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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
109/311

1-109 遠い大地 5

 レイナの変貌振りにリナイアは息を呑む。


 いつも綺麗に纏められていた髪はボサボサ。頬は痩け、唇は渇きひび割れていた。そして、目の下の隈のせいかも知れないが何より目つきが異様だった。

 俯きながら部屋に入って来たレイナは、リナイアの後ろに立つサーエイ(38)を認めた途端、サーエイ(38)をギラギラした目で睨み付け始めたのである。その目からは憎悪だけが溢れ出しているのが明らかだった。


 レイナは後ろ手に手錠をかけられた状態でリナイアの正面に座る。そうする間も、レイナはサーエイ(38)を睨み続けていた。

 その様子に我慢出来なくなったリナイアは思わず声をかける。

「レイナ様。サーエイ(38)様は最後までレイナ様の無罪を主張してくださったそうですよ」

 しかしレイナは、そんな事関係無いと言わんばかりにサーエイ(38)を睨み続ける。

 判決に不服があるのかと思っていたリナイアは当てが外れ、どうしていいか判らず、思わず不安そうにサーエイ(38)を見つめる。

「私は席を外しておこう。廊下で待っているから、何かあったら声をかけて」

 サーエイ(38)は気を利かせて席を外す。そのついでに看守にも席を外すように指示し、面会室はリナイアとレイナの2人きりになった。


 廊下に出たサーエイ(38)は思いを巡らす。

 2人きりにするのは少し心配だが、レイナは後ろ手に手錠をかけられているから滅多な事はないだろう。

 それよりあの憎悪に満ちた眼差しは一体何だったのか。自分はレイナに憎しみを買うような事は何もしていない筈だ、死刑を望んだ『20ナンバーズ』ならいざ知らず。顔が同じだからとばっちりを受けたのか?・・・顔が・・・同じ・・・


 サーエイ(38)は一瞬、何かが解ったような気がした。しかしその答はあっという間に思考の深い霧の中へと消えてしまう。後には言いようのない漠然としだ不安が残るだけだった。




「レイナ様。今なら2人っきりです。一体何があったのかご存知であればお教え戴けませんか?もし、他人に知られたくないとおっしゃるのであれば、決して他言しないとお約束通りします!」

 サーエイ(38)が去って、レイナからは憎悪の表情は消えたが、今は力なく椅子に座り俯き続けている。リナイアはそんなレイナを何とか元気づけようと必死だった。


「一番大切な人を失う事がどんなに辛い事か判ります!そんな辛い思いをしているレイナ様にさらに罰を与えよう何て酷過ぎます!私は少しでもレイナ様のお力になりたいのです」

「・・・判る・・・?・・・」

 レイナがビクッと反応しゆっくりと顔を上げる。

 リナイアは、やっと反応してくれたと喜び微笑みかけたが、すぐにその喜びは霧散する。

 レイナの口元はうっすらと笑っていた、いや、嗤っていたと表現する方が合っているだろう。

 リナイアを凝視するレイナの目には、嘲り、憐れみ、憎しみ、妬み、そう言った負の感情に満ち溢れていた。


「判る?・・・あんたが?・・・ひっ、ひっ、ひゃひゃ、ひゃははははははは!!」

 面会室にレイナの下品な嘲り笑いが響き渡る。

レイナはテーブルの上に身を乗り出し、リナイアを見下すようにように睨み付ける。そして憐れむように語りかけた。

「判るぅ?あんたがぁ?そうねぇ~、あんたなら判るかもねぇ~。きっとあんたも思い知る事になるのよ。あいつらがどんなに酷い連中か!あんたは泣くのよ!絶望するのよ!死んだ方がマシだと思うのよ!そしたらあたしがあんたを慰めてやるわぁ。あんたの気持ちはちゃ~んと判ってるって優しく言ってねぇ~・・・いひひひっ!いひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 茫然とするリナイアに、レイナはさらに声高に怒鳴り続ける。

