37 国王エルヴィス――増えた欠席
マリーシアの茶会から三日後、宰相府が整えた二度目の招待文が夫人達へ出された。
私は、最初にその文面を見た時、少し物足りないと思った。
――王太后陛下の御意向により、側妃マリーシアの入宮後の挨拶の席を、小さく設ける。
そう書かれていた。
小さく。なぜ小さくと書くのか。
側妃である。王の子を宿している女である。
王宮へ入ったばかりで、不安な中、慣れぬ礼拝にも出た。茶会もした。夫人達の前で、きちんと座っていた。セレスタ夫人からも、つつがなく終わったと報告が来ている。
なら、もっと堂々と迎えればよい。
だが宰相は、王妃陛下御療養中の折、あまり華美にするのはかえって側妃様の御立場を難しくいたします、と言った。
母上も同じことを言った。侍従長は何も言わず、ただ招待文の控えを机に置いた。
皆、同じ方向を向いている時ほど厄介だ。私一人が違うことを言っているように見える。
実際には、皆が難しくしているだけだ。
側妃を迎えた。子がいる。王宮の者は祝えばよい。
それだけのことではないのか。
「陛下」
昼の執務の途中、侍従長が入ってきた。手には返答の束がある。
このところ、彼はいつも書類を持っている。以前からそうだったのかもしれないが、最近やけに目につく。
「二度目の茶会の返答か」
「はい」
「どれだけ来る」
侍従長は書面束を机の左へ置いた。
「出席の返答が七件。未定が三件。欠席が十一件でございます」
「十一?」
私は椅子の背から体を起こした。
「前より増えていないか」
「はい」
「なぜだ」
「欠席理由は、王妃陛下御快癒祈願、領地の礼拝堂への寄付確認、施療院への見舞い、修道院への物資相談、ご家族の体調不良などでございます」
同じだ。また同じ言葉が並ぶ。
王妃陛下御快癒祈願。施療院。修道院。寄付。
私は書束の一番上を取った。
丁寧な字で、実に丁寧に、王太后陛下の御招きに深く感謝しつつ、王妃陛下の御快癒を祈るため自邸礼拝堂にて祈りを捧げる、とある。
次も似たようなもの。
その次は、施療院へ薬草費を届ける日程が先に決まっているため、とあった。
「茶会の日を変えろ!」
「三日ずらした案も添えておりますが、欠席予定の夫人方の多くは、今月中は難しいとの返答でございます」
「今月中ずっと祈るというのか?」
思わず口に出すと、侍従長はまぶたを伏せた。咳払いすらしない。
こういうところが、この男は腹立たしい。
「王妃陛下の御療養が長引くならば、祈りも続くものと」
「それは皮肉か」
「いいえ」
即答だった。私は返答を机に戻した。
「……マリーシアがまた傷つく」
「側妃様には、出席なさる方々を中心に、穏やかな席としてきちんとさせる旨をセレスタ夫人よりお伝えいたします」
「穏やかな席ではなく、歓迎の席だ!」
「はい。歓迎の席を、御身に障りなく穏やかに整えます」
言い換えた。だが中身は同じである。
皆、私の言葉を受け取ってから、角を削り、細くし、別の形にして戻してくる。
「ローレン侯爵夫人は」
「欠席でございます」
「カッセル伯爵夫人は」
「欠席でございます」
「グライス夫人は」
「欠席でございます」
名前を挙げるたび、同じ返事が返ってくる。
彼女達がいなければ、王宮の茶会として格が下がる。マリーシアもそれを感じるだろう。
最初の茶会で、彼女は少ない椅子を見て寂しがった。王妃の話ばかりだったと、文にも書いていた。
あの文の「とても」という文字だけ、少し太く滲んでいた。
書きながら迷ったのだろう。可哀想に。
「呼べ」
私は言った。侍従長の目が大きくなる。
「ローレン侯爵夫人、カッセル伯爵夫人、グライス夫人。少なくともこの三人へは、個別に招待を出せ」
「陛下」
「王太后名でなく、私の名で」
侍従長は、すぐには返事をしない。そのわずかな間が、私の気分をさらに悪くする。
