1-112 北の才女 2
シャク!シャク!シャク!シャク!
サラは軽快な音を立てて隣の少女に貰った果物を胃袋に収めていく。渇きと空腹が同時に癒やされ、サラの表情は綻び、眉間のシワは歓喜を形作る。
「おねえさんはどこから何をしに来たの?」
サラが果物を丸々一個胃袋に収め、ふう、と人心地ついた所で、少女がサラの目を真っ直ぐに見つめながら問いかける。
「私はフォルデベルグの方から来たの。甥っ子が『学院に行きた~い』なんて言い始めたものだがら、どんな所か下見をしようと思ってね」
『フォルデベルグの方』という言い方は嘘ではない。
少女は「ふ~ん」と相槌を打ちながらもサラの目をジッと見つめたまま視線を外そうとはしない。
サラはその純朴な瞳に、全てを見透かされているような、後ろめたいような、妙な気分に襲われる。
(しっかりしなさい、私。冷徹と言われた私が、たった1人の子供相手に何を弱気になっているの!)
サラは自分に渇を入れ、気を取り直す。すると少女もようやく視線を外して自分の果物に集中し始めたのだった。
「学院って、お城にあるのでしょう?私、紹介状も許可証も何も持ってないけど、大丈夫かしら」
取り敢えず、当たり障りのない所から様子を探って見る。
「別にそんなものいらない。許可証なんてそもそもないし。学院の入口の受付で見学コースの申込みをすればOKだから」
いい感じの返答が貰えた所で、もう少し突っ込んでみる。
「あと工房もあるのよね。流石にそっちは見学できないわよね?」
「そっちは、お城で見学をお願いすれば出来なくはないけど、ちょっと無理かも・・・学院生なら自由に見学が出来るんだけどね」
サラの目が眼鏡の奥でキラリと光る。
「う~ん・・・色々ちゃんと出来るかしら。私1人じゃちょっと心配だなぁ。方向音痴だし、1人じゃ心細いなぁ」
サラは困った風を装い、少女の反応を見る。しかし少女は果物をかじるのに夢中だ。サラは負けじと頬同士がくっつかんばかりに顔を寄せ囁きかける。
「ねぇ、あなた、今日お暇?」
「ん~~~、お暇と言えばお暇ですけど・・・」
少女はまるで愛玩動物のような愛らしい瞳でサラをジッと見つめる。
「良ければ今日1日、私に付き合ってくれないかなぁ。案内してくれると助かるんだけど」
サラの懇願に少女は「う~~」と唸りながら考えている様子だ。
「案内してくれたら、好きなものご馳走するからさ」
「ほんと!」
話に食いつく少女にサラはニッコリと微笑む。
駅員は小さな村だと言っていた。とすれば単独行動では歩くだけでも目立ってしまうだろう。そこでこの少女を利用する。この娘と行動を共にすれば学院生の関係者と思ってくれるはずだ。
一度そういう先入観を植え付けてしまえば目立ちにくくなるものだ。
「じゃあ、着いたら早速、学院で見学の・・・」
少女の提案にサラは口を挟む。
「待って!折角だから最初にグルッと一通り案内してくれない?村とか、学院やお城や工房の周りとか」
到着したら先ずは地理の確認だ。万一の場合の逃走経路を考えておく必要がある。
「ん~~~、判った」
少女の返答にサラは
(これで準備はいいわね。万一の場合の人質も含めて)
と、また果物に集中している少女を見ながらニヤリと笑うのであった。
フィスリニア城のお膝元、ランドール村に到着したサラは村の規模をみて判断が正しかった事を確信する。
村の入口で駅馬車を降り、二人並んで村の中を城に向かって歩き出す。途中、少女が幾つか宿屋を教え、「先に宿を取る?」と聞いたが、一刻も早く情報収集したいサラは、「後にしましょ」と先を急いだ。
途中、少女が、一軒の店の前に立ち止まり、入口を指差し、
「ここ!ここのシチューが美味しいの!ここ!」
とアピールしたが、サラは呆れたように眉間にシワを寄せて、
「ちゃんと案内してくれたらね」
と釘をさす。
村の中心を貫く道を通りながら、サラは脇道が現れる度に、どこへ向かう道か少女に確認する。
「いろんな方向に行ってるからね。土地勘がなければ入らない方がいいよ」
少女の忠告にサラは頷きながらもさらに質問を重ねる。
「君は道は判るの?」
「私はバッチリ!大丈夫!」
自慢気に笑う少女に、サラは内心ほくそ笑む。
(この子がいれば逃げられそうね。この子には私と偶然出会ってしまった事が不運だったと諦めて貰いましょう)
村を抜けて上り坂を上ると、すぐに城の外壁が見える。
(何とも古びた、すぐに壊れそうな城だな)
サラは、何とも頼りないという印象を受けて眉間にシワを寄せるが、よもやこの城がマシーナのタックルを受けてもビクともしないなどとは考えもしない。
