1-113 北の才女 3
「あれは・・・『悪魔』じゃよ。決して近づいてはならんぞ」
サラは、ここに来る前、参謀本部の第一世代どもに『ミーア=リーア=シュタインロード』なる者がどのような人物であるのか確認した事がある。そして彼等の答えがこれだった。
その時は彼等が何を言っているのか解らなかったが今なら解る。そして、忠告に従わなかった事を後悔するのが遅すぎた事もだ。
この娘を利用する?思い上がりも甚だしい。この娘は最初から全てお見通しだったのだ。私を捕まえる為に罠を張り、そして間抜けな私はまんまと罠のど真ん中にはまり込んだのだ。
そう言えば昔、母が聞かせてくれたお伽話にあったっけ。決して近づいてはいけない悪魔の話・・・近づいた者は生きては帰れない・・・
(ロベルト様、申し訳ございません。サラはもうロベルト様の下に戻る事は叶いません)
サラはここにいないロベルト=バルザガンに心の中で謝罪する。
捕まったスパイは、様々な拷問を加えられて情報を引き出された上で、惨殺されるか狂った末に外交カードの一枚とされるものと相場が決まっている。
そのような屈辱を味わいたくなければ、早々に自害して果てるしかない。サラがそう考え始めたその時、アルベルトが口を開く。
「ミリー、もういい加減に解放してあげたらどうだ?」
「え~~っ?!このおねえさんはこんなもの使おうとしてたんですよぉ」
呆れ気味のアルベルトの言葉にミリーは文句を言いながら、ショルダーバッグを押さえていた手をアルベルトの目の前に突き出す。なんとその手にはいつの間にか、拳銃と短剣が握られていた。
(いつの間に!)
サラは驚きを隠せない。
アルベルトは拳銃と短剣を受け取り溜め息を吐く。
「それはお前がいきなり脅かしたからだろ?サラ殿はロベルト将軍の腹心。落ち着いてさえいれば、無闇にこんなものを振り回すような御方ではないよ」
アルベルトは拳銃と短剣を持った手をサラの前に差し出す。と同時にミリーが長剣を鞘に納める。そんな2人の様子にサラはどう考えてよいのか判らない、といった様子で、差し出された武器を見ながら思わず呟く。
「これは一体どういう・・・」
「お返ししますよ。サラ殿を信用します、と言う事です。『非公式の視察』と言うことでよいのではありませんか?スパイ行為の方が得るものは少ないですよ。それともどうあってもスパイとして動きたいですか?」
サラは思わずミリーに目を向ける。ミリーは剣の柄に手をかけ、返答次第では直ちに切る、といった風である。その瞳になんの迷いも伺えない。
サラは恐る恐る武器を受け取りジッと見つめる。これを使って逃げ出そうなどという気はまるで起きない。さっきの恐ろしい体験で牙を完全に抜かれた感じだ。
「完敗です。温情に感謝します」
サラはうなだれ、小さな声で敗北を宣言する。その様子にアルベルトは優しく笑い、手を伸ばして握手を求める。
「勝ち負けなんてありませんよ。申し遅れました。私はフィスリニア王国主席執政官『アルベルト=イーゼルバーグ』です。ご来訪、王国一同歓迎致します」
(この男が、ロベルト様が欲しがっていた男)
サラは握手を交わしながら、ジッとアルベルトを見つめる。
「ずっと、ソゼルド連邦の方とはお話しがしたかったのですよ」
アルベルトはそう告白し、ミリーが言葉を繋げる。
「そうですよ。以前何度かお見えになったソゼルド連邦の方はご招待しても何故か逃げ帰ってしまわれましたし」
(諜報員が言っていた『ご招待』って、『警告』なんかじゃなくて本当に『ご招待』だったのか?!逃げるわよ普通は!)
サラは呆れてそう突っ込みたかったが、そんな事が出来る立場ではないので眉間のシワで自己主張するに留めた。
「で、今回はなんとソゼルド連邦の大物でいらっしゃるサラ様がお見えになると言うじゃないですか?!これはもうお城までご案内せねばと思った次第で」
そう言うミリーはイタズラ小僧のような笑顔を浮かべている。さっきの悪魔のような表情はもうどこにもなかった。サラはそんなミリーを不思議そうに見つめるのであった。
せっかくだからと、サラは最初に工房内を案内される事になった。
アルベルトとミリーがサラに伴い色々と丁寧に説明してくれる。
質問があれば気兼ねなく、という事なので、多分答えて貰えないだろうと思いつつも、物は試しと質問してみる。
「モルーグ王国の『ガルーダ』、それからフェルミール王国の『ヴァルキュリア騎士団』全機がここにあるようですが、どうして?」
「『ガルーダ』は修理です。この前の内乱の時に頭部周りの外装と『コンパウンド・アイ』を駄目にしてしまいましたのでね」
そう言ってヤレヤレといったアルベルト態度の説明をミリーが加える。
「ウチが壊した物をウチで修理する。ボロい商売ですよ!」
そう言ってカラカラ笑うミリーに、サラは思わず吹き出す。
「ならば、我が国はそのボロい商売に引っかからないようにしないといけないな」
自然と湧き出たサラの冗談であった。
「『ガルーダ』は精魂込めて大改修したばっかりだったんですよ。それを自分の手で壊すなんて、願い下げにして欲しいです。『ガルーダ』だけでなく、どこの国の物でもです」
アルベルトのグチをサラは笑って聞いていたが、そのグチの裏に秘められたメッセージもしっかりと認識した。彼等は『戦いたくない』と言っているのだと。それは本心なのか、何か裏があるポーズなのか、その真意をサラはまだ掴めかねている。
「『ヴァルキュリア騎士団』の方は、オーバーホールもありますが、今回のメインは『アクティブリンク』の搭載と習熟訓練です」
「『アクティブリンク』ですって?!あの『スニーキー隊』に搭載されていると噂の無敵のシステムを?!一体どうやって?!」
淡々と語るミリーの言葉に、サラは思わず驚きの叫びを上げる。今度はアルベルトがサラの質問に答える。
「『スニーキー隊』の『アクティブリンク』を造ったのは、このミリーですからね。簡単なものです」
サラは(まさか、この娘が)と、驚愕に満ちた目でミリーを見つめる。ミリーは反射的にニカッと笑うのだった。
しかし・・・サラは考える。
『ヴァルキュリア騎士団』が属するフェルミール王国が接している敵対国と言えばソゼルド連邦だけだ。と言うことは、これはソゼルド連邦に対する備えではないのか?今ここで私に暴露するのは、我が国に対する圧力のつもりなのか?
