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「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


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43 外務官フェリクス――役に立つ灰青の布

 昼過ぎ、儀典長が外務府へ来た。


 以前より、顔色が悪い。こちらも人のことは言えない。


「ルブラン公国使節の席次案です」


 彼はそう言って、書面を広げた。

 王の席。王太后陛下。王妃席は空位。側妃マリーシア様は、出席未定。

 公国使節長オルヴァン伯爵。ルネ卿。

 宰相。外務卿。神官長。

 並びを見るだけで、頭が痛い。


「側妃様は出るのか」

「陛下は、お出ししたい御様子です」

「公国使節歓迎に?」

「王の子を宿す側妃を、同盟国に示すよい機会だと」


 私は手元のペンを転がしかけた。転がる前に止める。


「王妃陛下は療養中。王妃席は空位。その下に側妃様を出すのか」

「出すなら、その位置になります」

「ルブラン公国は、正妃と側妃の扱いにうるさい」

「知っています」

「しかもルネ卿が来る。喪の問題もある。そこへ御懐妊の側妃を華やかに出すのか」

「だから、私が来ました」


 儀典長は、書類の端を指で押さえた。


「外務府からも、出席を控える方がよいと意見を上げてください」

「もう上げたのか」

「王太后陛下へは。王太后陛下は、王宮医の判断を先に、と」

「王宮医は何と言う」

「長時間は避けるべきだと」

「なら欠席にできる」

「陛下が、短時間なら、と」


 ああ。またそこだ。


 ――短時間なら。

 ――医師が許せば。

 ――体が大丈夫なら。


 陛下は、それで儀礼が済むと思っている。


「マリーシア様御本人は」

「出たいと」

「なぜ」

「公国使節に、御挨拶をしたいそうです。王宮の女として」


 ――王宮の女として。


 その言葉だけなら、殊勝である。だが、この場でそれをやられると困る。


「王妃陛下の代行に見える」

「見えます」

「公国側は、王妃陛下が療養中であることを知っているか」

「正式には、王妃陛下御療養中につき春祭礼を縮小した旨は伝わっています」

「その直後に、御懐妊の側妃を出す」

「そうです」

「悪趣味に見えるな……」


 儀典長はうなずいた。

 外務官と儀典長が、同じ書面の前で同じ結論になる。これを、陛下へ誰が言うのか。


「王太后陛下へ、外務府から意見書を出す」


 私は言った。


「陛下へ直接ではなく?」

「王太后陛下へ。陛下へ直接出すと、マリーシア様を軽んじた話になる。王太后陛下から、外交上の配慮として止めていただく」

「助かります」


 儀典長は、本当に少しだけ肩を下げた。


 ――助かる。


 この言葉も最近多い。皆、助けが必要になっている。以前なら、王妃府の書面が先にあった。


 ――公国使節歓迎、側妃出席不可。

 ――王妃療養中につき、王太后陛下が女主人役。

 ――側妃御懐妊は内輪の祝福に留める。


 そういう赤い字が。

 誰もそれを持ってこないから、外務府と儀典が別々に火を消している。


「贈答品は?」


 儀典長が聞いた。


「……赤い布と双鳥菓子が入っていた」


 彼は目を眇める。


「外しましたか?」

「外した。だが、倉庫から出たということは、他にも残っている可能性がある」

「花方へも確認しましょう」

「頼む。南の離宮の茶会飾りは流用禁止」

「奇遇ですね。同じことを考えていました」


 私達は、同時に少しだけ黙った。

 同じことを考えたからといって、嬉しいわけではない。考えなければならない事が増えただけだ。


 *


 夕刻、王太后陛下へ意見書を出した。文面はかなり削った。


 ――外務府としては、ルブラン公国使節歓迎に際し、王妃陛下御療養中の折を踏まえ、王太后陛下に女主人役をお務めいただく形が最も穏当と考える。

 ――側妃マリーシア様の御懐妊については、正式な内報に留め、公国使節の場での御披露は時期尚早。

 ――ルネ卿の喪に関わる意匠を避ける必要あり。

 ――赤い花、双鳥文様、婚礼菓子を用いず。


 そこまで書いた。無論、書けなかったことは多い。


 ――ここで側妃を出せば、王妃を押しのけたように見える。

 ――公国使節に王宮内の乱れを見せる。

 ――ルネ卿に無神経な祝いを押しつける。

 ――陛下は、マリーシア様が寂しがるかどうかで外交を見ておられる。


 書けない。書けないが、文面の中から見える。

 王太后陛下なら読まれるだろう。そうでなければ困る。

 吸い取り紙を外し、文面を確認する。署名を入れたところで、ニールが戻ってきた。

 手には灰青の布。無地。少し地味だが、悪くない。


「これでよい」


 私が言うと、ニールはふう、と息を吐いた。


「倉庫に三枚ありました。王妃府の控えには、山岳修道院用、と」

「よく見つけた」

「王妃府の控え棚ではなく、倉庫側の古い目録に挟まっていました」

「写しを取れ」

「はい!」

「今後、ルブラン公国関係の箱には、それを使う」


 ニールは布を机に置く。

 灰青の布は、赤い布よりもずっと落ち着いている。そして相手の国にはこちらの方が届く。

 派手な赤よりも。祝いの金糸よりも。婚礼菓子よりも。

 灰青の布一枚で、こちらは覚えています、と言える。

 それを、なぜ王妃府だけが知っていたのか。

 いや、王妃府だけではない。知ろうとした者が、そこにいた。


「フェリクス様」


 ニールが、婚礼菓子の小箱を見た。


「これはどうしますか」

「厨房へ戻すな。別の茶会へ流れる」

「では」

「外務府で食べる」


 ニールが目を瞬いた。


「食べてよろしいのですか」

「捨てるよりよい。だが、箱と紐は廃棄だ」

「はい」


 小箱を開けると、白い鳥が二羽、こちらを向いていた。片方は尾が欠けている。

 私は一つ取り、口に入れた。

 甘い。かなり甘い。南の離宮なら喜ばれるかもしれない。

 だが、ルブラン公国使節の前には出せない。

 ニールにも一つ渡す。彼は遠慮しなかった。若い男のそういうところは助かる。


「甘いですね」

「婚礼菓子だからな」

「……それを、喪中かもしれない方へ出すところだったんですね」

「そうだ」


 ニールは口の中の菓子を、少し持て余す顔をした。

 私は灰青の布を箱にかけた。赤い布とは違い、金具の光も少し落ち着いて見える。

 外務府の窓の外では、夕方の鐘が鳴っていた。

 王宮の南の方だけが、まだ明るい。南の離宮だ。

 そこにいる側妃様は、明るい部屋を好むという。

 私は箱の上の灰青の布を、指先でならした。

 皺が一つ、端に残った。


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