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「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


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33 側妃マリーシア――初めての茶会

 ……王宮の茶会というものは、もっと華やかなものだと思っていました。


 大きな部屋に、たくさんの花。綺麗な夫人達。若い令嬢達。

 皆がわたくしを見て、微笑んで、御懐妊おめでとうございます、王宮へようこそ、と言ってくれる。

 だって、わたくしは側妃になったのです。陛下の御子を宿しているのです。

 なのに、南の離宮の小広間に並べられた椅子は、思ったよりずっと少なかった――


 *


「これだけですの?」


 思わず言うと、セレスタ夫人が招待客の控えを見た。


「本日は、御身に障りのないよう、人数を絞っております」

「でも、ローレン侯爵夫人は?」

「王妃陛下御快癒祈願のため、修道院へお出ましとのことです」

「カッセル伯爵夫人は?」

「施療院へ」

「グライス夫人は?」

「同じく、御快癒祈願の寄付の件で」


 同じ言葉ばかり。

 王妃陛下。御快癒。祈願。

 まるで、この茶会よりそちらの方が大事だと言われているようでした。


「王妃様は、公爵家でご療養なさっているのでしょう?」

「はい」

「では、今日はわたくしの茶会ですわよね」

「はい」

「なのに、皆様、王妃様のところへ行ってしまうの?」

「王妃陛下のところではございません。修道院や施療院へ」

「同じですわ」


 私は椅子の背に手を置きました。

 白い椅子です。背のところに、淡い黄色のリボンが結ばれている。わたくしのために、南の離宮の女官が整えたものだそうです。

 可愛らしい。そこは、ちゃんと分かっている。

 でも、椅子が空いているのは可愛くありません。


「皆様、わたくしに会いたくないのかしら」

「マリーシア様」


 セレスタ夫人の声が少し低くなりました。


「本日は、御懐妊中のお身体を考えて、長くならぬよう整えております」

「身体身体って、皆そればかり」

「大切なことでございます」

「分かっていますわ」


 分かってはいます。でも、違うのです。

 わたくしは、病人として王宮に来たのではありません。側妃として来たのです。王の御子を宿した女として、ここにいるのです。

 皆がそれを見に来てくれてもいいはずなのに。


 やがて女官が来客を告げました。

 最初に来たのは、デュラン男爵夫人でした。

 男爵夫人。男爵家なら、わたくしの実家と同じくらいです。

 けれどこの方は、王宮慣れしているのか、入って来る時の一礼も、裾の扱いも、とても滑らかでした。


「側妃様には、本日お招きいただき、恐れ入ります」

「来てくださって嬉しいですわ」


 私は笑いました。

 デュラン夫人は、私の前で少しだけ頭を下げた後、セレスタ夫人の方にも目礼しました。

 セレスタ夫人も返します。二人は知り合いなのでしょう。

 それから、若い令嬢が二人。父親が宮廷に勤めているという子爵家の娘と、王太后陛下付き女官の姪。

 それから、レーヴェ本家からコリンナ叔母様。

 それだけ。

 いえ、あとからもう一人、伯爵家の若奥様が来ました。

 けれど、その方は座ってすぐ、


「王妃陛下の御身も案じられますわね」


 と言いました。

 最初の言葉が、それです。

 わたくしは、用意していた笑みをそのままにしていました。


「ええ。早くお元気になられるとよろしいですわ」


 そう答えました。

 セレスタ夫人が、わずかにこちらを見た気がします。きちんと答えたでしょう、と私は思いました。

 でも、その若奥様は次に、


「公爵家の医師も、たいそう腕のよい方とか」


 と言いました。

 王妃様の話が続く。私の茶会なのに。

 私はお腹に手を当てました。


「わたくしも、王宮医に診ていただいておりますの」

「それは何よりでございます」


 若奥様はそう言いました。

 それだけ。

 御子のことを、深く聞いてはくれません。男の子かしら、陛下はお喜びでしょう、などと、もっと言ってくれてもいいのに。

 お茶が出ました。今日のお菓子は、少し柔らかくなっていました。昨日のような鳥の餌ではありません。

 けれど、やっぱり甘さは控えめです。


「このお菓子、身体には良いそうですの」


 私は言いました。子爵家の令嬢が、すぐに笑いました。


「まあ、そうなのですね」

「でも、もう少し甘くてもよいと思いません?」


 そう言うと、その子は少し困った顔をしました。隣の女官の姪が、すぐ茶碗を持ちました。

 誰も、そうですわね、と言ってくれない。

 デュラン男爵夫人が、小さく菓子を割りました。


「御身に障りのないよう、厨房が工夫したのでしょう」

「皆、そう言いますわ」

「ありがたいことです」


 ありがたい。

 そう言われると、私が文句を言っているようになります。

 私は菓子を皿へ戻しました。


「南の離宮は明るくて、よろしいですわね」


 伯爵家の若奥様が言いました。ようやく、私の話です。


「ええ。陛下が、わたくしのために選んでくださいましたの」

「まあ」

「わたくし、明るい部屋が好きですの。王宮は落ち着いた色が多いでしょう? ここだけは、少し違っていて」


 言いながら、私は窓掛けを見ました。

 淡い金色。陽を受けると、部屋全体がやわらかく明るくなります。


「王妃様は、きっと落ち着いた色がお好きなのね」


 口にした後、コリンナ叔母様の扇が止まりました。セレスタ夫人が、茶碗を置きます。

 またです。

 また、何か言ってはいけないことを言ったのでしょうか。