サラは眉間に深いシワを浮かべながら、その疑念をアルベルトにぶつけるが、軽く笑っていなされた。
「ははっ。そう言う解釈も出来ますね。確かに攻めて来て欲しくはないと言うのはありますが、こちらからどうこうという気はありません。この武装強化の目的は・・・」
ここまでにこやかに話をしていたアルベルトだったが、急に笑顔が消え真剣な表情になる。
「・・・将来、やってくるであろう脅威に対する備えです。今はまだその脅威についてお教えする事は出来ませんが、その時が来たらソゼルド連邦にもご協力をお願いする事になるでしょう。いえ、ソゼルド連邦だけでなくこの大陸全ての国にお願いする事になります。ですからその日の為に、今はひとつでも多く国と繋がりを持ち、ひとつでも多くの国の兵力を増強しておきたいのです」
ジッとサラの目を見て話すアルベルトの姿に、サラは本気の意志を感じ取る。なるほど、それならば学院や工房の開放も合点がいく。そう言えば・・・
「そう言えば、ロベルト閣下は『フィスリニアは何かに怯えている気がしてならない』とおっしゃっていました」
「さすがはロベルト将軍。お分かりのようですね。将軍にはアルベルトが肯定していたとお伝え下さい」
感心したように頷くアルベルトに、サラは率直に意見を述べる。
「しかし、今の敵に武器を与えるのは相当な危険を伴うのでは?その他にも敵対関係の双方の国に武器を供与するのは、死の商人と蔑まれても反論出来ますまい」
サラは(言い過ぎたか?)と思ったが、アルベルトの反応は意外にも従順である。
「まさにそこが悩みの種です。自国が攻め込まれるのは覚悟の上としても、他国間に関しては両者のバランスを大きく欠くような事がないよう、注意する位しか出来ません。ところで、もしそのような力を得た場合、ソゼルド連邦としてはどうなさるおつもりですか?」
「それをお考えになるのは、ロベルト閣下です」
アルベルトの切り返しにサラはさらりと答えた。
「ソゼルド連邦には、我々の目の届かない西方諸国が馬鹿をしないよう睨みを利かせていて欲しいのですがねぇ・・・」
「・・・閣下にそうお伝えしておきましょう」
そして続くアルベルトの独り言のような要望に(我が国を信じ、そこまで求めているのか!)と驚きつつも、相手が想定していたであろう言葉を返すサラであった。
その後も、工場の中をゆっくりと案内されるサラであった。そのせいか色々と余計な事を考える余裕が出来てしまうのを誰も咎める事は出来ない。
サラは前を進むアルベルトの背中を見ながら、今日の出来事を、特に最大の恐怖を浴びたあの瞬間を思い出していた。そして段々と(あれはそんなに恐ろしい出来事だったのだろうか?)と疑問を持ち始めていた。
何故なら、斜め後ろをついてくる少女からはもう二度とあのようなオーラは発せられていない。もしかしたら、名前を当てられて動揺したせいで錯覚を起こしただけで、この少女には元々そんな恐ろしい態度などなかったのかもしれない。
そして『かもしれない』は『違いない』へと、危険な方向へ変貌していく。自分は独り相撲を取っただけだと錯覚する。
そう思うと、自分を脅かしてくれたこの連中に、一矢報いたいと考えるのは人情だ。そして折れた筈の牙がまたムクムクと伸びてくる。
早撃ちには自信がある。銃を返したのが運の尽きと言うことだ。無防備に背中を向けるこの青年を今なら確実に仕留められる!
そう考えた瞬間だった!
「一度だけ見逃してやる。もう一度そんな事を考えた時は、警告なしに首を刎るぞ」
突然、後ろからかけられた言葉に、サラは戦慄を覚え全身が総毛立つ。間違いなくあのおぞましい声だ。錯覚ではなかったのだ。そして凄まじい殺気が背中にねっとりと貼りついてくる。恐怖の余り歯の根が合わずカチカチとなる。膝がガクガク震え歩くのもやっとだ。もはや振り向く勇気はなかった。絶対に振り向いてはいけないと本能が悲鳴を上げる。
「返事は?」
さらに背後からかかる声に、サラはぎこちなく首を縦に何度も振ることしか出来なかった。
そしてようやく背後から殺気が消えた。
こうして、サラはその牙を完全に失ったのであった。




