1-114 北の才女 4
「サラ殿、どうされました?顔色がお悪い様ですが。少し休まれますか?」
後ろを振り向いたアルベルトが心配そうに声をかける。
「いや、大丈夫。何でもない」
慌ててそう取り繕うサラ。
アルベルトは、あらぬ方向を見ているミリーの様子に(こいつ、何かやったな)と勘ぐるが、進行方向から現れた若い男女に声をかけられた事で思考は中断された。
「アル、ミリー、そちらは?」
声をかけてきたのは、フィリア姫とウィルファン王子であった。
アルベルトがお互いを紹介する。サラは一番の大物の登場に驚きながらも、極力眉間のシワを消しながら深々とお辞儀をして突然の来訪を詫びる。
「遠い所をよくお越し下さいました。歓迎致します。ところでどのようにして入国なさったのですか?」
にこやかに問い掛けるフィリア姫に
(判っているはずだ!これ絶対判ってて言ってるはずだ!)
サラは心の中で叫びながら返答に詰まる。しかし、そこはウィルファン王子が絶妙のタイミングで突っ込みを入れた。
「姫。イジワルするんじゃありません。姫は段々ミリーさんに似てきましたよ」
「ひどい!!」
フィリア姫とミリーが見事にハモる。膨れっ面もお揃いだ。
(これが・・・一国のトップ達の姿だと言うの?)
サラは自分の中の常識がガラガラと崩れ落ちる音を聞いた気がした。
「ところで、姫達はどうしてこちらに?」
「もうすぐ例の実験の時間でしょ。アル達がこっちにいるって聞いたから一緒に見ようと思って」
姫の言葉にアルベルトは予定を思い出し「あっ」と声を上げる。そしてサラに向かって提案する。
「サラ殿。これから兵器の実験を行うのですが、一緒にご覧になりませんか?」
他人に見せる事が出来るのだから大した物ではないだろうと思いつつも、誘われ事にサラは感謝を表す。
「ありがとうございます。どんな実験が行われるのですか?」
「『荷電粒子砲』という兵器の発射実験です」
「そ!それは、先のモルーグとの睨み合いで発射されたというアレですか?!よろしいのですか!軽々しく他国の者に公開などして!」
サラは思わず声を荒げる。もしこれがソゼルド連邦であれば、最重要軍事機密として他国はおろか自国民にさえ公開が制限される筈だ。それをこの国ときたら!
「ん~~。私達がいいって言うんだからいいんじゃない?文句言う人はいないし」
フィリア姫の見解は軽い。
「そうですよねぇ。別に見られて減るもんじゃないですしねぇ」
ミリーの見解はさらに軽かった。
「因みに、学院生であれば何時でも何でも見放題ですよ。最新機器の実験も出来ますし。今回の実験も学院生の手によるものです。『荷電粒子砲』の構造なんかもとっくに講義に組み込んでますし」
アルベルトがとどめを刺した。
サラの常識はさらにガラガラと崩れていく。これではスパイなど意味がないではないか!スパイを送る位なら堂々と学院生を送り込んだ方が、安全で建設的で様々な情報が得られるではないか!
