ラキという男
ラキはユルよりも十歳ほど若かったが、その姿は「自己管理を放棄した不摂生の見本」そのものであった。
肉体の清浄を保つための聖水(風呂)を浴びるのは一週間に一度程度。そのため、頭髪は常に獣の脂のようにぎらついていた。背丈はユルよりも二十レメル(約20cm)ほど低いが、横幅は凄まじく、体重はユルの倍半分――およそ一点五倍はあろうかという肥満体型である。
さらに彼は、魔力を帯びた有害な嗜好品である「煙草草」をこよなく愛していた。四六時中吸い殻を燻らせているため、紫煙に燻された指先は無惨に黄ばんでいる。爪の手入れをする気も毛頭ないらしく、長く伸びた爪の隙間には、常に真っ黒い魔結晶の塵か泥のような垢がびっしりと溜まっていた。
また、一つの趣味をゆる~く続けるユルとは正反対で、ラキは恐ろしいほどの多趣味であった。四十の坂を越えてから「小型の魔導二輪(50ccバイク)」の操縦免状を取得し、それを不法に魔改造することに嵌まったのを皮切りに、幼少期から嗜んでいる釣り、野営、雪山滑走、南洋の小弦琴、低音霊琴、自作の幻視筐体(自作PC)の構築、遠隔魔導遊戯、そして勝負師の集う賭博場など、手を出した領域は数知れない。
とはいえ体は一つしかないため、現在はもっぱら魔導二輪、賭博、釣りを主軸とし、気が向けば小弦琴を鳴らし、遠隔遊戯の異界に潜る、といった優先順位で日々を消化していた。
食生活の乱れも常軌を逸していた。彼は体内の魔力循環が崩れ、血中の糖が暴走する『消渇の病(糖尿病)』を患っていた。本来なら厳格な食事制限が必要な重病である。ラキは食事のたび、腹に「糖を鎮める秘薬」の注射針を突き刺していたが、「この薬を打てば血が清まるから問題ない」を免罪符に、大食漢としての暴飲暴食を一切改めようとしなかった。
ユルがこの魔導器管理班に配属された当初、ラキから「今度、山で野営をしないか」と誘われ、ほんの少しだけ心が動いたことがあった。しかし、ラキが「飯なら俺が作ってやるよ」と口にした瞬間、ユルの脳裏に「あの真っ黒い垢が詰まった爪先で捏ねられた肉」の映像が鮮明に浮かび上がり、鳥肌が立った。ユルは即座に首を横に振り、野営の誘いを断絶した。
先述した煙草草についてだが、この管理班では「一仕事終えるごとに、煙草草を燻らせるための小休憩を取る」という悪しき暗黙の了解(通常は朝、昼、夕の数回)が存在していた。しかしラキの場合、術式の区切りが良いという建前を見つけては自席を離れ、一度の離席で砂時計が半周(約30分)するほど戻ってこない。
さらにタチが悪いのは、その休憩の前後だった。彼は自分の話し相手になってくれる者――いわば、適当に話を合わせてくれる者の席へふらふらと近づき、業務に関することではあるが「自分には一切関係のない他部署の術式エラー」などの長話を、延々と語り続けるのだ。調子が良いと、それだけでまた半刻(30分)は平気で時間を潰した。
この管理班の定刻労働は八刻(8時間)と定められていたが、ラキが実際に真面目に手を動かしているのは、実質的にその半分の四刻程度であった。
当然、そんな働き方で割り振られた古代魔導器の点検が終わるわけがない。彼は日没の定刻が過ぎてから、「残業手当(夜間倍率の報酬)」という名の割増金をちゃっかり受け取りながら、残った仕事をゆるゆるとこなすのだ。しかも、定時退勤の半刻前になると、必ず「最後の煙草草」を吸いに姿を消し、ほぼそのまま退勤時間まで戻ってこない。
彼の病は、魔導薬でも完治させることができない過酷な『一型消渇病(一型糖尿病)』であり、病そのものは不憫であった。しかしラキは明らかに、その病を「大目に見て貰える盾」として利用し、堂々と職務を怠慢していた。ギルド(会社)側もまた、「病に苦しむ哀れな者」という大義名分の前には、それ以上強く術式改ざん(サボり)を咎めることができない状態が続いていた。
ユルがこれほどまでにラキを嫌悪しているのは、単に不摂生だからでも、仕事をサボるからでもない。かつてラキが、ユルに対してだけ剥き出しにした「醜悪な本性」を目撃してしまったからだ。
ユルが現在の職場に配属された当時、もうすぐ定年(ギルドの引退年限)を迎えようとしているカミという老魔導士がいた。カミはユルの指導係であり、右も左もわからないユルに、半年もの間、丁寧に古代魔導器の扱い方を教えてくれた恩人であった。
そのカミがいよいよ現役を退き、この場所を去るという最後の日のこと。カミはユルとラキの目の前に、「これで残ったメンバーと美味いものでも食ってくれ」と、二万硬貨(二万円相当)の入った革袋を差し出した。
その瞬間だった。ラキはカミの言葉が終わるか終わらないかのうちに、半ばひったくるような手つきでその金袋を奪い取った。口先だけで「あざっす」と感謝の言葉を述べてはいたが、その目は完全に金の光に眩んでいた。ユルも深く頭を下げて感謝を伝えたが、同時に強烈な確信を抱いた。
(ああ、あの金はすべて、ラキの懐に消えるのだろうな)と。
その予感は、最悪の形で現実となった。あれから十年近くが経過した今に至るまで、ラキの口から「カミさんの金で食事に行こう」という提案はただの一度もなされていない。
ユルはギルドの従業員の中で、仕事以外に付き合いのある友人は一人もいない。もし今になって「あの時のカミさんの金はどうした?」と問い詰めたところで、ラキは白々しくとぼけるか、あるいは「ああ、あれ? 悪いけど、他の連中と食いに行っちゃったよ。お前、誘ってもどうせ来ないだろ?」と、ユルに友人がいないことを引き合いに出して嘲笑うに違いなかった。
(この男は、根っこから魂が腐り果てている)
それ以来、ユルはラキという人間に一切の情を捨て、心底から大嫌いになったのである。




