表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「側妃を迎える。準備は王妃府で」そう告げた王は、二ヶ月後、王座を失いました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/67

11 前王弟妃イルマ――参りましょう

「失礼いたしました」

「いや」


 兄が短く言いました。


「続けろ」

「はい」


 息をきちんとさせます。


「第五に、準備を王妃府へ一任。ここが、一番たちが悪いです」


 兄の杖が、床を軽く打ちました。義姉上の顔が、変わります。分かっていらっしゃる。


「側妃を迎えるなら、王、王太后、宰相府、儀典長、王宮医、女官長が先に動きます。王妃陛下には、相談と承認を求める。少なくとも、形だけでもそうする。王妃に準備させるとしても、それは王妃の許可と面子を守った上での話です」


 私は手紙を指で押さえました。


「今回は違う。妊娠した女を後から側妃にする。その女の入内準備を、正妃に十日できちんとさせさせる。これは、王妃の仕事ではありません。王妃への侮辱です」


 ユストのペンが止まりました。部屋の中で、誰かが息をする音がしました。

 私は続けます。


「そして第六に、王太后陛下」


 ここは、慎重に言います。

 私もかつて王家の女でした。王太后陛下の立場が難しいことは知っています。息子である王と、国の世継ぎと、王妃である嫁。その間に立つなら、簡単な言葉では済みません。

 しかし。


「世継ぎのためなら仕方ない、と仰せになったと」

「ああ」

「その言葉を、誰に向けたのでしょうね」


 兄が目を上げました。


「王にか。側妃候補にか。腹の子にか。王妃陛下にか」


 誰も答えません。


「王に向けたなら、甘やかしです。側妃候補に向けたなら、無責任です。腹の子に向けたなら、まだ王宮医の診断もない。王妃陛下に向けたなら、論外です」


 義姉上の指が、目録の上で一度動きました。


「論外」

「ええ。論外です」


 私は義姉上を見ました。


「王太后陛下は、フレイアを王妃として使ってこられた。先代王陛下の御命日も、修道院への寄付も、夫人方の不満も、王妃府が処理してきたはずです。その王妃に対して、世継ぎのためなら仕方ない、で済ませる。では、王妃は何なのでしょう」


 義姉上の目が、強くなりました。


「道具ではありません」

「そうです。道具ではありません」


 私は手紙を持ち上げました。


「この子は、まだ王妃として書いている。前例を確認したい、と。自分が傷ついたとも、帰りたいとも、助けてとも書かない。王宮の手順を守ろうとしている。これ以上、手順の側に立たせてはなりません」


 兄が、杖を強く握りました。


「私は、フレイアを連れて帰るつもりだ」

「よろしい」


 私は即答しました。義姉上がうなずきます。


「療養という名目でよろしいでしょう。公には、王妃陛下のご体調不良。私的には、公爵家で静養。王宮には、王妃陛下が側妃入内の準備を担える状態ではないことを伝える」

「王が拒むなら」

「拒めません」


 私は言いました。ここは言い切ります。


「王はすでに、王妃陛下を『丈夫だから』と扱っています。そこへ医師の診断を出します。公爵家の医師と、できれば王宮医にも見せる。王妃陛下が疲弊している。側妃入内の準備など任せられない。これを拒めば、王は王妃の体調を無視して身重の側妃を迎えた男になります」


 兄の口元が少し動きました。


「実際そうだ」

「だから、そう見せます」


 私は手袋を外しました。

 外した手袋を卓に置きます。

 指輪が見えました。亡き夫から受けたものです。先代王弟家の紋が、小さく彫られている。

 私はもう王宮には住んでおりません。

 けれど、この指輪がある限り、王宮の内側を知らぬ女ではありません。


「お兄様。私が同行します」

「王宮へか」

「ええ」

「早いな」

「遅いくらいです」


 義姉上が、そこで口を挟みました。


「私も参ります」


 兄が義姉上を見ました。


「お前は家で受け入れの準備を」

「私が行けば、母親の怒りになります。イルマ殿下が行けば、王家の指摘になります。あなたが行けば、公爵家の抗議になります」


 義姉上の声は丁寧でした。けれど、最後の方で少しだけ崩れました。


「全部、要るでしょう」


 兄は数秒、義姉上を見ていました。それから、うなずきました。


「分かった」

「では、順番を決めましょう」


 私は手紙を卓に戻しました。


「まず公爵家の医師を呼ぶ。フレイアの症状を見た医師でなくても、到着後に診断できます。王宮へは、王妃陛下のご体調を案じ、実家より母君と叔母君が見舞いに伺う、という形にする」