サラは今後フィスリニア王国にどう向き合うべきか考えながら、連れられるままに訓練場に向かった。
広い訓練場のど真ん中に『荷電粒子砲』と思しき装置が設置してあり、建物がない方向に的が設置してある。そしてその方向以外は学院生らしい野次馬がたくさん詰めかけていた。しかし、随分と遠巻きに見ている。実験を行う学院生がそれ以上近づかない様に指示しているようだ。
「これはやはり機密保護のためですか?」
サラが自分が納得できる理由で確認してみる。
「いえ、前回、爆発しちゃいましてね。安全のためです」
ミリーの明るい返答にサラは言葉もない。
場内にけたたましくブザーが鳴り響く。実験開始である。
合図と共に白く眩しい閃光が的に向かって疾り、的は一瞬で蒸発する。野次馬からはやんやの喝采が上がる。サラはその想像以上の威力を目の当たりにし、眉間に驚愕を示すシワを寄せる。
数十秒間隔で第2射、第3射と的を交換しながら打ち続けたが、第4射目を撃ち終えたところで、サラの隣に座っていたミリーがボソッと呟いた。
「限界だな」
サラは反射的にミリーの表情を伺う。ミリーのまるで学者のような、そして真剣な表情に(この娘にはこんな顔もあるのか)とミリーの掴み所のなさに戸惑ってしまうのだった。
ミリーは立ち上がり大声で叫ぶ。
「次を撃ったら爆発するぞ!実験はここで中止!『荷電粒子砲』は分解して疲労状態を調べろ!」
ミリーの声に学院生から「判りました!」と元気な声が返った。
「実戦配備はまだ無理だな」
「えぇ、『スニーキー隊』の装備からも一旦外します。あれじゃ使い物にならない」
残念そうなアルベルトにミリーが頭をボリボリ掻きながら答える。
「でも有力な武器であることには違いないわ。引き続き改良をよろしく」
感想の最後を締めくくったのはフィリア姫だった。そしてフィリア姫はサラに向き直ると、申し訳なさそうに語りかける。
「ショボい所をお見せしてしまいましたね。もっとカッコ良く決まれば良かったんですけど。まぁ、先端技術なんてあんな物ですよ」
「いえ、とんでもない。素晴らしい物を見せて戴きました」
サラは心の底からそう思っていた。そして、この国と向き合う事がなんとたやすい事であるか、と感じ入ったのであった。
その日は、フィリア姫からの誘いにより、晩餐を共にすることになった。フィスリニア王国側の出席者は先の4名である。
サラはその場で、旧フォルデベルグ三国は非公式ながらソゼルド連邦を敵性国家とは見做さない事になっていると告げられた。また、ウィルファン王子からはモルーグ王国にもそのように働きかけを行っている最中だと聞かされる。
これが本当ならばソゼルド連邦の今後の世界戦略は大きく変わる。ソゼルド連邦の目には旧フォルデベルグ三国の存在は脅威として映っている。先のローデモング帝国との戦いによってその傾向はさらに強まっていたのだ。
しかしその心配が杞憂に終わるとなればソゼルド連邦にとってこんなに喜ばしい事はない。あくまでもそれが本当の話で、かつ、ソゼルド連邦に侵略の意志がなければの話であるが・・・
サラは、休暇の全てをフィスリニア城の滞在に費やす事に決めた。行きたい所へ連れて行ってくれると言うのでこの際恥も外聞もなく見て回ろうと開き直ったのである。
宿は村の宿屋をお願いする事にした。城の貴賓室も勧められたが、さすがにそれは落ち着かない。空いた時間には散策もしてみる。監視もついていないので自由に回れた。村人や城の者に「判らないことは何でも聞いて」と笑顔で言われたのには、何とも後ろめたい気がしたものだった。
学院、病院、それどころか『天の街船』にも案内してもらい、様々な貴重な情報を手に入れる。
マシーナの訓練も見学した際、『アクティブリンク』をソゼルド連邦の『ボルケニアン』に搭載出来ないか、ダメ元でミリーに聞いてみたところ、
「『アクティブリンク』は機動性重視のマシーナに有効で、『ボルケニアン』のような火力重視のマシーナには不向きなのです。それより『天の街船』から『ボルケニアン』用のオプション装備のデータが見つかっています。そちらをご検討してみては如何ですか?情報はお渡ししますので」