しかしそれは、サラの知識が劣る訳ではなく、頼りないと考えるのが普通であって、建国祭でいきなり看破したミリーが異常だっただけである。
サラはそんな城の外見よりも、城の正面出入り口に意識を集中する。
扉は今は開けっ放しのようだ。衛兵は左右に一名ずついるが、出入りする人間をチェックしている様子はない。
「ねぇ、あそこ。お城に入る人をチェックしてない様だけど大丈夫なの?」
「ん~~~、顔見知りが多いからねぇ。さすがに全く知らない人だけなら止められると思うよ」
さすがにそれは無理か。サラはさらに可能性を確認する。
「君はお城に入った事はあるの?」
「えぇ、何度も。私は顔パスなんですよ!」
大体、城なんて所は、入口のチェックが厳重な代わりに、中に入ればどうとでもなるものだ。サラはいい娘を手に入れたとほくそ笑む。
しばらく行くと城の通用口が見えてくる。こちらは衛兵もおらず侵入し放題のようである。
(随分、セキュリティーが甘いようだ。過去に送った諜報員共も、やり方次第でいくらでも欲しい情報を手に入れられたろうに)
やはり諜報員の再教育が必要だな、とサラが考えるのも、随所に設置されている監視カメラの潜在に気付いていないせいだろう。
2人は学院に向かって歩き続ける。途中、「あっちが飛行場」「あそこが病院」との少女の説明に、サラは興味深げに相槌を打つ。
やがて、訓練場に差し掛かると、サラは足を止め、眉間に困惑のシワを寄せながら訓練場の光景に目を見張る。
「あれは、フェルミール王国の『ブリュンフィーダ』!いや!『フェルヴォーリン』か!何故ここに!」
ここにいる筈がないマシーナが訓練場で動いているのを見て、サラは思わず声をあげる。
「ふ~~ん。おねえさん、マシーナに詳しいんだ」
サラは(しまった!怪しまれたか!)と思いつつ必死に誤魔化そうとする。
「あぁ、マシーナが好きなだけよ。特に『ブリュンフィーダ』と『フェルヴォーリン』は美しいでしょ!」
そう言って少女の反応を伺うサラ。少女は「ふ~~ん」と言うとニカッと笑う。
「マシーナが好きなら、工房を覗いて見る?あの建物がそうなの。私が一緒だから覗くくらいはできるわ」
(しめた!チャンス!)と心が躍るサラであったが、その喜びは表情にも眉間のシワにも表さない。
「そ、そうね。ついでにお願いしようかしら。あくまでもついでに」
と、高まる感情を押し殺して澄まし顔で答える。
そうして、2人は訓練中の『ヴァルキュリア騎士団』の様子を横目に見ながら工房へと歩みを進めるのであった。
工房の入口の前で、サラはアングリと口を開けて茫然と立ち尽くす。
(す、すごい・・・こんな規模の工房は見たことも聞いたこともない)
「おねえさん。中に入りますよ」
少女に急かされたサラは半ば上の空で工房内をキョロキョロと警戒心も欠いたまま、少女についていく。
そんなサラであったが、1人の青年が少女に声をかけたことで我を取り戻した。
「ミリー。そちらは?」
穏やかそうな青年の言葉で(この娘の名はミリーと言うのか)と思いつつ、青年に自己紹介しようと口を開く。
「初めまして。私は・・・」
そこへ少女が割り込んだ。
「アル様。こちらはソゼルド連邦ロベルト=バルザガン将軍の補佐官、サラ=トゥーリー様です」
サラは一瞬頭が真っ白になる。が、直ぐに立ち直り脱出を図るためにショルダーバッグから拳銃を取り出そうとした。しかしそれは叶わなかった。なぜなら、バッグはその口を少女の手によって固く押さえられていた。そして、少女のもう一方の手にはいつの間にか長剣が握られ、その切っ先がサラの喉にあてられていたのである。
サラは身動きがとれないまま、唖然としてジッと少女を見つめる。
少女はゆっくりと顔をあげる。
そして少女の顔がサラに向いた時、サラは全身が総毛立つほどの恐怖に襲われ、「ひっ!」と声を上げる。サラは生まれてこの方そんな経験をした事はない。
その少女の瞳にも表情にも、さっきまでの純朴さはどこにもなかった。
そこにあるのは、罠に掛かった哀れな獲物の魂を喰らわんと狂喜する悪魔のような嗤いだったのだ。
そして少女はその嗤いに似合う、妖しくおぞましい声で囁きかける。
「自己紹介が遅れました。わたくし、フィスリニア王国次席執政官、『ミーア=リーア=シュタインロード』と申します。以後、お見知り置きを。お・ね・え・さ・ん」
そう言って、にまぁと嗤う少女に、サラは『戦慄』としか言いようのない深い刻みを眉間に浮かべるのであった。




