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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
111/311

1-111 北の才女 1

「こ、ここは・・・王都・・・なのか?・・・」


 長閑なベルゼール村の駅に降り立った『サラ=トゥーリー』は、眉間にシワを寄せる事も忘れてしばし茫然と立ち尽くした。




 ソゼルド連邦の第一位将軍ロベルト=バルザガンの補佐官である『サラ=トゥーリー』は、ようやく貰った休暇を使ってフィスリニア王国へと来ていた。

 その目的は当然ながら観光などではなくフィスリニア王国への内偵、つまりスパイ行為であった。そのため、捕縛など最悪の事態を考慮し、祖国に、いや上司であるロベルト=バルザガンに迷惑が掛からぬように休暇という体裁をとったのだ。

 ロベルトはこのような危険な行為には最後まで反対だったため、何かと休暇の許可を延ばし延ばしにしていたが、流石に法で保障された休暇を取らせない訳にもいかず、とにかく無理をしないという約束で許可したのである。


 サラは、最近、民間の通行がある程度自由になってきたフェルミール王国との国境からフェルミール王国に侵入、駅馬車を乗り継いで旧フォルデベルグ三国を縦断する鉄道の駅に到着し、後は汽車一本でベルゼール村まで来たのである。

 当然その間はいくつもの偽名と偽身分を使い、足取りが追えないようにしていたのは当然である。

そして、王のお膝元、つまりは王都で身を潜めながら情報収集を行い、諜報活動の作戦を立てるのだ。その予定だったのだ。しかし・・・


 サラは辺りを見回し、掃除をしている駅員を見つけると、カッカッとハイヒールの音を石畳に響かせ颯爽と接近する。

「済まない。少し教えて欲しい」

 サラは落ち着いた口調で駅員に声をかける。

「王城に一番近い駅で降りたかったのだが間違ってしまったようだ。どこで降りればよかったのかな?」

「旅のお方ですな。王城でしたらここで間違いはありませんよ。王城はここから歩いて1時間程ですよ。駅馬車も出ておりますからそれをお使いになるとよろしいでしょう」

 駅員は丁寧に答えるが、サラは眉間にシワを寄せてさらに質問を重ねる。


「では、王都はどちらに?王城の近くではないのか?」

「王都・・・ですか?」

「ああ王都だ。首都と言ってもいいかな。例えば、フォルデベルグ王国の『フォリストフォルン』やフェルミール王国の『セントラル=フェリオン』のような、大きくて役所などが集まっている都だ」

 駅員は顎に手をあてて暫し考える。

「・・・ありませんな・・・」

「・・・はあぁぁぁぁ???」

 駅員の想定外の答に、サラの眉間のシワは混迷の形に歪む。

「この村にも役所はありますが王城の出張所みたいなものですし、他の所も似たようなもんで。お城がある『ランドール村』は、宿屋の数は多いですが村そのものはここより小さいですし・・・大きいという点では、東の海岸沿いにある港町の『レスタルダ』が恐らくこの国で一番大きくて栄えていますが・・・何かお知りになりたいのであれば、お城に行かれるのが一番ですよ」


 駅員の親切な助言に(それが出来んから聞いとるのだ)と心の中で反論しながらも有力な情報を得られたと、ようやく平静さが戻ってくる。

「そうか。では『レスタルダ』という町に行ってみるとしましょう」

 サラはそう言って『レスタルダ』行きの駅馬車を教えて貰い、無事『レスタルダ』に向かって出発する。




 サラは駅馬車に揺られながらようやく予定通り行動出来そうだ、と、ホッとする。

 そもそも国の中心である王都が存在しない訳がないのだ。あの駅員は、あまりにも身近にあるために『レスタルダ』が王都であるという自覚がないのだろう。よくある話だ。

 以前、お忍びで『フォリストフォルン』に行った事がある。『セントラル=フェリオン』にはここに来る途中に立ち寄った。どちらも羨ましくなる程の規模と気品を備えた王都だった。

 旧フォルデベルグ三国の一つであるフィスリニア王国の王都も、きっと負けず劣らずの立派な都市に違いないだろう。


 サラが王都にこだわるにはいくつか理由があった。

 一つは情報量の多さである。

 王都にはその国の中枢機関が集まっている。従って様々な情報が効率良く手に入るのだ。そして王都が巨大であればあるほど情報提供者の数は増え、表社会から裏社会まで情報の質に厚みが出来るのである。

 もう一つは目立ちにくさである。

 小さな村では、ちょっと聞き回っただけでも注目を浴びる。そんな衆人環視の中で諜報活動など出来よう筈もない。その点、王都ほどの規模であれば、多くの雑多な人々が出入りする中で、多少派手に動いても注目される可能性は殆どないのだ。


 サラは、駅馬車に揺られながら、欲しい情報を整理していた。

 先ずは2人の執政官、ロベルト様が認める好敵手『アルベルト=イーゼルバーグ』と、参謀本部の第一世代(ファースト)達が恐れる『ミーア=リーア=シュタインロード』。一体どのような人物なのか、この2人の情報が欲しい。直接見てみたいものだが、そのような危険を冒す訳にはいくまい。

