1-115 運命の大地 1
「ふぅ、こんなもんかな」
リナイアは一人で住居の片付けを終え、辺りを見回しながら呟く。サーエイは評議会だ。
「10日も留守にするのだからキチンと片付けておかないとね。それに・・・」
変貌してしまったレイナの有り様を思い出し、リナイアの顔に陰が差す。
「・・・それに、私達に万一の事があった時に、部屋が汚かったら恥ずかしいものね」
リナイアはそう独り言を力なく呟くと、その場にへたり込んで物思いに耽る。
明日、いよいよ出発だ。『ネオ=テラ』に行ける喜びに満ちていた心も、日を追う毎に不安が広がっていき、今では不安で一杯になってなっている。私達は生きて帰れるのか、と。
原住民に襲われ殺される夢を何度も見た。その度に悲鳴を上げて飛び起きてしまい、サーエイ様に心配をかけてしまっている。
怖い・・・怖い・・・レイナの恐ろしい形相が頭に浮かぶ。
「え~~い!しっかりなさい!私!」
リナイアはいきなり大声をあげて両頬を掌でパンパンと叩いた。
「いっけなーい!こんな時間だ!急いで出掛けなきゃ!」
リナイアはワザと大声をあげて大袈裟に身支度を整える。鏡で笑顔のチェックをし「よし!」と声を出して住居を後にする。
これから、トゥエルのパートナーのシャリーとランチを食べ、二人して評議会に主を迎えに行く。それが最近のリナイアの日課なのだった。
「では申し訳ありませんが、留守の間、観葉植物の水やりをお願いします。これが家の鍵です」
リナイアはそう言いながらシャリーにカードキーを手渡す。
「出来るだけ早く帰っていらっしゃいね。だって私ヘタだから枯らしちゃうわよ」
シャリーが笑いながら軽く脅しをかけると、リナイアが「善処します」と笑いながら答える。
そんなリナイアの笑顔を見て、シャリーはホッとしたように微笑んだ。
「本当に気を付けてね」
「大丈夫ですよ。安心して下さい」
会う度に繰り返されるようになったこの言葉の遣り取りを、今日も繰り返しながらランチを食べていると、レストランの外が騒がしくなった。
「『急進派』のデモ隊ね」
窓の外を眺めながらシャリーが呟く。その表情は険しく笑みはない。
『今すぐ大地を我らの手に!』
『野蛮なトカゲどもを殲滅しろ!』
そのような事が書かれたプラカードを掲げ、大声で叫びながら人々が過ぎて行く。
「ツーファイ様の一件から『急進派』の連中が急速に力を伸ばしてきたわ」
シャリーの言葉にリナイアは無言で頷く。その事はリナイアも街中を歩く度に感じていた事だった。
そんなリナイアをシャリーは心配そうにジッと見つめながら口を開く。
「ねぇ、知ってる?あなた達二人って、市民にとても人気があるのよ」
「え、そ、そうなんですか?」
突然振られた話にリナイアは顔を赤らめながらも、何故今そんな話を、とキョトンとした表情になる。
シャリーはそんなリナイアを見て小さく溜め息を吐き、さらに心配そうな表情で叱責した。
「ねぇ、リナイア!あなた判ってないでしょ?!そんなあなた達に何かあったらどうなるか!『急進派』が力を増すどころじゃない!市民の大多数が『急進派』を支持するわ!そうなったらもう止められない!事が動いてしまうのよ!」
シャリーの真剣な様子に「そんな馬鹿な」と言って笑い飛ばす事も出来ず、リナイアはしょんぼりと俯きながら小さな声で「申し訳ありませんでした」と答える事しかできなかった。
リナイアが青い顔で少し涙目になっている事に気付いたシャリーは(しまった、言い過ぎた)と反省する。今の一言はリナイアに相当な重圧を与えてしまったに違いなかった。
この子が今回の作戦を本当は不安に思っている事は話の端々で判っていた事だった。そしてこの子がそれを他者に悟られまいと必死に明るく振る舞っている事も判りきっている事だった。それを私ときたら・・・
「キツい言い方になってしまってごめんなさいね。リナイア。とにかく私は、あなた達が無茶をせず無事に帰って来る事を心掛けてくれるなら、どんな理由だってつけるつもりなの。それだけは判って頂戴」
シャリーがどんなに自分の事を心配してくれているか痛いほど判っている。そんなシャリーに対して出来ることは、無事に帰る事だけだ。
「シャリー様。お言い付けは必ず守ります。決して無理はしないと誓います。必ず無事に帰ると誓います。だから安心なさって下さい」
そう宣言するリナイアをシャリーは優しい笑顔で見つめる。そしてリナイアは、そんなシャリーの目にうっすらと涙が浮かんでいるような気がしたのだった。
翌日。
ナンバーズとパートナー達に見送られて、サーエイとリナイアは降下挺に乗り込む。
降下挺で2人を待っていたクルー達と会って、最初に口を開いたのはサーエイだった。
「君達は確か、前回ツーファイ様を地上に連れて行ったクルーじゃないか?」
前回の事件に関しては同行したクルーも査問委員会にかけられていた。サーエイはその時に彼等を見知っていたのである。
