1-116 運命の大地 2
「本当に気を付けてね」
心配そうにそう言ったシャリーの表情が目に浮かぶ。
「大丈夫ですよ。安心して下さい」
そう約束した筈なのに・・・
リナイアの意識がはっきりしたのは、崖下に横たわった後だった。
身体中が痛む。特に右の足首がひどい、捻挫をしているようだ。きっと身体中アザだらけだろうが骨折はしていないようだ。これはサーエイ様が護ってくれたおかげ・・・
「サーエイ様は?!」
リナイアは辺りを見回し、すぐ後ろに、苦痛に顔を歪めるサーエイを見つける。
「サーエイ様!しっかり!」
リナイアはそう言いながらもサーエイの容態が芳しくない事に気づく。衣類はアチコチが裂け出血が見られる。骨折も一本や二本では済んでいないだろう。
「・・・リナイア・・・無事か?・・・」
リナイアの声にサーエイが反応した。
「はい!無事です!サーエイ様のおかげです!」
「・・・そうか・・・よかった・・・」
サーエイはそう言うと咳き込み、口から血を吐き出す。
「しゃべらないでください!今、助けを呼びます!」
リナイアはバッグから短距離通信機を取り出しスイッチを入れる。通信機の向こうからはざわめきが聞こえる。
「連絡挺!聞こえてる?!」
直ぐに返事がないためリナイアがもう一度呼び掛けてようやく返事がくる。
「リ、リナイア様。ご無事でしたか?」
「私は無事!でもサーエイ様が大怪我をなさって危ない状態なの!早く救出に来て!」
リナイアは救助を乞うが返事がなく、何やら話し合っている様子がスピーカー越しに感じられた。
「何をぐずぐずしている!早く救出を」
「リナイア様。残念ながらそれは出来ません」
切れかけたリナイアの言葉を遮って、救出拒否という信じられない回答が返される。
「何を馬鹿な!」
「え~、その、現在我が艦は、我々の着陸を察知した原住民の軍勢に包囲されております。今すぐ離陸しないと危険な状態なのです。自力ですぐにお戻りになれないのなら、我々としては遺憾ながらお二人をここに置いて『リバティ16』に戻るしかありません。お二人が無事生き延びられますよう、ご幸運をお祈りしております」
そう言って通信が切れる。リナイアは、切れる直前スピーカーの向こうから笑い声が聞こえたような気がした。
もう何の返事も返さない通信機を茫然と見つめるリナイアであるが、それでも助けに来てくれる筈だと心のなかでは思っていた。しかし、轟音をあげて飛び去っていく降下挺を見上げてもうその望みがないことを思い知らされる。
「そうだ、まだ長距離通信機がある!『リバティ16』に直接救助を求めれば!」
リナイアは長距離通信機に一縷の望みを託し、長距離通信機のスイッチを入れた。しかし、通信機の電源は入らない。何度スイッチを入れ直しても結果は同じだった。リナイアは故障だと考えたが、ふと通信機の裏蓋を外してみる。そしてリナイアは電源が入らない理由がはっきりと判った。バッテリーが外されていたのだ。
「どうしてぇ!動作確認したって言ってたじゃない!」
リナイアは思わず叫ぶ。
短距離通信機用のバッテリーは長距離通信機には流用できない。出力がまるで足りないのだ。もう『リバティ16』に救助を求める事は不可能だ。後は『リバティ16』に戻った降下挺のクルー達の報告で救助が行われるのを待つしかない。
リナイアは大声で泣きたかったがその暇はない。今は原住民に見つかるという最悪の事態だけは避けねばならない。降下挺を襲うような連中だ。見つかれば何をされるか判らない。
幸い、落ちた場所は、崖と道の間に僅かだが木立と茂みの空間がある。もっと目立たない場所に移動すれば・・・
そう考えて、山道の方を見たリナイアはそのまま固まってしまう。
リナイアの視線の先には、ジッとリナイア達を見ている2人の人間の姿があったのである。
「・・・最・・・悪・・・」
思わず呟くリナイアであった。
「とどめを刺さなくて良かったんですか?」
降下挺のクルーのひとりが挺長に確認する。
「あの人からの指示は『生き地獄を味あわせろ』だ。サーエイ様も重傷のようだからこれでいいだろ。しかし、あんな狂人の言う事を聞かなきゃならんとは・・・哀れと思って口裏を合わせてやったのにそれをネタに強請られるとは思わなかった」
挺長は溜め息を吐きながらボヤく。
「評議会には何と報告を?一応長距離通信機からはバッテリーを抜いておきましたから連絡をとる事は不可能だとは思いますが」
「捜索隊を出されたら万一ということもあるからな。目の前で殺された事にしておこう。まぁ、野蛮な原住民が住むあの世界でそうそう生き延びられると思わんがな」
挺長はニヤリと笑って言葉を継ぎ足す。
「強請られる形になったのはしゃくだが、我ら『急進派』にとっては渡りに船だったから良しとしよう。これで世界が動くぞ」
今、リナイアの目の前にいるのは、少女が2人である。
1人はリナイアと同年代位に見える。もう1人は5、6歳位だろうか・・・2人とも驚いたような表情をしている。
「ミリーちゃん・・・」
小さい方がそう言いながら、ミリーと呼ばれた大きい方にしがみつく。
「ミランダ。車に戻っていなさい」
