表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/67

7 ディート公爵――父は動く

「ユスト」

「はい」

「王宮へ出した娘付きの者の名をすべて出せ。侍女、下働き、馬丁、厨房へ入っている者、針子。今も残っている者と、こちらへ戻した者に分けろ」

「ただちに」

「フレイアの嫁入り支度の控えも。南の離宮で使えそうな物が混じっていないか確認する」


 ユストの眉が、そこで初めて動いた。


「王宮が、王妃陛下の御支度を側妃様へ流用する恐れが」

「王が南の離宮を指定した。王族の姫君の部屋だ。格を上げたいなら、布も器も飾りも欲しがる」


 側妃は分家子爵家の娘。伯爵家の名を借りる。身重。南の離宮。

 王は、飾りたがっている。

 子を飾るのではない。己の正当性を飾りたがっている。


「古い帳面ではなく、品目ごとの控えだ。布、銀器、寝具、香炉、燭台、壁掛け。王宮へ置いているもの、王妃府で管理しているもの、うちの名で持たせたものを分けろ」

「承知いたしました」

「それから、王宮医に近い者へ文を出せ。診断を受けていないというのは、誰の判断か。王宮医が呼ばれなかったのか、呼ばれて断ったのか、呼ぶ前なのかを確かめる」

「はい」

「王太后陛下の周辺にも。昨夜、王から話があったとある。誰が同席した」

「ただちに探らせます」

「探るな」


 ユストの手が止まった。


「確かめろ。《《探ったと言われる筋は作るな》》。王太后陛下への贈答控え、礼拝堂の出入り、女官長の予定表。表にあるものから拾え」

「失礼いたしました。確かめます」


 ――怒りで道を誤るな。


 それを自分に言う。だが、手の中の杖の銀が温まっているのがわかる。


「旦那様」


 マルクが口を開いた。


「リーナは、陛下のお昼に温かいものを、と厨房へ言っていました」

「何を」

「卵と鶏のスープを、と」


 私は手紙を見た。

 フレイアは、朝から何を食べた? 食べたのか?

 王が部屋に来た時、机の上には何があった?

 手紙の内容からすれば、仕事の途中で告げられたのだろう。施療院か礼拝か。

 あの子は何かをしている時に、いきなり告げられた。


 ――側妃を迎える。

 ――十日後だ。

 ――子がいる。

 ――準備はそなたが。


 私は杖を机の上に置いた。音が少し大きく出た。

 ユストが次の言葉を待っている。マルクも動く構えをしている。家の中の音が遠くで変わり始めた。

 廊下を走る足音はまだない。だが、使用人たちの耳はこの部屋に向いている。


「馬車を」

「王宮へ向かわれますか」

「まだだ」


 王宮へ乗り込むのは、最後でいい。今、王宮へ行けば、私は父親として怒る。それは簡単だ。簡単すぎる。

 フレイアは王妃である。娘である前に、王妃陛下である。

 王妃として受けた扱いを、父親の怒鳴り声だけで処理してはならない。

 内側を知る者が要る。王妃の務めと、側妃の扱いと、王太后陛下の言葉がどれほど筋を外しているかを、王家の言葉で切れる者が要る。

 イルマだ。私の妹。先代王弟妃イルマ殿下。

 身内としては妹である。だが、公の場で呼びつける相手ではない。


「イルマ殿下へ先触れを出せ」


 ユストが頭を下げた。


「私が伺う。急ぎ、お目通りを願いたい。用件は、王妃陛下よりの私信について。そう書け」

「承知いたしました」

「馬車は、紋を隠すな」

「公爵家の正式な馬車で」

「そうだ」


 私は手紙を折り直した。元の折り目に沿って、きちんと。

 フレイアの字が内側に入る。赤い封蝋の欠片は銀盆に残っている。ユストが片付けようと手を伸ばしたので、私は盆を少し引いた。


「これは残せ」

「はい」

「封筒も、蝋も、紙も。誰がいつ受け取り、誰が開封したか控えをつけろ」

「はい」


 帳簿と記録で人を殴るのは好きではない。だが、殴らねばならない時に手が空では困る。

 私は机の引き出しを開けた。古い革の文箱がある。フレイアが十歳の時、初めて私に書いた手紙を入れている箱だ。


 ――お父様。犬を飼ってもよろしいでしょうか。


 あの時も、最初に用件だった。理由は三つ。

 散歩の相手になること。庭の警備になること。自分が世話をすること。

 最後に、犬の名前の候補が五つ並んでいた。

 私は、犬より先にその手紙を家令に見せた。ユストの前任者だった男が、「お嬢様は交渉なさっていますな」と笑った。

 その娘が今、側妃入内の前例を問うている。

 助けてください、とは書いていない。

 ――書いていないが、私には読める。


「ユスト」

「はい!」

「公爵夫人には、私から話す。客間ではなく、青の間へ。王宮関係の控えを持ってこさせろ」

「はい」

「マルク」

「はいっ」

「食べたら一刻休め。その後、王宮へ戻る。リーナに伝えろ」


 マルクが顔を上げた。


「何と?」

「手紙は届いた。読んだ。イルマ殿下へ伺う。フレイアには、今日の仕事を増やすな、と」


 そこで少し考えた。


「……いや、それでは足りんな」


 机の上の報告書を裏返す。白い面に短く書く。


 ――受け取った。

 ――読んだ。

 ――イルマ殿下へ伺う。

 ――食べなさい。


 ペンを置いた。父親の手紙としては、これでよい。

 公爵としては足りない。だがたぶんこれ以上書くと、父として余計なことまで加えてしまう。


「これをリーナへ。フレイアへ直接渡せるなら渡せ。無理ならリーナに」

「承知しました」

「王妃府を通すな」

「はい」


 マルクは立ち上がった。膝に泥がついている。彼はそれを払おうとして、途中で手を止めた。封書を受け取る前だからだ。先に手を布で拭いた。

 よい。

 本当に、この王宮で分かっている者は、まだ外側にいる。

 ユストが部屋を出る。すぐに廊下の向こうで声が飛ぶ。走るな、だが急げ、と言っている。いつものユストの声である。

 私はフレイアの手紙を文箱に入れた。十歳の時の犬の手紙とは別の仕切りに入れる。

 同じ箱に入れるのは、まだ早い。これは、まだ終わっていないのだ。


 窓の外で、馬車の準備をする音が始まった。金具が鳴る。馬が鼻を鳴らす。誰かが低い声で馬をなだめている。

 私は上着を取った。袖を通す前に、もう一度、銀盆の上の封蝋を見る。

 赤い欠片の中に、公爵家の紋が半分だけ残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