「父は」

「お兄様は、少し後です」


 兄の眉が動きました。


「なぜだ」

「最初からお兄様が行けば、王は公爵家が怒鳴り込んできたと受け取ります」

「怒鳴り込むが」

「それはあとです」


 義姉上が、少しだけ目を細めました。

 たぶん笑いそうになったのです。笑ってよいところではありませんが、気持ちは分かります。


「まず女たちで、フレイアの状態を確認します。母親と叔母です。見舞いです。王妃の部屋へ入る理由があります。そこでリーナから事情を聞き、フレイアを見ます。必要なら、その場で医師を呼びます」

「王が止めたら」

「止めた理由を聞きます」


 私は言いました。


「母と叔母が、体調を崩した王妃を見舞う。それをなぜ止めるのか。身重の側妃の準備をさせるためですか、と」


 部屋が静かになりました。

 静かになった、と言うより、皆が次の動きを考えている音になりました。

 ユストがペンを走らせています。義姉上は目録の一枚を別の束へ移しました。フレイアの私物を守るための束でしょう。

 兄は杖を持ち直しました。


「イルマ」

「はい」

「王太后陛下が出てきたら」

「私が受けます」


 ここは、私の仕事です。


「王太后陛下が『王妃とはそういうもの』と仰るなら、私は『王妃とは、王の不始末の後始末を十日できちんとさせる女のことではございません』と申し上げます」


 義姉上が、手を止めました。兄が言います。


「言うのか」

「言います」

「王太后陛下に」

「言います」


 私は指輪を撫でました。


「私は先代王弟妃です。王家の女であった者として、言う資格がございます。少なくとも、王宮の外で孕ませた女を飾るために正妃を使うことを、王家の事情などとは呼ばせません」


 そこで、扉の外から馬車の準備を告げる声がしました。ユストが顔を上げます。


「馬車の準備ができました」

「結構」


 私は手袋を取りました。

 指を一本ずつ通します。少しきつい。先ほど乱暴に外したせいで、布がずれていました。きちんとさせます。

 怒っていても、手袋はきちんとさせる。

 王宮へ行くのですから。


「義姉上」

「はい」

「フレイアに食べ物を持って行きましょう。王宮の見舞いではなく、母からの差し入れとして」

「卵と鶏のスープはリーナが用意させたと聞いております。こちらからは、焼き菓子と薄いクラッカーを」

「それと、塩を少し」


 義姉上がうなずきました。


「分かっております」


 分かっている人と話すのは、こんなに早い。王宮では、これを一から説明しなくてはならないのでしょう。

 側妃とは何か。王妃とは何か。妊娠とは何か。診断とは何か。十日とは何か。南の離宮とは何か。

 馬鹿馬鹿しい。本当に、馬鹿馬鹿しい!

 私は手紙をもう一度見ました。


 ――可能でしたら、イルマ叔母様に前例をご確認いただけますでしょうか。


「フレイア」


 名前が口に出ました。王妃陛下ではなく、姪の名です。


「前例はあります。けれど、これは前例ではありません」


 兄が扉へ向かいます。義姉上が目録の箱を閉じます。私は手紙を兄へ返しました。


「お兄様。これは大事にお持ちください」

「ああ」

「この子が、まだ手順で助けを求めた証です」


 兄は手紙を受け取りました。折り目に沿って、もう一度きちんと畳みます。

 扉が開きました。廊下の向こうから、外の光が入っております。馬車の金具が鳴り、馬が前脚で石畳を打つ音がしました。

 私は青の間を出ました。


「ユスト」

「はい」

「王宮へ先触れを。先代王弟妃イルマが、王妃陛下のご体調を案じ、母君である公爵夫人とともにお見舞いに上がる、と」

「ただちに」

「返事は待ちません」


 ユストの目が、そこで少しだけ光りました。


「承知いたしました」


 私は歩き出しました。王宮へ。フレイアのところへ。王のところへ。

 ええ、参りましょう。

 礼儀を教えに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