ミリーの言葉にミランダが頷き、山道を駆けていく。
(いけない!原住民の部隊に知らされてしまう)
リナイアは焦るが痛む右足首のせいで追いかける事が出来ない。しかも目の前にまだ1人残っているのだ。
ミリーは困ったような顔で頭をポリポリ掻きながらボヤく。
「まったく、こんな事があるなんて・・・今回は本当に偶然だぞ」
ミリーを知る者ならこの状況を「ミリーが予測した」と考えるだろう。何せケニー達やサラの時の前例がある。ミリーのこの言葉は、そう思う人達に無意識に向けたものだ。
確かにこの出会いは偶然の産物だった。
そもそもの事の発端は、
「わたちもミリーちゃんとキャンプがちたい!!」
とミランダが駄々を捏ねまくった事にある。
ミリーがフィリア姫と2人で旅をした事をいまだに根に持っていたらしく、とうとう不満が爆発したのだ。そこでミリーが仕方なく城からそう遠くはないこの森で、一泊二日の薬草採りキャンプを実施したのである。
そして夜明け前、推進器の噴射音と降下する物体を視認し、かつ、城からの緊急連絡で、すぐ近くに宇宙船らしき物がこの近くに着陸した事を知ったのである。
ミリーは「刺激したくない。取り敢えず一切手を出すな。近くの村には村人の護衛と状況監視のための人員を極秘に配置しろ」と指示する。この時オペレーターから「さすがミリーさん。こうなる事が判っていたからそこでキャンプをしていたのですね!」と賞賛されたが「そんな訳あるか!偶然だ!」と全否定したのだった。
ミリーもミランダが一緒だった事もあり、接触を避け一旦城へ戻りたかった。そして夜が明けるまで周りを警戒し、そして、車で城へ戻っていたところ、突然、前方のカーブの向こうから何かが落ちる音と男女の悲鳴が聞こえたのだ。
ミリーは車を降り何事か確認に向かい、この状況となったのである。
ミリーは、彼等の服装から移民者だと判断する。そして、こうなっては致し方ない、とばかりにゆっくり近づいていった。
リナイアはサーエイを守るべく、サバイバルナイフをミリーに向けて構えるが、恐怖で手は震え、顔は強張っている。
「こ、来ないで。お願いだから来ないで」
何とか現地語で声を絞り出すリナイア。
ミリーはゆっくりと近づきながらゆっくりと分かりやすく話しかける
「いつまで死体を守っているのだ?」
リナイアはその言葉に青ざめながらサーエイの方を振り向く、しかし、サーエイは苦しそうであるが死んではいなかった。聞き取りミスかとホッとした瞬間、いきなり両手首をガッシリと掴まれたのである。
慌てて前を見ると、いつの間にかミリーがリナイアの目の前に来ていたのだ。
抵抗しても腕を思うように動かす事が出来ない。ミリーは掴んでいる手をゆっくりと動かしていく。
そしてリナイアには信じられない事が起こった。
リナイアが握るナイフの切っ先を、なんとミリーは自分の左胸にあてがったのである。
驚くリナイアにミリーが優しく語りかける。
「私はあなた達の言葉を教わっているから、それで話そう。いい?」
リナイアはさらに驚き頷くしかなかった。原住民が自分達の言葉を喋るなんて聞いた事がなかったのだ。
ミリーも軽く頷き、静かに言葉を続ける。
「私の心臓はここ、あなた達と同じ。ここを刺せば私は絶命する。外見も内臓も見分けは付かない。心もそう。綺麗な心もあれば汚い心もある。違いを探す方が難しい」
リナイアは既に抗う事を止め、ミリーの言葉に聞き入っていた。
「あなたは自分の運命を選ぶ権利がある。私を刺し殺し、その動けない彼とこの山中で、あなた達が『トカゲ』と呼ぶ我々原住民から隠れて過ごす道。もっとも彼が無事で済むとは思えないけど」
ミリーがチラリとサーエイを見る。
「もうひとつは、私達の虜囚となって過ごす道。この場合は彼の治療を行ってあげる事が出来る。ただし、100%治るという保証はない」
この時サーエイが口を開く。
「リナイア・・・俺はいい・・・ひとりで逃げろ」
「うん。それもある。彼を見捨てて逃げる道」
リナイアは心の中で(それはない!)と叫ぶ。
「あなたはどの道も選ぶ事が出来る。ただひとつ判って欲しい事がある。それは『勇気』とはいろんな形があると言うこと。さあ、選びなさい。自分達の運命を」
ミリーはそう言うと、リナイアの手首を掴んでいた手をゆっくり離して下に降ろす。ミリーの心臓にあてがったナイフはそのままだ。
リナイアは手の中のナイフとミリーの顔を交互に見比べる。
リナイアは困惑していた。これが野蛮と言われていた原住民なのか?我々と同じ、いや我々よりも高尚な思考の持ち主ではないのか?我々は、彼等の事を何も知らないだけではないのか?彼等の事を見ようとしなかっただけではないのか?
リナイアは悩み、しばらくそのまま固まっていたがようやくナイフを下に降ろし、堰を切ったように口を開く。
「お願いです!サーエイ様を助けてください!私はどうなっても構いません!何をされても構いません!ですからサーエイ様を助けてください!お願いします!どうかお願いします!」
リナイアは泣きじゃくりながら何度も頼み込んだ。そしてその場に泣き崩れながらもずっと頼み続けるのであった。




