗っており、リナイアに向かってにこやかに手を振っていた。


 ミリーがサーエイ(38)に応急の止血処理を施し、声をかけながら慎重に後部座席に座らせる。リナイアもその隣に乗り込み、周りを見回し尋ねた。

「あの、他の部隊の人達は?」

「部隊?あぁ、さっきあなたが通信機でしていた話の事」

 リナイアは頷き、ミリーは車を発進させながら話を続ける。

「あの会話、最初から聞いてたけど突っ込み所満載だったわ。その話は後でゆっくりしましょ。今は治療が先決。急ぐから揺れるけど勘弁!」

 ミリーはそう言って車のスピードをあげるのだった。


(もう、後戻り出来ない)

 走り始めた車の中でリナイアは考える。

 サーエイ(38)の状況から致し方なかったとはいえ、サーエイ(38)の意向を無視し、2人の身の振り方を勝手に決めてしまった。本当にこれで良かったのか、他に選択肢があったのではないのか、心の中の不安がドンドン大きくなっていく。

 このミリーという人は、サーエイ(38)様を治療を受けさせてくれると言った。でも冷静に考えれば、私と同年代のこの少女にそんな力があるとは思えない。大人が関わってくれば、あの約束は反故にされる可能性が高いのだ。

(それでもこれが最良の選択肢だった)

 リナイアは自分にそう言い聞かせるしかなかった。


「ミランダ!『ラドの実』を2人にあげて!」

「え~~っ?!ミランダ、メイチーに誉めて貰おうと思って一杯採ったのよ~~!」

「食べてもらう分だけでいいの!あげればメイシーも誉めてくれるから!」

 ミランダは渋々後ろ向きになり籠をリナイアに手渡した。

「これは?」

 リナイアは渡された籠の中の黒い木の実を訝しげに見つめる。

「それには強力な鎮痛成分が含まれているの。毒でない事を私が食べて証明すればいいんだけど副作用で少し頭がボーッとするから運転手が食べると危険なの。だから信用して貰うしかないわ。一粒ずつ様子を見ながら食べて。痛みが我慢出来る所まで引いたらそれ以上食べないで。食べた個数は覚えておいて。10個以上食べないで。判った?」

 一気にまくし立てたミリーに、リナイアは騙されているのではと躊躇したが、堪えきれない足首の痛みと、とても苦しそうに顔を歪めるサーエイ(38)を見て、(ままよ!)と一粒自分の口に放り込む。


 薬効はすぐに顕れる。全身の痛みが少し軽くなる。意識はまだはっきりしている。もうひとつ、もうひとつと効果を確かめながら木の実を食べて、4つ目を食べた所で足首の痛みは気になる程度にまで軽減されその他の痛みは完全に消え去った。頭は少しボーッとする位で済んでいる。

 リナイアは急いでサーエイ(38)に声をかけながら木の実を食べさせる。7個目を食べた所で、サーエイ(38)は苦しそうな表情から解放され、スヤスヤと軽い寝息をたてて眠ってしまったのだった。




 リナイアにも、ようやく辺りを見回す余裕が出来る。

 通り過ぎる山々はどれも瑞々しい若葉の緑に彩られている。その緑の上を見たこともない数の鳥が群をなして飛び、山道に覆い被さる木々の枝の間からは木洩れ日が差す。

「・・・すごい・・・素敵・・・」

 今の状況も忘れて、素直な気持ちがリナイアの口からこぼれだす。

「今は春だからね。一番初々しい季節なのよ」

 ミリーはにこやかにそう語りかけた後、思い出したようにリナイアに指示を出す。

「座席の後ろに毛布があるでしょ?それを身体に掛けておいて。体温の維持もあるけど、あなた達のその服装をあまり人に見られたくないの」


リナイアが慌てて毛布を引っ張り出している時、ミリーは今度は車に備え付けられた無線でどこかと話を始めた。

「こちらミリー。聞こえるか?現在、崖から落ちて怪我をした2人の旅人を搬送中、1名は危険な状態だ。至急、サモンとメイシアに手術の準備をさせろ。え、食事に行ってる?至急呼べ戻せ!最優先事項だと伝えろ!判ったな!」

 無線を切って、再び運転に集中するミリーをリナイアはジッと見つめて考える。

 この少女は一体どういう立場の者なのだろう。年が若いから力なんてない、と思っていたが、さっきの無線の高飛車な様子からあながちそうでもない事は判った。考えてみれば私達だって歳不相応の権力を持つ身だ。似たような話があっても不思議はない。


 それよりもっと重要な事を見落としている事に気が付いた。彼女は私達がどこから来たかとは一度も聞いていない。降下挺の存在にも動じない。そればかりか私達を見るなり私達の言葉で話しかけてきたのだ!

(彼女は私達の正体を、私達がどこから来たのかを知っている!)