 デュラン男爵夫人が、すぐに口を開きました。


「王妃陛下は、その場にふさわしいものをお選びになる方でいらっしゃいました」


 ふさわしいもの。好きなもの、ではなく。


「それは素敵ですわね」


 私は答えました。


 ――もう、これ以上言わない方がよい。


 そう思ったので、女官の姪へ話を向けました。


「あなたのおリボン、可愛らしいわね」

「ありがとうございます」

「わたくしも黄色いものが好きなの」

「側妃様には、とてもお似合いです」


 やっと、私の欲しい言葉が来ました。私は嬉しくなって、その子を近くの席へ呼びました。


「こちらへいらして」


 女官の姪は立ちかけました。けれど、セレスタ夫人の声が重なります。


「マリーシア様、そのお席はコリンナ様の隣でございます」

「少しだけですわ」

「茶会の席は、途中で動かさない方がよろしゅうございます」

「でも、こちらの方が楽しいでしょう?」


 令嬢の顔が赤くなりました。

 可哀想に。呼ばれて嬉しいのに、セレスタ夫人が止めるから困っているのです。


「では、後ほどお近くでお話を」


 セレスタ夫人はそう言いました。

 後ほど。また後ほど。今ではない。

 私は指先で茶碗の縁を撫でました。少し熱い。


「王宮は、本当に席が大事なのですね」

「はい」

「お茶の時くらい、好きな方と話せばよいのに」


 デュラン男爵夫人が、静かに微笑みました。


「好きな方と話すために、席をきちんとさせるのですわ」


 私は、すぐには返事ができませんでした。

 何か、上手く言い返された気がします。別に、言い負かしたいわけではないのに。


 *


 その後の茶会は、つつがなく進んだそうです。

 そう。

 セレスタ夫人は、終わった後にそう言いました。


「つつがなく、終わりましてございます」


 ――つつがなく。


 つまり、楽しかったわけではないのです。

 誰も大きな失敗をしなかった。ただそれだけ。

 デュラン男爵夫人は、終始にこやかでした。

 伯爵家の若奥様は、王妃陛下の御快癒を祈っております、と言って帰りました。

 子爵家の令嬢は、最後まで緊張していました。

 女官の姪は、私の黄色いリボンをもう一度褒めてくれました。

 それだけ。

 私は、もっとたくさんの夫人達に囲まれて、華やかに笑っている自分を思っていました。

 でも、実際には、小さな部屋で、少ない椅子と、薄いお茶と、甘さの足りない菓子。

 ……それから、王妃様の話。

 皆が帰った後、私は椅子に座ったまま、窓の外を見ていました。

 庭の陽は、もう少し傾いています。明るい部屋なのに、夕方になると金色が濃くなって、少し眩しい。


「マリーシア様」


 セレスタ夫人が声をかけてきました。


「お疲れでしょう。少しお休みを」

「疲れてはいません」

「では、横にならずとも、お椅子を替えましょう」

「疲れていないと言いました」


 声が少し強くなりましたが、セレスタ夫人は、頭を下げただけです。

 怒らない。いつもそう。

 怒らないのに、退かない。


「……皆様、次は来てくださるかしら」

「本日の御礼状を整えます」

「御礼状ではなくて」


 私はお腹に手を当てました。


「わたくし、歓迎されているのかしら」


 セレスタ夫人は、すぐには答えません。その間に、コリンナ叔母様が扇を閉じました。


「歓迎には、時間がかかることもあります」

「側妃なのに?」

「側妃だからです」


 叔母様は言います。私は振り向きました。


「どういう意味ですの」

「王宮で新しい立場を得るということは、皆があなたを見るということです。近づくかどうかは、見てから決めます」

「今日、見たでしょう?」

「ええ」

「では、近づいてくれるの?」


 叔母様は答えません。また。

 皆、肝心なところで答えません。


「王妃様には、皆様、近づいていたのですね」

「マリーシア」

「だって、今日来なかった方々は、王妃様のために修道院や施療院へ行ったのでしょう? 王妃様はここにいないのに。わたくしはここにいるのに」


 お腹の上の手に、もう片方の手を重ねました。


「この子もいるのに」


 叔母様の扇が、膝の上で少し沈みました。セレスタ夫人は、女官へ目配せしました。

 たぶん、茶器を下げさせるつもりなのでしょう。


「陛下に、お文を書きます」


 私は言いました。


「マリーシア様」

「いけませんの?」

「お疲れの時のお文は、少しお休みになってからの方が」

「疲れていません」

「では、文机を」


 セレスタ夫人は止めませんでした。止めてほしかったのかもしれない、と少しだけ思いました。

 止められたら、私はもっと言えたのに。

 でも文机が運ばれてきました。書面とペン。インク壺。封蝋。

 私は椅子に座り直し、ペンを取りました。


 ――陛下。

 ――今日、茶会をいたしました。

 ――皆様お優しゅうございました。

 ――けれど、王妃様の御快癒祈願でおいでになれない方が多くて。

 ――わたくし、少し寂しゅうございました。


 そこまで書いて、ペン先を止めました。

 少し、ではありません。とても、です。

 でも、とても寂しかったと書くと、陛下は心配してくださるでしょうか。

 心配してほしい。来てほしい。

 この明るい部屋へ来て、皆がまだ分かっていないだけだと、言ってほしい。

 私は、少し、の上に細い線を引きました。

 その横に、小さく書き直しました。


 ――とても。


 インクが少し滲みました。

 セレスタ夫人が、吸い取り紙をこちらへ寄せました。

 私は紙を置くと、黒い字が、ほんの少し太くなりました。



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