生命ある者たち その1
波の打ち寄せる光景が廊下の丸窓からよく見える。その廊下をティーネは確かな足取りで進みつつも、あまり気分が浮き立つことはなかった。
目的の部屋までたどり着くと、ティーネは息を吐いてからノックをする。
「兄さん。折角来たのだから、客船を一緒に見て回りましょう?」
しかし、いくら待っても部屋から返事が聞こえてくることはなかった。何となく予想していたとしても、気分が落ち込むのは……家族だというのに距離を感じるからだろう。
「……一体、何を考えているの?」
そういう人だと分かっていても、ティーネはため息をつくしかなかった。
*
ティーネが自室へと戻ると、部屋にはコハクが海風を楽しんでいる。
「そんなに気に入ったのなら、甲板に出ない?」
「そうね。この部屋も十分広いけど、もっと広い場所で体を動かしたかったし。水の上って不思議な気分ね」
ティーネは表情を緩めて、コハクの隣に並んで窓から見える海を眺めた。
「私もこの客船に乗ったのは初めてだから詳しく知らないけれど、遊技場とかバーとか様々な施設が併設されているらしいから」
「アタシがそういった貴族の娯楽に興味があると思う? 剣を振るくらいしか能がないのに」
コハクの自嘲に、ティーネは首を振った。
「実際のところ、貴族の娯楽と呼ばれるのは洗練された上品なものだけじゃない。多分、どこにいても人は誰かと遊戯を楽しんでいるだけ。そして、遊ぶのは私と貴方。だから、そんなに気負わなくて良いの」
そんな会話をしていると、部屋の外からノックする音が聞こえた。ティーネが扉を開くと、ブリューゲルが部屋に入ってきた。
「……すまない、友人といたのか」
一瞬、服装を見て貴族かと緊張した表情をしたが、ブリューゲルの無愛想な顔を見てそういった人種ではないだろうと気を緩めた。
「アタシは気にしないわ」
そうして部屋から出ようとするコハクを、ティーネは引き留めた。
「紹介するわね。この人はブリューゲル。色々と仲良くしてくれてるの。頭が良くて、頼りになる人だからコハクも何か困りごとがあったときは尋ねてみてね」
「なるほど、君がコハクか。白花から話は聞いている」
ブリューゲルの言葉に、コハクは一瞬あの師匠が自身のことをどう語ったのか気が気でなかった。
「……はぁ、師匠の知り合いなら悪い人じゃなさそうね。よろしく」
「ブリューゲルはこれからどうするの? 貴方がいると心強いのだけど」
「私は社交界に興味はない。今回ここに来たのは、私用があってのこと。……君がここにいることもつい先程聞いたばかりだ」
少し不満そうに、ティーネはブリューゲルを見つめた。
「それは兄から?」
「……ひとまず、この船には企みを持って乗船している者たちが多くいる。出港してしまった以上、陸に上がるまでは護衛と、そこにいるコハク君から離れないでくれ」
「それはいいけれど……私を加えてくれてもいいんじゃない?」
ブリューゲルは真っ直ぐ見つめるティーネから目線を逸らす。
「この件に関して、君は無関係だ。関わるべきじゃない。それに、これは荒事になりかねない。君が戦うと決めた場所ではないだろう」
「……」
「無茶はしないでくれ。誰もそれを望んではいないのだから」