 そして工房と学院。一体どれほどの技術力があるのか、まだ表に出ていない余力をどれほど残しているのか。こちらとの戦力差を測るためにも是非この目で見ておきたいが・・・

 いずれにしても、一人でも多くの人から情報を集めないと始まらない・・・




「お客さん。終点ですよ」

 御者の声に、サラは辺りを見回し声を上げる。

「この馬車は『レスタルダ』行きではなかったのか?」

「ですからここが『レスタルダ』ですよ」

 想像もしていなかった状況に、サラは言葉がなかった。


「そんな馬鹿な・・・フィスリニアには王都が、首都がないとでも言うのか・・・」

 仕方なく馬車を降りて少し街を歩いてみた感想が思わず口に出た。

 確かにさっきの村よりも大きいが、ただそれだけの事、普通の港町なのだ。


「これでは、まともな情報収集は無理だ」

 フィスリニア王国の建国後、何度かこの国へ諜報員を送った事がある。しかしその全てが悉く失敗していた。

 いずれも、情報収集を始めた途端に王城への招待を受け、バレたと判断し、ほうほうの体でソゼルド連邦へ逃げ帰っているのだ。

 サラは諜報員の質が低下したと嘆いていたが、こうして現場に来てみないと判らない事もあるのだなと実感する。

「取り敢えず、当たり障りのない所から探ってみるか。バレたら逃げればいい。腕には自信がある」

 サラは拳銃を忍ばせてあるショルダーバッグに無意識に触れながら早速行動を始めるのであった。




 サラは、学院に入りたがっている甥っ子のために、学院の様子を調べに来た、という触れ込みで学院について、そしてついでに工房について聞き回る。流石に執政官について聞く事は危険と判断した。

 そして、この聞き込みで解った事があった。

 1つは、この国の人々が旅人に非常に親切だ、という事だ。皆、こちらが旅人だと判ると、嫌な顔1つせずに、色々丁寧に教えてくれるのである。最初、トラップの一種かと疑ったがそうではないようだ。

 そしてもう1つ、学院と工房は王城に併設されていると言う事だ。そして口を揃えこう言うのだ。

「もっと詳しい事は、お城で聞くのが一番だ」

 流石にこれには「紹介状もなしに出向いて行っても、相手にしてもらえないだろう」と反論すると、決まって意味ありげに「行けば判るよ」と答えるのである。


「さて、どうしたものか・・・」

 サラは港から、海と、その向こうに見える『(あま)街船(まちふね)』を眺めながら考える。

 ここでのこれ以上踏み込んだ情報収集は危険が増すだけだ。ならばいっそ・・・

「中心に、飛び込んでみるか」

 ショルダーバッグを外から押さえて拳銃の厚みを確認しながら、そう呟くのだった。




 幸いな事に、この街からも、王城行きの駅馬車が出ていたのでそれに乗り込んだ。

 そして暫く揺られた時だった。


 シャクリ! シャク!シャク!


 隣から、何とも食欲をそそるような瑞々しい音が聞こえて来た。さらに何とも食欲をそそる甘~い香りが鼻孔をくすぐる。

 サラはようやく、自分がフィスリニア王国に来てから何も飲み食いしていない事に気付き、喉の渇きと空腹感に襲われ始めた。

 サラは生理的誘惑に負けて、隣に座る少女の手元を見る。

少女は、かじりかけの果物を手に持っていた。赤い皮に被われたその果物は、かじった所が透明感溢れる白さで、滲む透明な果汁が瑞々しさを引き立てる。少女の膝の上の紙袋にはこの果物がギッシリと詰まっているようだ。

 サラは思わずゴクリと生唾を飲み込む。それは、気高いサラが生まれてこのかたやった事がない行為だった。

 そして、何となく少女の顔に視線を移すと・・・少女は口をモグモグさせながら、見開いた純朴な瞳でサラの目を真っ直ぐ見上げ続けていたのである。


(歳の頃は15、6といった所かしら)

 そんな分析をして、サラは気恥ずかしさを眉間のシワで表現しながら視線を外そうとするが、なぜかそのあまりに純朴な瞳から視線を外す事が出来なくなっていた。

 やがて少女は、紙袋から果物を1つ取り出すと、サラの目の前に突き出し「あげる」と可愛い声で言った。

 サラは驚き、思わず「えっ?いいの?どうして」と聞いてしまう。

「うん。おねえさんの事が気に入ったから。それだけ」

(おねえさん・・・うれしい)

 サラは喜びと恥ずかしさに頬と眉間のシワを赤らめてそう思う。普段、この位の年頃の子には『おばさん』としか呼ばれた事がなかったのだ。生まれてこのかた彼氏すらいないのにである。


「ありがとう。お嬢ちゃんはどこまで行くの?」

「うん。学院まで」

「学院にいるの?!」

「うん。そんなとこ」

 最初、女性としての嬉しさから社交辞令で尋ねたサラであったが、少女の答を聞いて、ソゼルド連邦の軍人としての自分が一瞬で戻ってくる。

 サラは少女ににっこりと微笑みかける。少女は純朴な天使のような笑顔をサラに返す。

(この子は使える。こんな純朴で優しい子を騙すのは心苦しいが、私のために最大限役に立って貰おう)


 サラはそう考えてさらに微笑む。

 黄土色のマントを身にまとい、錆色の赤い髪を両耳の後ろで無造作に束ねた隣の少女を見つめながら・・・

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