と思わぬ朗報も舞い込んできたのであった。
10日余りの滞在であったが、過ぎてしまえばアッと言う間だ。
出発の朝、仲良くなった人々が見送りに来てくれた。
サラはと見れば、両手に一杯の荷物を抱えている。サラには似つかわしくない姿であるが、中身はソゼルド連邦に帰れば機密情報扱いとなるものがてんこ盛りである。
サラが皆と別れの握手と言葉を交わしていると、突然、ミリーが「あっ!!」と大声を上げて険しい顔になる。
皆の間に「何事か?!」と緊張が走る。
「サラさんにまだやって貰わねばならない事が
ありました!」
そう言って真剣に見つめてくるミリーにサラはゴクリと喉を鳴らす。
「私、まだあの店のシチューをサラさんに奢って貰っていません!」
半泣きで一軒の店を指差すミリーの頭にアルベルトの平手打ちが炸裂する。
「また今度、来たときにね」
「きっとですよぉ」
サラは呆れ顔で笑いながら答え、ミリーは頭をさすりながら渋々納得するのであった。
サラがフェルミール王国とソゼルド連邦の国境を越えるまでは、シオンが警護のため同行する事となった。
シオンはフィスリニア王国とフェルミール王国の筆頭騎士であるため、サラの身許を保証し、あらぬ嫌疑をかけられないようにする、と言う点で最適な人物である。
サラは『漆黒の鬼姫』と恐れられる『シオン=サーサ』に畏怖を抱いていたが、その優しい人となりが判ると、
(まったく、フィスリニア王国の連中ときたら一筋縄じゃいかないんだから)
と半ば呆れ顔であった。
それでも旅は道連れがあった方が楽しい事には違いない。
シオンが、サラの生まれ故郷である北西部に駐屯している傭兵部隊に一時期所属していた事が判ると早速その地域の話に花が咲いた。
フェルミール王国の王都、『セントラル=フェリオン』で一泊した時はルミエラ女王から個人的な晩餐に招待され、色々な話をすることが出来た。特にソゼルド連邦との関係を改善したいとの女王の意向を確認できた事は、フィスリニア王国の意向を裏付けるものとして重要であった。
翌日、ルミエラ女王が手配してくれた車で一気に国境へと向かう。(行きの苦労は何だったんだろう)とつい溜め息をついてしまう。
そして国境。
シオンと握手をし、再会を誓って笑顔で別れる。
これで休暇も終わりだ。明日から忙しい日々がまた始まる。
そう考えながら砦に近づいて行くと、見張り所から一人の男性がサラに近づいて来る。
サラはそれが誰だか判ると驚きの声を上げる。
「閣下!どうしてここに?!」
「あぁ、たまたまこっちに来る用があってな」
サラは歯切れが悪い自分の上司であるロベルト=バルザガン将軍をジッと見つめる。
サラには判っている。ロベルト将軍は私を心配して迎えに来てくれたのだと。
「閣下、ご心配をお掛けしました」
「・・・お前随分と素直になったな」
深々と頭を下げるサラに、ロベルトは驚きの声を上げる。
「あの国では、素直な方が得をするのです!」
と眉間にシワを寄せて主張するサラであったが、ニヤニヤ笑っているロベルトを見て、つい口許が綻んでしまうのだった。
「何か土産話は聞かせてくれるのかな?」
「お話ししたい事は山のようにあります!」
「では食事でもしながら聞くとしようか。何がいい?奢るぞ」
「そうですね・・・ではシチューを!」
「そうか!美味い店を知ってるぞ!任せておけ!」
ロベルトと並んで歩くサラは、フィスリニアのあの少女の事を思い出す。もし、あの恐ろしい少女が接触してこなかったら自分はどうなっていただろうか。きっと無茶をして殺されていたに違いない。もしかするとあの少女は自分の牙を抜くことで自分を護ろうとしてくれたのではないか。
再び訪れるのは1年後になるか2年後になるか。でもきっとあの少女は「シチュー!」とねだるのだろう。そうしたら、約束を果たしてあの店で2人でシチューを食べるのだ!馬鹿話をしながら!
サラはもう次に訪れる時の事に想いを馳せる。
しかし、サラには思い至る事は出来なかった。
そんな簡単な約束も果たせなくなる事を・・・
あの少女が行きたがっていたあの店で、もういない少女を悼みながら一人で寂しくシチューを食べる事になる事を・・・