「早く絶望して来なさいよ!!絶望しろ!!絶望しろ!!絶望しろ!!絶望しろ!!地獄に落ちろ!!地獄に落ちろ!!地獄に落ちろ!!地獄に落ちろ!!地獄に落ちろ!!」

 リナイアは涙を流しながら必死に手で耳を塞いだ。


 レイナの怒鳴り声は部屋の外へも相当響き渡ったのだろう。サーエイ(38)と看守がそれぞれの扉から同時に部屋に飛び込んでくる。


「貴様おとなしくせんか!」

 なお怒鳴り続けるレイナを看守が押さえつける。

サーエイ(38)様、リナイア様。これ以上の面会の継続は不可能かと・・・」

 看守の提言にサーエイ(38)が頷く。リナイアは耳を塞ぎ身体を震わせながら泣き続けていた。


 扉の向こうに消えたレイナの怒鳴り声が徐々に小さくなり聞こえなくなっても、リナイアはまだ両耳を塞いで泣き続ける。

 サーエイ(38)はリナイアの前にしゃがみ、リナイアの両手首を優しく握り、ゆっくり耳から引き剥がしながら語りかける。

「リナイア。リナイア。もう大丈夫だ。怖がる事は何もないよ」

 リナイアは泣きながらもようやく顔を上げる。

サーエイ(38)さまぁ!サーエイ(38)さまぁ!サーエイ(38)さまぁ!」

 繰り返し名前を呼びながらサーエイ(38)の首にしがみつき、声を上げて泣くリナイア。

 サーエイ(38)は、そんなリナイアの頭を撫でながら、あやすように優しく抱きしめるのであった。





「結局なんのお役にも立てませんでした。申し訳ありません」

「そんな事ないわ。ごめんなさい。ごめんなさいね、リナイア。とても辛い目に合わせてしまったわね」

 しょんぼりとお詫びするリナイアをシャリーが慰める。

 ここは、面会を依頼されたカフェのテラス。リナイアがシャリーに面会の様子を報告しているところである。

「あなたは、十分によくやってくれたわ。本当よ。それにしてもレイナがそんな風になってしまっていたなんて・・・」

 リナイアから報告を受けたレイナの様子にシャリーはショックを受ける。きっと仲が良かったリナイアだからこそレイナは今の心の闇をさらけ出してしまったのだろうとシャリーは考えた。

「レイナは立ち直れるのかしら・・・」

「判りません。でも、何か私に出来る事があれば・・・」

 優しいリナイアにシャリーは安心したように微笑む。が、すぐに不安そうな表情になりリナイアに問いかける。


「ところで、あなた達は本当に行くの?」

 シャリーが心配そうに尋ねる。ツーファイ(25)達がああなってしまった後だ。心配するのは当然と言えた。


「はい。『ナンバーズ』は、全ての移民のために奉仕することにその存在意義があります。『ナンバーズ』が己が身の安全を優先するなどその信義にもとる行為だと、サーエイ(38)様は考えています。そして『パートナー』は、主たる『ナンバーズ』と常に共にあり、一緒にその使命を全うするだけです。」

 リナイアはシャリーの目をしっかりと見据える。

「この事は、面会の後サーエイ(38)様と話し合っての結論です」


 そう、面会の後、サーエイ(38)の腕の中でようやく落ち着きを取り戻したリナイアは、レイナとの会話の内容をつぶさに打ち明けた。

「『あいつら』・・・『原住民』の事か・・・」

 地上で起こった事の真実を知る事が出来ない彼等がそう考えるのは自然な事であった。

 サーエイ(38)は考えた末、リナイアに切り出す「お前は、ここに残れ」と。言うまでもなくそれはリナイアが一番聞きたくない言葉であり、この事はサーエイ(38)も知っている筈だ。だからこそリナイアは激怒した。

「私を何だと思っているんですか!あなたの側に置いて貰えないのなら私にはもう生きている価値はありません!今すぐここで死にます!」

 リナイアはそう泣き叫ぶと、ペンをその手に掴み自分の首に突き立てようとした。サーエイ(38)は慌ててその手を掴みリナイアの気持ちが落ち着くまで押さえつけつつ、自分の発言を撤回し続けるしかなかったのである。


 シャリーは溜め息を一つ吐く。覚悟が出来ている人間を止めることなど出来ないと判っているのだ。特にこの子達は・・・


「判りました。必ず生きて帰ってくださいね」

 シャリーはそう言うしかなかったのであった。




「いたいたぁ~!!ミリーさ~~ん!!・・・おっとと!」

 訓練場の観覧席に1人座っているミリーをやっと見つけたと言わんばかりに手を振りながら駆け寄ってくるのはメイシアである。しかし、ミリーが微笑みながらメイシアに向かって、人差し指を立てて唇に当てるポーズをとる。

 メイシアは慌てて速度を落としミリーを注視すると、ミランダがミリーの膝枕でスヤスヤと寝息を立てていた。天気の良い日は、ポカポカ陽気の下ミリーの膝枕でお昼寝をするのが、このところのミランダの日課なのであった。


 ゆっくり近づいてきたメイシアにミリーが声をかける。

「メイシー、どうしたの?」

「クルスターニ公国から一報が入りました。ミリーさんの推測通り、火の玉が昇ったと思われる場所から、血塗れの女物の着衣と凶器のナイフが見つかったと。こちらに至急送ってくれるそうです。これで、無駄な山賊狩りをする必要が完全になくなったと感謝しておりました」


 アルベルトとメイシアがモルーグ王国での戴冠式から戻った時に、ミリーはクルスターニ公国での事件について説明を受けていた。

 その時ミリーは、火の玉が昇った場所、つまり着陸船が隠れていた場所を探してみるようにと指示を出していたのである。


「さすがですね。素晴らしいです」

 感心するメイシアにミリーはミランダの頭を優しく撫でながら答える。

「メイシーの推理の立証をしただけよ。あれだけの傷なら必ず返り血は浴びているはず。その衣類を棄てていったと言うことは事実を隠す気満々。しかも、着陸船の側なら、着陸船の連中にも隠蔽工作に手を貸した者がいるね。何を考えて手を貸したのやら・・・」

 ミリーはポカポカ陽気の青い空を見上げながら、その顔に少し意地悪そうな笑みを浮かべる。

「上の連中に教えてあげたいねぇ。変な気を起こさないように」




 リナイアはサーエイ(38)と住んでいる住居の窓から、『ネオ=テラ』の大地を見つめていた。

 私とサーエイ(38)様は、ただあの大地で暮らしたいだけなのだ。それだけなのだ。なのに・・・


「・・・遠いなぁ・・・」


 リナイアは無意識に『ネオ=テラ』の大地に向かって届く筈のない手を伸ばすのであった。


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