プロローグ 2
しかし、それはただ傲慢で子どもの戯言だ。自分のミスが、弱い自分が、どうしても赦せないのだ。
俺はそんな人間だ。
彼女を撃ち殺した後に、誘拐犯も同様に撃った。地に伏せるその姿。俺はそれを見下した。
転がる二つの肉塊。
魂の抜けた入れ物。
ひとつは他人で、ひとつは愛した人。
それを見ていると、怒りは引いていった。誘拐犯にはなんの躊躇もなかった。突然、その現状が恐ろしくなった。
頭を掻き毟り、その場に倒れこむ。人の命を奪うことに、俺は――。
いつから俺はこんなにも醜くなったのだろう。汚れない手。しかし、確実に心は真っ黒だ。
あの子の表情は今でも頭の中で浮かんでいる。死してなお、俺の中で生きている。もし、本当にそこにいるのならば、彼女はなんと言っただろう。
こんな小さな俺を見て、彼女はどんな顔をするだろう。
笑ってくれるかな。俺だから仕方ないと言ってくれるかな。
怒るかな。俺は残忍な人間だと、言うのかな。
悲しむのかな。なんでそんなことをしたのかと泣いているのかな。
それさえも、確かめることさえできやしない。
急に笑いがこみ上げてきた。
独り彼女と思い出を詰め込んだ部屋の中心で。
その衝動に抗おうなど思いもしなかった。
乾いた笑気がくっくっと声を出した。静かに暗く、卑屈に。
――なんで死んでしまうだよ。なんであの時あんなこと言うかなぁ。なんで俺は引き金を引いたんだよ。なんで。なんで俺は撃つ以外に何もできなかったんだよ。
どうして……どうして、俺には力が……ないんだよ。
――もう一度、会いたいよ……。
プツン。
デジタル化が進み、アナログテレビはゲーム用として脇に置いていたそのブラウン管テレビは、砂嵐を持ち込みながら点いた。
驚いて目を向ける。砂嵐は耳障りだ。しかし、目を離すことはできなかった。
不規則的に流れる画面が、自分の心を映しているようだった。
砂嵐が居座る時間は案外短くて、すぐに画面から消えた。元の暗い世界に戻る。だが、電源は点いている。
不思議に思ってブラウン管に近づいた。厚く埃の被ったテレビは何か言いたげにこちらを見ている。
無機物のくせに、黒い画面が瞳のようで、吸い込まれそうだった。
その画面に、白い文字が、パソコンに文字を打っていく様に浮かび上がった。
[--Are you ready?--]
古いフォントで打ち込まれた短文が英語だと気づくのに少しの時間を要した。第二言語として日常的に使用していた文字に戸惑いを感じてしまう。
思い出すと、ここ数週間は部屋から出たためしがなかった。
――準備ってなんだろう。
疲れ切った脳みそは光を求めるように好奇心を開いた。
この状況でも食欲が生まれるのと同様に嫌気がさしたが、初めての経験が進行形で継続するせいで抑え込むことは不可能に等しかった。
アナログってもう点かないはずだよな。地デジカが嘘を言うわけないしな。
それも三年も前の話だし。
[--Your girlfriend lives--]
あなた……の彼女は…………生きている!?
瞬間、テレビに覆いかぶさっていた。
画面の両端を握りしめ、怒鳴り散らす。久々に口を開いたため、思うように舌が回らない。
「どっいうことだっ! あいつはもうし、死んだん……だぞ! 俺が、俺が殺したんだよ!」
その叫びに似た嘆きに画面が答えることは、なかった。
栓が抜けたように膝からなだれ落ちる。不思議な出来事に気を取られ、バカな行動に走った自分を嗤う。
小さな希望が言えたような気がした。
でもこれは誰かの悪戯だ。手の込んだ不謹慎な悪戯。もしくはあれだ、俺の幻覚だろ。
そう思うしか自分を守れなかった。
電源を落とし、画面から離れる。枯れたと思っていたナミダが流れ落ちた。
机の上にあったものを床に薙ぎ落した。そして机を殴る。拳に伝わる痛みが頭を癒していく。
再びソファの前にへたりこんだ。
力を使い果たしたように感じられた。
これで終わりだ。
落ちる涙を拭わずに天井を見上げた。
プツン。
それは前置きもなく、俺を嘲笑うかのようだった。
俺は飛び起きた。恐怖も芽生えた。逃げ出そうとも考えた。しかし、もう悪魔の手でも借りたい気持ちだった。
[--Do you want to meet?--]
当たり前だ! もう一度会いたいにきまってる!
今度はレスポンスもよかった。
[--Are you ready?--]
それは天の言葉だった。生きる希望だ。初めて見えた光だ。
なぜ、どうして。理由はわからない。
原理など想像もつかない。
もしかしたらこれも悪戯なのかもしれない。落胆した俺にとどめを刺したいだけなのかもしれない。
けれど、そんなことはどうだってよかった。
初めて掴めた『会えるかもしれない』という感情が不安を完全に払拭した。
そうとなれば答えは一つだ。この部屋に現実に持っていくものは何もない。お金はいるかもしれない。けれど、そんなのは後でどうにかなる。
必要なのはこの体と頭だけで十分だ。
正装したまま着替える気力も失っていた身なりで充分だ。
だから答えは決まっている。迷う点は、何もない。
「Ready」
久しぶりに乾燥しきった口から元気な声が飛び出した。




