1-11 建国祭 8
「アル様、ミリー様、お話があります。よろしいでしょうか?」
レオンが言葉をかけるが、ミリーはレオンから視線を外したまま何も動こうとしない。仕方なくアルベルトが話を進める事にする。
「摂政閣下が我々に何のご用でしょうか?」
「是非、城内で姫様と御会食いただき、この国の、この星の将来について御歓談いただきたく参上しました」
頭を下げるレオン。微動だにしないミリー。アルベルトがさらに話を繋ぐ。
「頭を上げてください、目立ちます。姫様も言っていたハズです。我々はそのような事は好まないと」
「あなた方お二人の事が判り事情が変わりました。是非とも我が国の力となっていただきたいのです」
「イヤだと言ったら?」
「私がこの場で土下座をし、お二人の名を大声で呼びながらお願いする事になります。アルベルト様、ミーア=リーア様」
(マズい!)アルベルトは思わずミリーを見る。ミリーは・・・レオンを見ていた。憎しみがこもった目でレオンを睨みつけていた。
「この国に第一世代がいたはずだが、そいつらは何と言っている?」
ミリーがドスの利いた声で問いかける。レオンはたじろいだがそれでも何とか平静を装った。
「・・・ミーア=リーア様には近づいてはならぬと・・・」
「ならば、その第一世代の忠告に従うべきであろう」
「しかし、姫様があなた方お二人でなければ適わぬと御決心のご様子ゆえ!」
「では、この愚行はフィリア姫の指示によるものなのだな!」
ミリーの憎悪の相はさらに深まっていく。
「違います!これは私が独断で行っていること。姫様に責は御座いません。私はどんな処罰を受けても構いませんが、その代わり是非とも姫様の力になっていただきたいのです」
ますます憎しみと怒りが満ちていくミリーの腕を掴んで「落ち着くんだ、ミリー!」とアルベルトは必死になだめるが一向に効果はない。
アルベルトは焦る。摂政閣下は下手に出ているつもりだろうが、最初に脅しまがいの事を言ったために、ミリーには脅迫に続く強制としか受け取れていない。アルベルトは何の打つ手も思い付かず、もはやこれまでかと覚悟したその時にそれは起こった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!全くなんて事してくれんの!レオン!本当にごめんなさい!!」
フィリア姫が半泣き状態で飛び込んで来たのである。フィリア姫はレオンの腕を引っ張りながら、なおも
「とっとと城に戻んなさい!本当にごめんなさい!レオンのバカが何を言ったか知らないけど全部なかった事にして!ねっ!お願いだから!」
「しっ、しかし、姫、このお二人を」
「あんたは黙んなさい!!本っ当ごめんなさい!」
謝り倒すフィリア姫に引きずられるように連れて行かれるレオン。偶然居合わせた人々は滑稽な光景に口をポカンと開けて立ち尽くしていた。
「あの二人、世間様へのお芝居をすっかり忘れてるわね」
二人のドタバタに突っ込みを入れるミリーからすっかり毒気が抜けている様子を見て、アルベルトは胸を撫で下ろした。
「しっかし、見てて飽きない姫様だな」
とアルベルトが言うと、
「本当に。こんなに想定外の行動を次々と取られるのは初めてですよ」
と、ミリーも呆れながら笑っていた。そんなミリーをアルベルトは好ましく思い微笑んだ。
「何だか、周りもうるさくなって来ちゃいましたねぇ」
と言うミリーの声に、アルベルトは辺りを見回す。さっきの騒動を見ていた者達が遠巻きにこちらをチラチラ気にしているようだ。
「情報もいっぱい手に入ったし、もうこの国にいる必要はないですね、とっとと出ちゃいましょう」
ミリーはにこやかに切り出した。
「取り敢えず、ダリスタン共和国に出て、それから西へ」
「ミリー」
アルベルトはミリーの言葉を切る。
「はい?あ!アル様にも行きたい所があるんですね。何処ですか?」
上機嫌に問いかけてくるミリーにアルベルトの返事はない。
「アル様?」
ミリーは不安げにアルベルトの顔を覗き込む。アルベルトは意を決したように切り出した。
「ミリー、お前はここにいるべきだ」
ミリーは最初、何を言われたのか理解出来なかった。しかし、その意味するところを理解するにつれ、驚きと悲しみに満ちた表情になっていく。
「ア・・・アル様・・・何を言ってるんですか?アル様もご存知でしょう。私が何処にも属せぬことを。ファウンディールが」
