約束
「良いお菓子を持ってきたのよ。そろそろいい時間だから、ミシェルも少しお腹が空いたんじゃない?」
ティーネにそう言われて目を輝かせていたミシェルは、何かにハッと気づいて立ち上がった。
「あ、もうこんな時間。アリアとテッドのとこに行かないと。二人とも、じゃあね!」
そういってミシェルは笑顔で去っていった。
それを同じく笑って手を振りながら見送り、コハクに向き直った。
「相変わらず、あの子は元気ね。ミシェルの相手をしてくれたみたいで、ありがとう」
「逆よ。アタシとしても、あまりパーティーに参加しようと思えなかったし、連れ出してくれたのはいい口実になったから」
お礼を言われるようなことではない。ただ喋っていただけなのだから。
「ふふっ、素直な人なのね」
そんなに笑うことだったのか、或いは馬鹿にされているのか。どちらにせよ、ティーネは愉快に笑う。
「私は好きよ。素直な人が」
「……言いたいことだけ、言ってるからね」
「あぁ、いいえ。貴方が不器用に見えるのは少しあるけれど、仮面を被っている人たちの相手をしても親しくはなれないから。強かな人ばかりで、気を緩められない。私とは、気安く接してほしいわ。同年代だもの」
「そう、好きにさせてもらうけど」
最初から他人に遠慮しているわけじゃない。
ただ、何もなく終わるのならそれでいい。
「えぇ、途中から聞かせてもらったけれど、私も戦士のお話は好きなのよ」
目の前の少女は、本当に血生臭い戦いを知っているのだろうか? いや、知らないはずだ、とコハクは思った。明らかに戦える体つきではない。
「悪いけど、騎士の物語とかロマンチックな要素は期待されてもないからね?」
ミシェルに対しては表現を優しくしたが、それでも戦場の過酷さやそれを乗り越える知恵のような話を教えた。彼女がそれを求めていたし、それに応えることに抵抗はない。けれど、脚色することは得意ではない。物語作家ではないのだから。
「まあ。確かにそういうものも心が浮き立つわ。でも、今回は貴方の話を聞きたいの。大叔父から聞いてはいるのだけれどね」
「大叔父?」
「コルネリオ閣下のことよ」
コハクはあの声がやたらと大きくて、将官だというのに最前線に立とうとする老人を思い出した。師匠やコハクたちは彼らに協力する形で、瘴気の脅威を退けてきた。
「私の氏族は……そういった戦士の家系だから、あまり社交界とかに出ることもなくてね。幼い頃から聞いた寝物語も、戦士の名誉とか責任、あり方に関するものだった」
そういうティーネの瞳には信念が宿っていた。
アタシたちと何ら変わらない、剣を振るう信念が。
「私は戦士ではないけれど、そういった人たちを支えたいの。だから、お友達になりましょう?」
*
コハクの話を、ティーネは相槌を打ちながら聞いていた。けれど、それはどんな戦いをしたのかというよりも、戦うときに感じた恐怖や不安、仲間の頼もしさ、そういったものを話した。
一通り終えたあと、ティーネは一つ質問した。
「コハクは、何かやりたいこととか夢はあるの?」
「やりたいこと…」
具体的に何か叶えたいものがあるわけではない。
綺麗なドレスも、アクセサリーも、それが美しいとは思えても、それに浸ることができないのと同じように。
「アタシは多分、家族を守れればそれでいいわ。受けてきた恩をちゃんと返したり……役に立ちたい、かな?」
「コハクは充分すごいわ。大叔父だって、貴方のことを評価していたもの」
確かに年齢で言えばそうなのかもしれないが、他の姉弟子や兄弟子たちに比べるとそう変わらないとも思う。やってることは何も変わらない。
「剣を握る理由なんて、そんなに変わらないんじゃない? みんな、必死で剣を振ってるだけよ。そこに敵を討ち取った数なんて対して関係ないし、どれだけ剣を振ってきたのかも特別じゃない」
「……どうなんでしょうね。家族でも、時折何を考えているのか分からないことがあるから」
ティーネは紅茶を口に運んだ。
「私は剣を握れないから、あまり分からないの。物語で聞いても、それは実際の重みじゃない。苦難も、傷も、経験も、全て彼らのものであって、それを遠くから眺める私たちではないでしょう? だから、あの人が自らの為に戦っているのは分かるのだけれど、私にはそれの意味を知らないままなの」
本当に仕方がない、というように微笑む。
「あの人は自分に対しては何処までも厳しい人だから。そして、他人に理解されようとも思わない。何も教えてくれない。私は、家族が一人で進んでいくのを見ていることしかできないの」
「それは随分と、苦労しそうな相手ね」
「本当に。ふふっ」
「うん、やっぱり私が手配しておくから、次もお話しましょう。ミシェルも人が多い方が喜ぶと思うし」
「そうね、断る理由もないわ」
再会の約束をして、その日は別れた。
パーティーに戻ると、ティーネは人に囲まれていてにこやかに応対している。コハクが自然と目をティーネに向けていると、ティーネはこちらに気づいて誰にも気づかれないようにウインクをした。




