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「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


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46 国王エルヴィス――戻せばいいではないか

「陛下!」


 侍従長が、初めて口を開いた。


「何だ」

「王妃陛下は、御療養中でございます」

「もう二月だ」

「はい」

「二月も休めば充分だろう」


 フェリクスが顔を伏せた。侍従長は、私を見たままだった。


「王妃陛下の御体調につきましては、公爵家医師ならびに王宮医の診断が必要でございます」

「診させればよい」

「公爵家の許可が要ります」

「私は王だ」

「はい」

「王妃を王宮へ戻すのに、公爵家の許可が要るのか」


 侍従長は、すぐには答えない。その間に、扉の外から足音がした。


 ――誰かが来る。


 開いた扉の向こうに、母上が立っていた。

 先触れはあったのだろう。私が気づかなかっただけだ。

 王太后は、部屋へ入ると、まずフェリクスを見た。


「外務官、下がってよい」


 フェリクスは深く礼をした。私が止める前に、母上がもう一度言った。


「今日の使節対応、大儀であった。灰青の布も、弔意の文も、よく用意されていた」

「恐れ入ります」


 フェリクスは下がった。

 扉が閉じる。私は母上を見た。


「私はまだ話の途中でした」

「途中で止めねばならぬ話だった」


 母上は、私の机の前に立った。座ろうとはしない。


「陛下」


 母上が私を陛下と呼ぶ。まただ。


「王妃を、王宮へ戻すなどと軽く口にしてはならぬ」

「軽くではありません」

「軽い!」


 即座だった。母上の声は大きくない。だが、扇で叩かれたような感覚があった。


「フレイアは療養中だ」

「知っています」

「誰がそうさせた」

「疲れたのでしょう」

「誰が疲れさせた」


 私は返事をしなかった。母上が、まっすぐにこちらを見る。


「陛下、そなたは今、王宮が困っているから王妃を戻そうと言った」

「王妃府が動かなければ、実際に困っています」

「そうだ。困っている」

「なら」

「だが、困っているからといって戻すものではない」


 母上は、机の上の書類を一枚取る。施療院からの照会の写しだった。

 端に折れ目がついている。


「この書面を見て、そなたは何を思った」

「薬代が足りないと」

「それだけか」

「処理を命じました」

「処理」


 母上はその書面を机に戻した。


「そなたはいつも、処理を命じる。側妃の部屋。茶会。寄付。外交。今度は王妃」

「母上」

「王妃は書類ではない」


 部屋が静かになる。

 その言葉は、なぜかすぐには飲み込めなかった。


 ――王妃は書類ではない。


 そんなことは分かっている。フレイアは人だ。私の妻だ。王妃だ。

 だからこそ、戻るべきではないか?


「フレイアは、王妃です」

「そうだ」

「なら、王宮に必要です」

「必要だからといって、()()()()()へ戻すのか」

「壊したなど」

「壊れかけた」


 母上は言い直した。いや、言い直したのではない。より正確にした。


「壊れる前に、公爵家が引き取った。だから今、かろうじて療養で済んでいる」

「私は、そこまで」

「思っていなかったと」


 母上が続けた。


「そなたは、いつもそうだ。思っていなかった。悪気はなかった。国のためだった。世継ぎのためだった。マリーシアが寂しがった。明るい王宮にしたかった」


 言葉が一つずつ置かれる。

 私は、それを聞いていた。反論はいくらでもあった。

 だが、どれを口にしても、母上の次の言葉が先に見えた。


「……フレイアが戻れば、王宮は元に戻るでしょう!?」


 私はそれでも言った。


「彼女は仕事ができます」


 母上の表情が、そこであからさまに変わった。

 怒りではない。疲れたようなそれだった。


「……そうだな」


 母上は言った。


「そなたにとって、フレイアは()()()()()()()なのだな」


 ――何が悪い?


 そう思った。

 仕事ができる。王妃として、それは大切なことだ。フレイアの美点のはずだ。


「褒めているのです」

「そうか」


 母上は扇を開くことなく、手の中に持っている。


「その褒め言葉が、今どれだけ残酷か、そなたには分からぬのだろう」


 ――分からない。


 思わず私は、そう言いそうになった。実際、分からなかった。

 私はフレイアを軽んじているつもりはない。

 彼女は女としては薄いが、賢い。丈夫で、よく働く。王宮に必要な女だ。

 王妃として、これ以上のものがあるのか。

 マリーシアとは違う。

 マリーシアは明るく、可愛らしく、子を宿している。フレイアは王宮をきちんとさせる。

 それぞれの役目がある。なぜ、それではいけない?


「陛下」


 母上が言った。


「王妃へ、王妃府の状況を知らせることは禁ずる」

「母上が禁じるのですか」

「王太后として禁じる」

「私は王です」

「ならば王として、診断書を読め!」


 母上は侍従長へ目を向けた。侍従長が、すぐに書類を差し出す。

 いつから持っていたのか。フレイアの療養時の診断書の写しだった。

 

 ――過労。

 ――心労。

 ――食欲不振。

 ――睡眠障害。

 ――静養を要す。

 ――新規執務を禁ず。


 何度か見たはずの文字だった。

 だが、その時は、休ませればよいと思った。今もそう思う。

 二月休んだ。ならば。


「新しい診断書は?」


 私が言うと、母上はすぐに答えた。


「公爵家から届いている。回復は緩やか。長文、実務文書、王宮関連報告は避けること。面会は近親者に限る」

「私も近親者です」

「夫である前に、王だ」

「母上」

「王であるそなたが行けば、フレイアは起き上がる。礼を取る。王妃として話を聞こうとする。そういう女だと、そなたも知っているだろう」


 知っている。フレイアは、そうするだろう。

 具合が悪くても、私が行けば起きる。礼を取り、話を聞き、必要なことを尋ねる。

 ()()()行けばいいのではないか。

 そこまで考えて、母上の目を見る。だが母上は、私のその考えまで読んだかのようだった。


「今日はもう休みなさい」


 疲れた声で母上が言う。


「話は終わっていません」

「終わらせる」

「母上」

「陛下、これは命令ではない。忠告でもない。止めると私が言っている」


 ――王太后が、国王を止める。


 言葉にすればおかしい。だが、その場にいた侍従長は何も言わなかった。

 私は椅子に座った。座るつもりはなかったが、気づけば座っていた。

 机の上には、折れ目のついた施療院の書面。

 外務府の報告。側妃茶会の返答。フレイアの診断書の写し。

 マリーシアからの、淡い花柄の封筒。

 全部が同じ机にある。

 私はマリーシアの封筒へ手を伸ばした。母上は止めなかった。

 封筒の端には、彼女の字で小さく書かれている。


 ――陛下へ。


 その字だけは、柔らかかった。



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