「何だ」
「陛下御名での個別招待となりますと、夫人方は断りづらくなります」
「断らせぬために出すのだ」
「出席は得られるかもしれません。ただ、出席なさった後の社交上の冷えは深くなるかと」
「社交上の冷え」
私はその言葉を繰り返した。よくもまあ、そんな曖昧なものを重大なことのように言う。
「茶会に来れば、話すだろう」
「言葉は交わされるでしょう」
「ならよい」
「言葉を交わすことと、近づくことは違います」
侍従長の声は静かだった。静かだが、譲らない。
「陛下の御名で来させられた、という形になりますと、夫人方は礼を尽くして座り、礼を尽くして帰られます。側妃様に失礼はなさらないでしょう。ただ、それ以上は」
「それ以上を望んでいるのだ」
「《《それ以上は、命じて得るものではございません》》」
机の上の書類が、少しずれた。私が指で押したからだ。
侍従長はそれを見ても、動かない。
「では、どうしろと言う」
「しばらくは、小さな席を重ねることかと」
「それではマリーシアが」
「側妃様には、セレスタ夫人とコリンナ様より」
「またその二人か!」
声が大きくなった。扉の外に控えている侍従が、たぶん聞いた。
だが構わない。
「マリーシアは、あの二人に囲まれて息が詰まっている。少し何か言えば止められ、呼び名を直され、菓子も茶も医師の言う通り。王宮に入ったのに、まるで監視されているようだと」
「御身を守るためでございます」
「皆、そればかりだな」
侍従長は黙る。私は返答の束を見た。
丁寧な欠席。祈り。寄付。王妃。
フレイアは王宮にいない。なのに、どの書面にも彼女の名が出てくる。
「……フレイアは、何をしている」
口にしていた。侍従長の肩が、ほんの少しだけ動く。
「王妃陛下でございますか」
「そうだ。公爵家で、まだ寝ているのか」
「療養中と伺っております」
「もう何日経つ」
「王宮を出られてから、二十日でございます」
二十日。それだけ休めば、ずいぶん楽になっただろう。
王宮では、毎日誰かが何かに困っている。
茶会、礼拝、寄付、配分、席順、側妃の部屋、夫人方の返答。
それらを、フレイアは今、何も見ていないのか。
「公爵家へ見舞いを」
「どなたの名で」
「私の名で」
「すでに一度、お見舞いの御文は出ております」
「返事は」
「公爵夫人より、王妃陛下は静養中につき、御礼のみ、と」
「フレイア本人からは」
「ございません」
私は少し眉を寄せた。
フレイアは、礼を欠く女ではない。私から文が行けば、どれほど短くとも返事を書くはずだった。
それが来ない。
「本当に読ませているのか」
「公爵家がどう扱ったかまでは」
「もう一度出せ。今度は、王妃府の状況も添えろ」
「王妃府の状況を、でございますか」
「そうだ。フレイアも、自分の府がどうなっているか気になるだろう」
侍従長は、まっすぐこちらを見た。
この男が、ここまで正面から見る時は、たいてい面倒なことを言う。
「陛下。療養許可状により、王妃陛下への新規執務確認は禁じられております」
「見舞いだ」
「王妃府の状況を添えれば、執務確認に当たる可能性がございます」
「可能性ばかりだな」
「書面に残りますので」
また書面だ。
私は椅子から立ち、窓辺へ歩いた。
外はよく晴れている。南の離宮の屋根が、庭の向こうに見えた。窓掛けの淡い金色が、遠目にも少し明るい。
あそこにマリーシアがいる。こちらには欠席の書面が積まれている。公爵家にはフレイアがいる。
皆、それぞれ別の場所にいて、なぜか私の机にだけ書類が来る。
「では、母上の名で」
「王太后陛下へ確認いたします」
「確認、確認!」
私は窓の桟に手を置いた。
「そなた達は、何一つその場で動かせないのか」
「動かしているからこそ、確認が要ります」
侍従長の返事は、今度も平然としていた。