 それがリナイアが出した結論であった。しかし、それは同時に『リバティ16』の戦略を根底からひっくり返してしまう程の重大事である事を意味した。

『我々が衛星軌道上に生存している事を、地上にいる者達に知られてはいない、知られてはいけない。たとえそれが移民者であっても』

 それが『大崩壊』以降の戦略の根幹をなすものであり、大陸規模の奇襲による侵攻作戦の計画もその前提があるからこそ成り立つのだ。もし我々の存在が知られれば我々の侵攻に対する備えがなされるだろう。そうなれば侵攻は困難を極めるに違いない。


 評議会は、いや、我々はその可能性をどれだけ認識していたのだろう。我々はこちらの情報を与えないよう極力接触を避けて行動してきた。しかしそれは彼等についての情報を得る機会も奪う諸刃の剣だったのではないか。

 我々は原住民を『野蛮で知性が低く、我々の文明を理解すら出来ない未開種族』とこの星に到着した時の調査で位置付け、その認識を改める事なく今日まで来た。しかし現実はどうだ。この少女でさえ車という機械を乗りこなし、無線機を当たり前のように使いこなしている。我々の言葉も学習出来る。

(今の原住民の文明レベルを見誤れば・・・侵攻は失敗する!サーエイ(38)様に相談し、早く評議会に報告を!)

 リナイアは反射的にサーエイ(38)を見つめ、すぐに自分達が置かれている状況を思い出す。

 我々は彼等の虜囚となり、サーエイ(38)は瀕死の状態だ。評議会に報告などと呑気な事を言っていられる場合ではなかったのだ。


「あまり、思い詰めない方がいい」

 うなだれるリナイアに突然運転席から声がかかる。優しい声にリナイアは顔を上げる。

「思い詰めると見えているものも見えなくなる。うなだれると足元の暗がりしか見えなくなる、顔をあげればそこには明るく素敵な世界があるのにね」

 ミリーの言葉にリナイアは無意識に頷く。

(そうだ。その通りだ。悩むのは後でも出来る。今はアンテナを一杯に張ってたくさんの情報を集めよう!そのためにわたしはここにいるのだ!)

 リナイアの表情に明るさが戻る。

「サモンは名医だ。彼はきっと助かるよ」

「ありがとう」

 ニッコリ笑うミリーにつられてリナイアも僅かに微笑みながら、ふとミリーの発した言葉に引っかかりを覚えた。

「サモン・・・サモン?・・・どっかで聞いたような・・・」

 リナイアは少し考えたが、気のせいだろうと考えるのをやめた。それよりも大事な事が出来たのだ。目の前に村が現れたのだ。




(この村!私の理想の村だ!)

 リナイアがずっとずっと夢見ていた生活。サーエイ(38)と語り合った夢の空間。

 リナイアは村の様子に目を輝かせる。

「気に入った?」

「はい!とぉーーっても!」

 尋ねるミリーに思わず元気一杯に答えてしまったリナイアは慌てて口を押さえて下を向く。自分達が虜囚である事を思い出したのである。

 ミリーは「それは良かった!」と、ケタケタ笑って特に気にした様子はない。リナイアはその寛容さにホッとするのであった。


 車は、村を抜けさらに進む。しかし、リナイアは一体どこに連れて行かれるのかと心配する暇はない。なぜならすぐに目の前に城が迫ってきたのだ。

 リナイアは驚きのあまり「ひっ?!」と声を上げる事しか出来なかった。

「ここがフィスリニア城。このフィスリニア王国の中心であり、この国を治める王族の住まう場所だ」

 ミリーの説明にリナイアは顔色を無くし顔をひきつらせるばかりである。事態はすでにリナイアの想定の許容範囲を超えてしまっており、どう対処していいか何も考える事が出来なくなってしまっていた。




 そんな固まったままのリナイアを無視して、車は城の奥の病院の入口へと横付けされる。

 病院の入口にはすでに、サモンとメイシア、そして数人の医療スタッフが待ち構えていた。ミリーが到着するとサモンが面倒くさいと言わんばかりの表情で車に近づいてくる。ミリーは2人に掛かっている毛布を外す。

「ミリー、儂やメイシーでなくても良かろうにまったく・・・」


 サモンの文句の言葉はそこで止まる。

 サモンはサーエイ(38)姿をそして顔を見て驚きの声を上げた。

「おっ、お前は『ジークハルト=ベルスター』?!いっ、いや、そうか!『ナンバーズ』か!確かに儂でないと!」

 固まっていたリナイアはその叫び声で思考が再び動き出す。

「・・・サモン・・・はっ・・・あなた様はもしや『サモン=リスドール博士』では?!世界で初めて人体のコピーを成功させ、『ナンバーズ・プロジェクト』を提唱した、あの!」


 リナイアはそう叫びながら、自分の運命が何かとんでもない方向に動き出したような予感を感じるのであった。

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