気に入らない
師匠の下にいた頃、ヒスイとの交流は……実際のところ、それほどコハクにとって良い思い出ではなかった。ケイシャがちょっかいを出してくる、ということもあったがあまり会話が長く続かないことの方が苦痛だ。剣を振っているときのほうが気が楽になるくらいには。
「そんな細い身体だと、剣もまともに握れるわけないわよね…」
ヒスイの身体を起こしてあげたとき、ついそんな言葉を口に出してしまった。とっさに謝ったが、本人は気にした様子もなくこう言った。
「みんなを見るのが好きだから。ぼくにできることはあんまりないけど……でも、その場にいられるだけで、それで誰かが喜んでくれるならいいと思う」
「やりたいこととか、ないの?」
「今はとくにないよ」
全てを諦めているのか、それとも本当に何も思いつかないのか。見ているだけで、こっちの気が滅入ってくる気がしていた。
「そんな曖昧だと、ケイシャにまた良いように使われるよ?」
「二人みたいに、逃げ回れないから。あまり隠れられる場所もないし」
抵抗する気力も見えないのなら、一体どうしてこの子は生きているのか。ただ虚しく見える。
「……なら、レックと一緒に逃げれば? アイツなら、元気が有り余ってるだろうから」
「うん。頼んでみるよ」
いつも会話はこんな宙にぶら下げられたような中途半端なところで終わる。ヒスイが何を感じて、どう思っているのかよく分からない。
そのふわふわとしたような雰囲気が逆に上の弟子たちの関心を引くのか、コハクがいなくてもヒスイは目をかけられていた。結局、ヒスイと仲良くなろうとする努力は諦めることにした。
*
「……育児の話を私に聞かれても、何も答えられない。力になるとすれば、それは私のような学者ではなく家庭を持つものに聞くのが最良だろう」
呆れた目でブリューゲルは目の前にいる白花を見つめた。尋ねた本人はそこまで真剣そうな表情には見えない。
「答えが欲しいわけじゃない。君の意見を聞いてみたかっただけだ。それに、君は答えよりも疑問の方が得意だろう」
「なら、シュトラウスに聞くといいだろう。彼には娘がいる。君が目をかけている子と近い年代のはずだ。シュトラウスも面倒見がいい。それと……」
ブリューゲルは何かを言いかけて、少し言葉を濁した。
「当てようか。あれの妹だろう?」
「ティーネなら、確かに誰とでも友達になれるだろう……新しい友達を紹介する良い機会かもしれないな」
「あれは何とも言わないのか?」
「いつも通り、妹のことであっても不干渉だ。私にも、何を考えているか時々分からなくなる」
「ま、あれを理解できるのはあれ自身をおいて他にいないだろうな」
*
コハクは師匠に連れられておめかしされながら、に向かうことになった。
「これ、動きにくいんだけど。後からじゃだめだったの?」
「私に、これの着せ方が分かるように思うか? 流石にケイシャの分まで運賃を出すことはできないし、仕方ないだろう」
その気合の入りように、コハクは少し気恥ずかしくなっていた。
「どっちもお嬢様なんでしょ。アタシなんかが相手をして、大丈夫?」
詳しいことは特に聞かされていなかった。
行くか行かないかを問われて、気晴らしに行くと答えたらこんな格好をさせられた。
「何か問題があれば私が何とかするさ。ま、相手はシュトラウスの娘で、まだ幼いから大丈夫だろう。あと、ティーネという子は……お嬢様ともいえるが、少し特殊だから気にしなくていい」
どういうことなのか、と聞こうとしたことも簡単な言葉で返された。
「実際に会えば分かる」
少し不満げな目線を送っても、師匠は笑うだけだった。
師匠がいれば、不安に思ったりはしないと思い直して長い道中の時間、師匠と二人っきりの時間で気を紛らわした。




