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ユルの生活~はぐれ魔導士、気づけば国家の動乱を語る~  作者: hate2think


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ユルの業務とダマの復帰

我が『火長組』が扱う古代の魔導器は、俺が組織に加わるはるか前から存在するもので、その操作経験が乏しい俺にとっては、複雑な術式設定を一つ探し出すだけでも、果てしない時間がかかってしまうのが最大の難関だった。


真に熟練するまでは、必要な手順や術式の構成をすべて書き出し、それを見ながら詠唱するほかない。


本来の所有者である依頼人のもとへ赴き操作するわけにはいかないが、幸いなことに、本物とほぼ同じ挙動を再現できる幻影の魔導器―通称『幻影器』が手元にあった。俺はこれに向き合い、一つひとつの術式手順を羊皮紙に書き写す作業を黙々と進めた。


一応、王国が発行した公式の術式解説書というものも存在する。しかし、これが如何せん、難解で不親切極まりない。


ユルにとっては、他人が作った教科書をなぞるよりも、自身の言葉で解釈し、自身の魔力回路に落とし込む方法こそが、最も腑に落ちて理解できるのだ。どれほど時間がかかろうとも、この「自分だけの魔導書」を編纂する工程だけは、絶対に省くわけにはいかなかった。


しかし、万能に見えたその『幻影器』にも、致命的な制限が存在した。 その幻影器が投影できる言語は、エルフ語、ポル・トガル語、オラン・ダ語、イタ・リア語、エスパ・ニア語、フラ・ンス語、ド・イツ語といった、はるか遠方の『西方七大言語』に限られていたのだ。


当然、ユルの国で使われているのは『日ノ本の霊言』であり、彼らが相手にする依頼人が魔導器に刻んでいる術式もまた、ほぼすべて日ノ本の霊言である。


つまり、幻影器が示す西方の文字をそのまま書き写すだけでは、現場ではほぼ役に立たない。ユルは、幻影器が映し出す異国の術式手順を、一つひとつ己の国の霊言へと精緻に「超訳」し直さなければならなかった。


ただでさえ難解な古代の仕組みを、さらに言葉の壁を越えて再構築していく。それは、人知れず莫大な集中力を要する、孤独な術式反転の作業だった。



しかし、ユルは他者から突然話しかけられるのが、何よりも得意ではなかった。 ひとたび魔力回路の同調が途切れてしまうと、元の精緻な作業へと意識を戻すまでに、多大な時間と労力を要してしまうからだ。


そのため、彼は日々の編纂作業を行う際、外部からの音や雑音を遮断する魔導具―『遮音の呪符』を両の耳に仕込み、周囲の気配を完全に断つことで、己の精神を深い集中状態へと沈めていた。


それは、喧騒に満ちた『火長組』の部屋の中で、ユルが静寂を保つための唯一の防衛結界でもあった。


また、ユルは他愛もない雑談、ましてや中身のない世辞話に合わせて「愛想笑い」を浮かべるような器用な真似は、到底得意ではなかった。 周囲から聞こえてくる中身の薄い雑談や、意味のない笑い声は、精神を研ぎ澄ませたいユルにとっては、思考の波を乱す不快な精神騒音でしかなかったのだ。


群れに迎合せず、愛想も振りまかないユルは、当然ながら『火長組』の中では完全に浮いた存在だった。 夕刻を過ぎ、組の構成員たちが酒場へと繰り出し、宴や食事に興じる席の誘いからも、ユルはいつしか自然と外されるようになっていた。


だが、ユルはそれを寂しがるどころか、むしろ大歓迎していた。 「無駄な時間と魔力を消費せずに済む」 周囲の陰口など全く気にも留めず、彼は静かに、己の聖域へと帰路を急ぐのだった。





先ほど、ユルの隣の席に座る現同僚であり、かつての上司でもあった男―『ダマ』が、チュウフの出張所から、より大きなジュクシンの本山へと旅立っていった。


表向きの理由は、精神を蝕む病―『瘴気』を祓い、改善するための全六回に及ぶ「禊の講習」の、記念すべき第一回目を受けるためだという。 ダマは先日、その瘴気によって前触れもなく一ヶ月もの間、戦線を離脱し、つい最近復帰したばかりの身だった。


この一ヶ月の休暇前、ダマは『火長組』を統べる『若頭』という高い役職に就いており、ユルの直接の指揮官でもあったのだ。


しかし、ユルをはじめとする『火長組』の構成員たちは、ダマが本当に瘴気に侵されていたのか、深く疑っていた。 というのも、彼が戦線を離脱していた一ヶ月の間、ダマが愛用する私設の幻影通信鏡には、自身の派手な法衣の動画が頻繁に投影されていたからだ。それだけではない。彼が昼餉に訪れた飯屋の領地地図への道標や、飯屋の格付けなどは、驚くほど精力的に更新されているのを、組のメンバーたちはしっかりと補足していた。


「あいつ、ただのサボりじゃないのか?」


そんな疑惑の中、復帰早々に「頭数」としてだけ数えられ、ろくに実務もこなさないまま、全六回もの禊の講習へと大手を振って出かけていく。 戦力の穴埋めで割を食うユルたち現場の人間にとって、それは迷惑千万以外の何物でもなかった。

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