7 ディート公爵――父は動く
「ユスト」
「はい」
「王宮へ出した娘付きの者の名をすべて出せ。侍女、下働き、馬丁、厨房へ入っている者、針子。今も残っている者と、こちらへ戻した者に分けろ」
「ただちに」
「フレイアの嫁入り支度の控えも。南の離宮で使えそうな物が混じっていないか確認する」
ユストの眉が、そこで初めて動いた。
「王宮が、王妃陛下の御支度を側妃様へ流用する恐れが」
「王が南の離宮を指定した。王族の姫君の部屋だ。格を上げたいなら、布も器も飾りも欲しがる」
側妃は分家子爵家の娘。伯爵家の名を借りる。身重。南の離宮。
王は、飾りたがっている。
子を飾るのではない。己の正当性を飾りたがっている。
「古い帳面ではなく、品目ごとの控えだ。布、銀器、寝具、香炉、燭台、壁掛け。王宮へ置いているもの、王妃府で管理しているもの、うちの名で持たせたものを分けろ」
「承知いたしました」
「それから、王宮医に近い者へ文を出せ。診断を受けていないというのは、誰の判断か。王宮医が呼ばれなかったのか、呼ばれて断ったのか、呼ぶ前なのかを確かめる」
「はい」
「王太后陛下の周辺にも。昨夜、王から話があったとある。誰が同席した」
「ただちに探らせます」
「探るな」
ユストの手が止まった。
「確かめろ。《《探ったと言われる筋は作るな》》。王太后陛下への贈答控え、礼拝堂の出入り、女官長の予定表。表にあるものから拾え」
「失礼いたしました。確かめます」
――怒りで道を誤るな。
それを自分に言う。だが、手の中の杖の銀が温まっているのがわかる。
「旦那様」
マルクが口を開いた。
「リーナは、陛下のお昼に温かいものを、と厨房へ言っていました」
「何を」
「卵と鶏のスープを、と」
私は手紙を見た。
フレイアは、朝から何を食べた? 食べたのか?
王が部屋に来た時、机の上には何があった?
手紙の内容からすれば、仕事の途中で告げられたのだろう。施療院か礼拝か。
あの子は何かをしている時に、いきなり告げられた。
――側妃を迎える。
――十日後だ。
――子がいる。
――準備はそなたが。
私は杖を机の上に置いた。音が少し大きく出た。
ユストが次の言葉を待っている。マルクも動く構えをしている。家の中の音が遠くで変わり始めた。
廊下を走る足音はまだない。だが、使用人たちの耳はこの部屋に向いている。
「馬車を」
「王宮へ向かわれますか」
「まだだ」
王宮へ乗り込むのは、最後でいい。今、王宮へ行けば、私は父親として怒る。それは簡単だ。簡単すぎる。
フレイアは王妃である。娘である前に、王妃陛下である。
王妃として受けた扱いを、父親の怒鳴り声だけで処理してはならない。
内側を知る者が要る。王妃の務めと、側妃の扱いと、王太后陛下の言葉がどれほど筋を外しているかを、王家の言葉で切れる者が要る。
イルマだ。私の妹。先代王弟妃イルマ殿下。
身内としては妹である。だが、公の場で呼びつける相手ではない。
「イルマ殿下へ先触れを出せ」
ユストが頭を下げた。
「私が伺う。急ぎ、お目通りを願いたい。用件は、王妃陛下よりの私信について。そう書け」
「承知いたしました」
「馬車は、紋を隠すな」
「公爵家の正式な馬車で」
「そうだ」
私は手紙を折り直した。元の折り目に沿って、きちんと。
フレイアの字が内側に入る。赤い封蝋の欠片は銀盆に残っている。ユストが片付けようと手を伸ばしたので、私は盆を少し引いた。
「これは残せ」
「はい」
「封筒も、蝋も、紙も。誰がいつ受け取り、誰が開封したか控えをつけろ」
「はい」
帳簿と記録で人を殴るのは好きではない。だが、殴らねばならない時に手が空では困る。
私は机の引き出しを開けた。古い革の文箱がある。フレイアが十歳の時、初めて私に書いた手紙を入れている箱だ。
――お父様。犬を飼ってもよろしいでしょうか。
あの時も、最初に用件だった。理由は三つ。
散歩の相手になること。庭の警備になること。自分が世話をすること。
最後に、犬の名前の候補が五つ並んでいた。
私は、犬より先にその手紙を家令に見せた。ユストの前任者だった男が、「お嬢様は交渉なさっていますな」と笑った。
その娘が今、側妃入内の前例を問うている。
助けてください、とは書いていない。
――書いていないが、私には読める。
「ユスト」
「はい!」
「公爵夫人には、私から話す。客間ではなく、青の間へ。王宮関係の控えを持ってこさせろ」
「はい」
「マルク」
「はいっ」
「食べたら一刻休め。その後、王宮へ戻る。リーナに伝えろ」
マルクが顔を上げた。
「何と?」
「手紙は届いた。読んだ。イルマ殿下へ伺う。フレイアには、今日の仕事を増やすな、と」
そこで少し考えた。
「……いや、それでは足りんな」
机の上の報告書を裏返す。白い面に短く書く。
――受け取った。
――読んだ。
――イルマ殿下へ伺う。
――食べなさい。
ペンを置いた。父親の手紙としては、これでよい。
公爵としては足りない。だがたぶんこれ以上書くと、父として余計なことまで加えてしまう。
「これをリーナへ。フレイアへ直接渡せるなら渡せ。無理ならリーナに」
「承知しました」
「王妃府を通すな」
「はい」
マルクは立ち上がった。膝に泥がついている。彼はそれを払おうとして、途中で手を止めた。封書を受け取る前だからだ。先に手を布で拭いた。
よい。
本当に、この王宮で分かっている者は、まだ外側にいる。
ユストが部屋を出る。すぐに廊下の向こうで声が飛ぶ。走るな、だが急げ、と言っている。いつものユストの声である。
私はフレイアの手紙を文箱に入れた。十歳の時の犬の手紙とは別の仕切りに入れる。
同じ箱に入れるのは、まだ早い。これは、まだ終わっていないのだ。
窓の外で、馬車の準備をする音が始まった。金具が鳴る。馬が鼻を鳴らす。誰かが低い声で馬をなだめている。
私は上着を取った。袖を通す前に、もう一度、銀盆の上の封蝋を見る。
赤い欠片の中に、公爵家の紋が半分だけ残っていた。




