表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/67

5 王妃付き侍女リーナ――「フレイア様は、お疲れです」

「王妃陛下は、ディート公爵閣下へ私信をお出しになっただけでございます。私は、陛下のご様子を見て、急ぎと判断いたしました」


 フレイア様の唇が少し動きました。

 私は机の上の帳面をそっと閉じました。施療院の帳面です。赤いインクの線は、まだ端に残っております。


「東部の施療院へは、午後に私が下書きを整えます。陛下は確認だけなさってくださいませ」

「茶会は」

「西方侯爵夫人には、庭の白い花を多めに。昨日、お好きだと仰っておられました」

「北方伯爵家の返礼は」

「銀細工の方に。真珠は避けます」

「礼拝の席順……」

「控えはございます。私が儀典長へ届けます」


 フレイア様は、机の上を見ました。

 積まれたものは減っておりません。けれど、どこに手を伸ばすかは決まります。今日くらい、私が先に手を出してもよろしいでしょう。

 そう思ったところで、扉の外に控えていた若い侍女が身じろぎしました。私は振り向きます。


「マルクを呼んで。公爵家から来た馬丁のマルクです。王妃府の厩ではなく、西の小厩へ。馬は軽い方を。途中で替えを取るように言ってください」

「はい」

「それと、厨房へ。王妃陛下のお昼は、温かいものを。噛まずに済むものがいいです。卵と鶏のスープを」


 若い侍女は、そこで一瞬だけフレイア様を見ます。私は少しだけ声を低くしました。


「急ぎなさい」

「はい」


 侍女が走ります。廊下で靴音が遠ざかっていきます。

 フレイア様は、封じた赤い蝋のあたりを見ておられました。もう手元にはないのに、そこにあるように。


「リーナ」

「はい」

「大げさにしないで……」


 私は封書を両手で持ちました。赤い蝋が、まだ少し温かい。


「大げさではございません」


 そう申し上げてから、礼をしました。


「遅すぎるくらいでございます」


 フレイア様の返事を待つ前に、私は扉へ向かいました。

 廊下に出ると、王宮はいつもの音で満ちていました。侍従の足音。遠くの笑い声。銀盆にカップを置く音。次の謁見へ向かう誰かの声。

 その中を、封書を抱えて歩きます。

 走れば、誰かが見る。誰かが見れば、誰かが尋ねる。尋ねられれば、答えを作らねばなりません。

 だから歩きました。背筋を伸ばし、封書を胸に当て、いつも通りの足取りで。

 西の小厩へ曲がる廊下に入ったところで、裾を少しだけ持ち上げました。靴音が速くなります。角を曲がると、馬の匂いがしました。

 マルクは、もう鞍を出していました。若い侍女が先に伝えたのでしょう。早いですね。よいことです。


「公爵家へ」


 私が封書を差し出すと、マルクは自分の手を見ました。

 馬丁の手は大きく、爪の間に土が入っております。その手が、封蝋の紋を見るなり、腰の布で拭われました。汚れた手で受け取るものではないと思ったのでしょう。

 ええ、この王宮で、わかっている者はまだおります。


「公爵閣下へ、直接。途中で誰にも渡さないでください。王妃府からの公文ではございません。フレイア様からディート公爵閣下への私信です」

「承知しました」

「道中で宰相府の使いに会っても止まらないように」


 マルクの眉が動きました。


「《《そこまで》》ですか」

「《《そこまで》》です」


 馬が鼻を鳴らしました。

 私は封書を渡します。マルクは胸の内側へ入れ、上着の留め具をかけました。


「替え馬は」

「南門を出て二つ目の宿場で取れます。公爵家の印を見せれば」

「よろしい。日暮れ前に」

「飛ばします」

「馬を潰してはなりません」

「潰しません」


 短い返事でした。こういう返事は信用できます。

 私はうなずきました。マルクは馬の腹帯を締め、手綱を取ります。蹄が石を打つ音がして、小厩の扉が開きました。

 外の光が入ります。馬が一歩、外へ出ました。

 その背が門の方へ向かうのを見ながら、私は両手を前で重ねました。手袋の中で、指がまだ熱い。

 

 ――フレイア様は、お疲れです。


 その一言を、ようやく外へ出せた気がいたしました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