6.美貌のエミリア、粗暴のクララ
事件から数日が経った。姉妹の工房には、ようやく平穏が戻っていた。
しかし、街では妙な噂が広まっていた。
美貌の天才魔導刺繍師エミリアが、しつこい男に言い寄られていた。男は何度断られても諦めず、とうとう無理やり連れ去ろうとした。ところが、そこへ姉のクララが現れ、男を一撃で殴り倒したという。
ここまでは、おおむね事実だった。
しかし、噂は少しずつ変化していた。クララは恐ろしい怪力の持ち主らしい。普段は怠け者だが、怒らせると手がつけられないらしい。大の男を拳一つで沈める、粗暴な女らしい。
そして、いつの間にか姉妹には新しい呼び名がついていた。
「……美貌のエミリア、粗暴のクララ?」
クララは、ゆっくりと繰り返した。
「……何それ」
「私もびっくりした」
エミリアは笑いをこらえていた。
「だって、お姉ちゃん、本当に殴り倒しちゃったし」
「……エミリアを助けたのに」
「うん。ありがとう」
「……でも、粗暴?」
エミリアはとうとう吹き出した。クララは不満だったが、少し考えてから頷いた。
「……まあ、変な人が近づいてこなくなるならいいか」
実際、姉妹に馴れ馴れしく接していた男性客の中には、急に態度を改めた者もいた。クララにとっては、悪い話ばかりでもなかった。
ところが、しばらくすると、噂は妙な方向へ変わり始めた。
美しい妹を守るため、男を一撃で倒した姉。普段は物静かで、滅多に怒らない。しかし、いざというときには誰よりも頼りになる。
どうやら、クララを格好いいと思う人々が現れたらしい。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「最近、クララ様って格好いいですよね、って言われるんだけど」
「……え?」
「私も、一度お会いしてみたいですって」
「……え?」
エミリアは、楽しそうに続けた。
「この前なんて、お姉ちゃんみたいな人が理想の女性だっていう方までいたよ」
クララは、しばらく黙っていた。
「……何で?」
「さあ?」
「……私、殴ったんだよね?」
「うん」
「……粗暴なんだよね?」
「うん。そういう噂もあるね」
「……なのに、格好いいの?」
エミリアは、とうとう笑い出した。
クララは、自分の手を見た。それから妹を見て、もう一度自分の手を見た。
「……ええ……?」
どうやら世の中には、クララの理解できないことがまだまだあるらしかった。