「ファウンディールはお前に何の制約も課していないし課すこともできん。何処にも身を寄せないのは恐怖に怯えるファウンディールに対するお前の思いやりの行動じゃないか。お前は十分にファウンディールの意に添って行動してきた。お前はもう辛い旅などやめて落ち着いてもいいはずだ。この国ならそれが出来る。この国ならあの姫様ならファウンディールが懸念する事は起きないはずだ」
アルベルトの説得にミリーは立ち上がり訴える。
「アル様はご存知のハズですよ?私が何故旅を続けなければいけないのか。ファウンディールはそう思っているかもしれないけれど、本当はファウンディールなど関係ない別の理由がある事を!」
ミリーはアルベルトを見つめ、泣きそうになるのを堪えた。ミリーはずっと確認したかった、アルベルトが何処まで知っているのか確認したかった。でも突然そんな話を切り出す訳にもいかず機会をうかがっていた。そして今、その機会が訪れたのだ。
アルベルトには思い当たる節があった。そして立ち上がり説得を繰り返す。
「ミリー!お前はまだ信じているのか、あんな話を!お前があの時してくれたあの話、幼かったお前が信じるのは判る。しかし、今のお前ならあれが単なる世迷い言だと判っているはずだ。旅を続ける理由にはならん!」
ミリーは確信した。アルベルトが知っているのはそこまでだ。アルベルトは真の理由を彼の師から聞かされてはいないのだ。ミリーは一日でも永くアルベルトと一緒にいたかった。でもそのためには旅を続けるしかなかった。しかしアルベルトを説得するには真の理由を告げなければならない。だがそうしたらもう一緒にはいられない。ミリーはジレンマに陥っていた。
「駄目なんです!駄目なんです!駄目なんです!!」
真の理由を言える訳がない。ミリーはもうだだをこねるしかなかった。目から溢れ出そうになる涙をもう止められそうになかった。
その時だった。
「ミリーちゃんをいじめちゃダメぇ!」
アルベルトの脚を殴りつける幼い存在がそこにあった。
ミランダである。
ミリーはミランダを抱き上げミランダはミリーの首にしがみつく。
「大丈夫よ、ミランダ。私はいじめられたりしてないよ」
「ほんとに?だってミリーちゃん泣いてるよ」
「泣いてないよ。ほら」
ミリーは精一杯の笑顔を作ってミランダに見せた。ミランダはミリーの首にしがみついたまま今度はアルベルトを睨みつける。アルベルトも笑顔を作って手を振るしかなかった。
「誰?この男」
幼い女の子に、この男呼ばわりされたアルベルトは苦笑する。
「この人はね、ミリーのとっても大事な人なんだよ」
ミリーのフォローに、ミランダは「ふ~ん」と一応納得したようである。そんなミランダが思い出したように話し始めた。
「そうだ。ママがね、ご飯が出来たからいらっしゃいって」
「うん、いくいく。アル様も一緒にいきましょう!」
そう言うと、ミリーはミランダを抱いたまま歩き始めた。アルベルトは、さっきの話は一度時間を置いたほうがいいな、と考え、一緒について行く事にしたのだった。
マーサ達、スニーキー隊の女房達は、城の出入り口の近くで炊き出しを行っていた。来訪者や簡易宿泊施設の人達に食事を提供しているのだ。
スニーキー隊がこの城に到着した日、マーサはフィリア姫に謁見を申し出て、招待と子供達の命を救って貰った礼を丁寧に申し上げたのだ。その際に、どこで食材が手に入れられるか尋ねたところ城の食材を自由に使って構わないという話になり、その話の流れからマーサ達女房衆の元の役職が判ると、ならば、厨房も食材も全て好きなように仕切って構わないから食事の提供もお願いしたいという事になったのである。実はこの城には厨房を預かれる人間がおらず、建国祭を行うにあたってもその人材の手配を失念していたのである。依頼を快諾したマーサ達は水を得た魚のように生き生きと厨房を駆け回っているのだった。
太陽が西の空を少しずつ赤く染め始めると、あちらこちらで篝火に火が灯される。マーサ達の炊き出し所には特に数本纏まっており一際明るい。篝火の灯りは不思議と人を惹きつける。今はまだ辺りが明るいのでそうでもないが、どんどん暗くなるに従い人が集まってくるだろう。特にこの場所にはうまい食事と酒もある。夜も更ければ職員達も大勢やって来て一番賑やかな場所になる。それがこの数日の日常だった。
