5.魔導刺繍師は怒らせたくない
その日は、よく晴れていた。
クララとエミリアは、工房で使う材料を買いに出かけていた。
「お姉ちゃん、見て! この糸、すごく綺麗!」
「……うん」
「新しいドレスに使えそうじゃない?」
「そうだね」
「もう少し買っておこうかな」
「……荷物増えるよ」
「お姉ちゃんが持ってくれるでしょう?」
「えー」
クララは両手に荷物を抱えていた。もっとも、実際にはそれほど重くない。衣服の内側に施した魔導刺繍が、腕や背中の動きを補助しているからだ。重い材料を運ぶのが面倒で開発したもので、普段は弱い補助だけを使っている。
「エミリア様!」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、レオンハルトが立っていた。近くには馬車が停まっている。
エミリアは、顔をしかめた。
「……レオンハルトさん。もうお話しすることはありません」
「お願いです。一度だけ、新しい工房をご覧になってください」
「お断りします」
「あなたのために、すべて用意したのです!」
「私は、何一つお願いしていません」
エミリアは姉の方を向いた。
「お姉ちゃん、帰ろう」
「うん」
二人が歩き出そうとした瞬間、レオンハルトがエミリアの腕をつかんだ。
「待ってください!」
「離してください!」
「一度見れば分かります! どうして分かってくれないんだ! 僕はこんなに、あなたのことを――」
男はエミリアを馬車の方へ引っ張った。クララがその腕をつかむ。
「離してください」
「邪魔をするな!」
レオンハルトがクララを突き飛ばそうとした瞬間、彼女の袖の内側で魔導刺繍が作動した。
クララは男の腕を払いのけ、そのまま拳を突き出した。
鈍い音がした。
レオンハルトは一瞬目を見開き、次の瞬間、地面に崩れ落ちた。
「……あ」
クララは自分の拳を見た。
「お姉ちゃん!?」
「……殴っちゃった」
男は腹を押さえ、うずくまっている。
「……ちょっと強かったかな」
騒ぎを聞いた人々が集まり、まもなく警備局員が駆けつけた。
*
レオンハルトは、その場で身柄を拘束された。エミリアが繰り返し接触を拒絶していたことはギルドの記録に残っており、本人の意思に反して馬車へ連れていこうとしたことも、複数の通行人が目撃していた。
クララも事情を聞かれたが、男が先にエミリアを強引に連れていこうとし、クララにも手を出したことは目撃証言と一致していた。
姉妹は、ようやく帰宅を許された。
「……あー、疲れた」
工房に戻ると、クララは椅子に倒れ込んだ。
「お姉ちゃん」
「何?」
「ありがとう。助けてくれて」
「……いいよ」
クララは小さく笑った。エミリアも笑い、ふと姉の袖に目を向けた。
「……ねえ、お姉ちゃん。さっきのって、あの荷物を運ぶ魔導刺繍?」
「うん。ちょっと出力を上げた」
「……あれ、普通に売ったら危なくない?」
クララは少し考え、頷いた。
「売らない方がいいね」
二人は、そう決めた。




