過ぎ去った歳月
熱にうなされるように朧気な意識の中で、何かが頭の上に置かれた。薄っすらと目を開けると、近くてま看護していた人物も気付いたように笑う。
「目が覚めたか。……あまり無理をするんじゃない。弱れば、瘴気に容易くつけ入られる」
そう言っても起き上がろうとするコハクを、師匠は支えるように腕を回した。
「……良い匂いがする」
「食欲はあるか? 簡単な雑炊を作った。できるだけ、食べたほうがいいだろう」
一体どれほど寝てしまっていたのだろう。
「……あの子じゃないのに、アタシが倒れるなんて…」
無理に動こうとして師匠に泊められた。
「お前はまだ子どもだ。そこまで気にすることじゃない。瘴気の方は私が軽く取り除いてやったから、すぐ回復するだろう」
気怠さと疲れから、つい師匠の胸元に頭を預けた。少し欲が出て、もう少しだけ、と体を傾けた。
「ん? どうした。私に甘えたいのか? 頬が赤いぞ」
「……」
バレていたことに恥ずかしさを感じて、目をぎゅっと瞑った。
「ははっ、もう少し側にいてやるからそんなに強く抱きつくな」
そのひんやりとした手が額に添えられると、濡れた手拭いよりも心地よく感じた。
「コハク、お前があの子から距離を取ろうとしてるのは分かる。ヒスイはあまり無理ができないし、多くのことで手助けが必要だろう。それでも、お前が大人びる必要はない」
「そんなに綺麗じゃない……。アタシは、ヒスイのことを少し…羨ましいって思っただけ。私には、あんなふうに振る舞えない」
きっと心の中に渇望があるとしたら、それはきっとアタシの場合師匠の腕の中だった。
「見てほしいとか…そういうのじゃないけど。アタシは、大切に思われてるのかな?」
「お前は独りじゃない。ヒスイも、お前も、他の弟子たちも私にとっては特別な存在だ」
そう言い終えた後、師匠は少し考えた素振りを見せる。
「……ふむ、だがお前さんは私以外の心の拠り所を……こほん、友達をあまり作ろうとしないだろう。お前の気質からして多くを求めないのは分かっているが、それでも気の置ける友を作ったほうがいい」
「とはいえ、お前さんと同年代となると二人くらいしかいないな」
「レックは喧しいから、鍛錬のときだけでいい…」
「はは…、となるとやはりヒスイの面倒を任せるのがよさそうだな」
「やれと言われたらやるけど…」
他の弟子たちと異なり、コハクは愛想よく世話をすることはできない。
「あいつはそこまで気にしないよ。むしろ…欲が見えないほうが厄介なんだ」
*
体調が戻ってきて、コハクは仕方なくヒスイの部屋へと向かうことにした。他の弟子たちとは違って、ヒスイにだけは少し余裕を持って寝かせられる空間が与えられていた。
扉を開くと、ケイシャがいた。
ヒスイを膝の上に乗せて、ヒスイの髪を結んでいた。
「……何やってるの?」
少し困ったようにヒスイは視線を彷徨わせていた。
「あっ、コハク。どう? 可愛くない? この少し照れてる感じというか、恥じらい、というか」
「……」
ヒスイは弄ばれていた。
きっと強くいえなかったのだろう。
何かにじっと耐えるように俯いている。
しかも、何処からか持ってきた少女ものの服を着せられていた。意外と似合っていた。
「どこからそんなもの、持ってきたの?」
「どこって、元々コハクにあげるつもりだったんだよ? でも、なかなか着てくれないし、師匠もこんなに大所帯になってから弟子を取るつもりがなくなったみたいで…妹弟子が、全然いないのよ…」
話を半分で聞きながら、少し視線を横に向けるとずらりと並べられた衣装があった。もう既に、着せられたのかもしれない。
その事実に戦慄していると、魔の手がこちらに伸びてきた。
「ってことで、コハクもコーディネートしてあげるよ。ほら、こっちに──」
その瞬間、背後から襟を引っ張られてギリギリで魔の手から逃れる。
「早くこっちに来い! 逃げるぞ!」
いつの間にかそこにいたレックが、いつもの明るい表情ではなく顔を引き攣らせながら腕を引っ張っていった。