アルベルトとミリーそしてミランダがマーサ達の所に来たときにはまだ明るかったが、既に人が集まり始めていた。見知った顔も多い。スニーキー隊のメンバー、ボルト一行、リークと友人達・・・。知った顔には軽く挨拶を交わしながら談笑の輪に入っていく。渡されたおいしい食べ物の暖かさも心地よく、アルベルトはまるで我が家に帰ったような気分にさせられる。ミリーに必要なのはこんな空間なのだとアルベルトは尚更に思うのである。
ただ参ったのは、アルベルトの事をミリーがマーサに紹介したのだが、おのろけたっぷりに紹介されたため周りから冷やかされるわミランダには睨まれるわで、苦笑するしかなかった事だ。
しかし、賑やかな輪に乗り切れない連中もいた。スニーキー隊の面々である。まあ、彼等の立場もあるし、ミリーが失敗したと言っていたからその影響もあるのだろう。
楽しい時間はゆったりと過ぎていく。ミリーの楽しそうな様子にホッとするが、ならば何故あれほどに旅にこだわるのかが判らなかった。
しかし、そんな和やかな雰囲気も突然終わりを告げる。今まで、みんなと笑いあっていたミリーの動きが突然止まり、険しい表情に一変する。
「馬鹿どもが、焦り過ぎだ」
ミリーの独白を聞いてアルベルトは周りに注意を向けた。
城中の衛兵が密かに集まって来ているようだった。この異様な空気にまず反応したのは、オズワルド達スニーキー隊である。衛兵の目標が自分達であると考えるのは当然たった。しかし、下手に動かれるのはマズいと考えたのか、ミリーがスニーキー隊の動きを制した。
「目標は隊長達じゃありませんよ」
「だったら奴らは何をする気だ?」
ミリーを警戒するオズワルドの疑念は当然と言えた。
ミリーは傭兵3人に目を向ける。ゼートとガイルは、やはり衛兵の動きを察知しているようでマシーナに乗り込もうとしていた。シオンが見当たらないのはマシーナの中にいるのか?
「ここにいるみんなは、姫様のために命を投げ出す覚悟はあるのか?あるならマシーナの起動を急げ!」
「何?!」「どういうことだ?!」
口々に飛び出す質問に対し、ミリーは黙って傭兵達を指差す。
「ゼート=バラン、ガイル=ゴーン、シオン=サーサ!聞きたいことがある!マシーナから離れ大人しく我々についてくるのだ!」
レオンが叫び、衛兵が三人のマシーナを取り囲み始めた。
「ふん、間に合うものか」
ミリーが鼻で笑う。
「『オリジナル』が相手なのか」
マシーナのパイロットの多くは戸惑いの表情を浮かべる。しかしそんな中、躊躇なくマシーナに乗り込む者達もいた。スニーキー隊、リーク、そしてリークの友人となったクリムとジョンである。
「隊長!騒動に乗じて逃げますか?」
ビートの発言をオズワルドは叱責する。
「馬鹿野郎!ここで恩を返さないでどうすんだ!」
「リークとあとの二人!バラバラに戦っても勝ち目はないぞ!三人で連携して一機に当たるんだ!」
アルベルトが三人の若者に注意する。
「はい!了解しました!」
三人の戦意は高い、しかし相手が悪い、とアルベルトは悩む。今の『シューティングスター』で何処まで戦えるのか。ミリーならどう戦うのか・・・アルベルトはミリーを見やるとミリーがこっちを見ることなく冷静に言い放つ。
「アル様は、そのまま彼等をお願いします」
「了解した!」
アルベルトは彼等に集中する事にした。
「馬鹿共が誰が待つか!」
衛兵とレオンの叫びを無視して、ゼートとガイルか『バリスタン』に乗り込んでいった。衛兵達が一斉に銃を放つが後の祭りであり周囲をパニックに陥れる愚行だった。
「シオン!聞いてんのか!返事しろ!」
「えっ、あ・・・何だ?」
『シャドウクレス』のコックピットに通信音声が響き渡る。シオンはコックピットの中で泣きながら眠ってしまっていたのだ。
「寝ぼけてんのか!てめぇ!奴らにバレたんだ!もう手段を選んでる場合じゃねぇ!城を潰してでも姫を始末するぞ!」
シオンは慌てて『シャドウクレス』を起動する。迷う時間は終わってしまったのだ。
ミリーはまだ動き出していなかった。パニックに陥った人々の避難誘導が最優先と考えており堅牢な城内に誘導したいが、フィリア姫がいる城を敵が攻撃するのは明白だ。となれば敵の動きに合わせて城外に誘導するしかない。
「全く、摂政閣下の猪突猛進ぶりは見事だな。タイミングというものを何も考えちゃいない」
もっと人がいない時間帯を選んで欲しかった、面倒くさいと、ミリーは溜め息をつく。
その時だった。城の出入り口から外へ逃げ出す人影があった。
それは・・・
フィリア姫だったのである。




