老爺心
ブリューゲルという男にとって、研究以外のことに関心を示すことは滅多にない。正確に言えば、敬意を持って人に接する態度は見せるものの、心を傾けるまではいかない。それこそが、彼の判断基準だ。
しかし、そんな男でも例外はある。整えられた研究室の中で、芳しくない実験成果を確認した。
その机の端で最初に生み出した『賢者の石』、後に結晶石と呼ばれる造物の産物がケースに入れられている。それの誕生を人々は奇跡だと称賛したが、ブリューゲルにとっては苦難の始まりに過ぎなかった。
「無限の可能性、か…」
かつて呟いたその言葉を今一度確かめる。
その言葉に込められた思いは希望だけではないと実感しているからだ。そう、それこそが最も厄介な敵なのだと知っているから。
*
「──息子はまだまだですが、これから家督を継いで落ち着きを身に着けていくでしょう。興味がおありなら、ティーネ殿も後日我が家の主催するパーティーにお越しくださいませんか?」
丁寧な態度で談笑する男に、ティーネは笑みを作りきっぱりと断った。
「お誘いは嬉しいのですが、友人との付き合いを大切にしたいのです。私のわがままかもしれませんが」
男は少し不満げな表情をしたが、すぐに繕って笑みを見せた。
「いいえ、そういった繋がりは掛け替えのないものですから。ですが、貴方が興味を持てばいつでも我が家を訪ねてください。歓迎しますよ」
「ええ、お心遣いに感謝します」
そうして一人が去り、また一人がティーの前へと出てくる。まるで長い列でもできているように幻視するパーティー会場で、気に長くなるような感覚にティーネは疲れを感じていた。
その列を割ったのは、一人の体躯の大きな老人だった。
「ティーネよ、疲れてはいないか?」
「大叔父様、そうですね。このあたりが良いかと思います」
「よし、帰宅じゃ帰宅。さっさと帰るぞ」
「なんじゃ、お主ら。ティーネだけが目当てでもなかろう。そんなに我が家の後ろ盾が欲しいのなら直接来ればよい。もしくはあの堅物か、うつけ者でもここに引きずり出せばよかろう」
周囲の視線をガッハハ、と笑い飛ばしてコルネリオはティーネを会場から連れ帰った。
帰りの馬車の中で、ティーネは引き締めていた気力をやっと緩めた。外は雨が降りしきっていた。
「疲れたか、ティーネよ」
「あのまま矢継ぎ早に押しかけられていたら逃げられなかったのかもしれません」
「全く、どいつもこいつも軟弱者しかお前に差し出せんのか。気概を持ってお前を娶ろうとする者がいるのなら、お前を任せても良いかもしれんがな」
「今回も、大叔父様の目に叶う人はいなかったんですね」
「……お前は好きに選べばいい。聡明なお前のことだ。そういったものと恋愛をしたいのなら、ワシもそれを許そう。お前に添い遂げようというものであれば、ワシは止めんさ」
そう言いつつも、コルネリオもティーネにその気がないと知っていた。そして彼女が自ら課した責任からは逃げないとも。
「大叔父様は、私がそんな気はないとわかっているでしょう?」
「さあな。運命の悪戯というのも捨てきれんだろう」
「そういったものに夢を見るなら、可能性はあると思います」
ティーネに、そういったものを見るつもりは一切なかった。
「大層な夢でも馬鹿な夢でも何でも見ればいい。ワシらは戦士じゃ、尊き血も下賤と呼ばれる者の血も何も変わらんと知っておる。その点だけはあのうつけ者を認められるんじゃがな」
等しくそれらは大地に染み込むのだから。
「……」
ティーネの表情を見て、コルネリオは話題を変えた。
「あいつの話をしても仕方なかろう。お前の話を聞かせてくれ。誰かに手紙を送っておるのじゃろう?」
「相手は大叔父様も知っていますよ。以前お話してくださったコハクちゃんです」
「おお、あの者か。あの山の者は気骨があって、中々悪くない。最近だと、儂らの中に小童が一人入ってきたな。レック、とかいう気合の入った奴じゃったが。イェルクに任せているが、あの腑抜けよりも断然マシじゃな」
次はコハクにエスコートを任せてもいいかもしれない、とティーネは窓の外に広がる雨を見ながら思った。