「はい。サーエイ様の今回の作戦は絶対に成功させなくてはなりません。そのためにも、降下経験がある我々が選ばれました。我々も前回の汚名を晴らすべく志願した次第です」
クルーのリーダー、挺長と思われる人物がクルーを代表して挨拶を行い、サーエイ達にニッコリと笑いかける。
(彼等が事件の時のクルー・・・)
リナイアは彼等に微笑みかけながらも、事件の関係者と聞いて何となく嫌悪感を感じていた。彼等に非がある訳ではない、と頭の中では判っていても・・・
初めての大気圏突入に、サーエイとリナイアは驚きと恐怖を感じる。船体は激しく振動し壊れんばかりの金属音をあげる。
そんな中でも2人が平静を保てたのは、クルーの落ち着いた様子のおかげだった。リナイアとしては嫌悪感を抱いた相手であるため複雑な心境である。
機体の悲鳴も程なく消え、降下挺は落ち着いたように微かな振動と安定したエンジン音に包まれる。小さな窓の下に見える大地は真っ暗で何も判らない。
「夜明け直前のこの時間帯が、一番見つかりにくいのですよ」
窓の外を見ているリナイアの顔が相当残念そうに見えたのだろう。クルーの1人がそう言って笑いながら近づいて来る。
「まぁ、降りてしまえば後は・・・嫌と言うほど堪能できますからご安心下さい」
クルーはリナイアに囁き、僅かに含み笑いを残して去って行く。
(堪能・・・って、遊びじゃないんだから・・・嫌な奴)
リナイアはクルーの背中を睨みながら、嫌悪感をますます募らせるのであった。
降下挺ほ思った以上に静かに着陸する。接地時の振動も殆どない。これはこのいけ好かないクルー達の腕によるものだ。
到着して直ぐに外に出ようとしたリナイアはクルーに引き止められる
「まだ外は暗いです。自然を甘くみないで下さい、直ぐに怪我をしますよ。船体の外装もかなり熱いですから火傷します。外が明るくなって、安全が確保されてからにしてください」
リナイアは不満そうな顔をしながらも指示に従う。これはクルーの言うことを聞いた、と言うより、『無理をしないで』と言うシャリーの言い付けを守っただけだ。
「そろそろいいでしょう。さぁ、『ネオ=テラ』です」
降下挺の扉が開くと、目の前には鬱蒼と草木が生い茂る。サーエイとリナイアは駆け出しそうになる心を抑えながら、見栄を張ってゆっくりと出ようとすると、「ちょっとお待ちを」と後ろから声がかかる。2人とも『なんだ鬱陶しい』とでも言いたげな目で振り返る。
声をかけたクルーは、一瞬たじろいだが、直ぐに気を取り直してショルダーバッグを差し出した。
「お忘れ物です」
2人はすぐに(しまった!)とバツが悪そうな顔をしてバッグを受け取る。中身は通信機である。
降下挺と連絡をとるための短距離の音声通信機。そして今回から導入された『リバティ16』と直接通信するための長距離通信機、こちらは電文の送受信をするタイプだが、『リバティ16』が上空を通過中にしか使えないという代物であり、今の『リバティ16』の位置を確認する機能も備わっている。あとは周辺地図の表示装置。
「うむ、周囲の状況確認に行ってくる。一時間程で戻る。何かあったら通信機で連絡を」
「機器は全て動作確認済みです。ではお気をつけて」
クルーと簡単なやり取りを行うと、2人はようやく『ネオ=テラ』の大地を踏み締めた。
覆い茂る木々のせいか辺りは薄暗い。加えて地面から鬱蒼と生える草のせいで地面が見えず歩きづらい。また、朝露がビッシリと付いた草を掻き分けるせいで、下半身が水浸しになっていくようだ。
「すごい!草から水が溢れ出してる!」
彼等は朝露を知らない。それ故に、葉にビッシリと付いたキラキラ光る水滴はまるで命そのもののように見えた。
「すごい!すごい!すごい!すごい!」
2人は息を切らしながらも、そう言って歩き続ける。その表情はどんどん輝きを増す。
そうして2人は草を掻き分け進み切り崖のような斜面の縁に立った。
10メートル以上の高さの崖のしたは未舗装の道路になっていた。
しかし2人はそんな崖下の様子よりも、目の前に広がる光景に心を奪われる。
「何故・・・宇宙がこんなに青いの?」
リナイアには空の青さが信じられなかった。
移民船の居住区の空は、反対側の居住区が見える以外は星空だ。太陽も漆黒の中にギラギラと輝いているだけだ。
写真で見た風景の宇宙は確かに青かった。そしてそれは・・・
「あおぞら・・・って言うんだっけ」
サーエイがそう呟いた。
そして、遠くまでずっと続く大地。ここからも僅かに山あいから海が見えるが彼等にはまだ水平線を理解出来ていない。
世界に魅せられた2人。そんな2人が周囲に気を配るなんて出来る訳がなかった。どんな危険が背後に迫っていたとしても・・・
ドン!!!
寄り添う2人はいきなり背後から突き飛ばされた。
「リナイアァ!!!」
サーエイは宙を舞いながらリナイアを引き寄せ包み込むように抱きしめる。2人は崖のような斜面を転がり落ちていった。
リナイアはサーエイの腕の中で、サーエイの身体のアチコチから鈍い音があがるのを悲痛な想いで聞くのであった。




