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パパが夢見たエルドラドは  作者: 成瀬志悠
第2章 【運動会 午前の部】
7/12

7 ―暗雲―

――― まえがき ―――


本作を開いていただきありがとうございます。


壮絶なエルドラド争奪戦はちーちゃんパパの勝利によって幕を下ろし、物語は第2章へ突入します。


【運動会 午前の部】、引き続きお楽しみいただければ幸いです。


『わー。ぱぱ、すごーい! ぱぱ、だーいすきっ』


『あなた…… やっぱりあなたって出来る男だったのね。信じていたわ。もう、来月からのお小遣い五百円アップしちゃうわ』


 いやいや、パパが本気を出したらこんなものだ。そんなに騒ぐことはない。おいおい、ちーちゃん危ないから飛びついちゃ駄目だ。ははは。しょうがない娘だ。


 ははは。こら。やめないか。そんなに揺らすんじゃないよ。

『ユサユサユサ』

 はは…… は…… ち、ちーちゃんそんなに力強かったっけ?

『ユサユサユサユサユサユサ』

 い、痛い痛い。肩がモゲル!


「チーチャンパパ。チーチャンパパ!」


 振り返るとカイザーが私の肩を猛烈に揺さぶっていた。


「ドウシタネ? チーチャンパパ。イクラ呼ンデモ、ボーットシテタヨ」


 ああ、そうか。私はあまりの達成感から、妄想の世界に入っていたのか。いや、妄想じゃないぞ。あと少しでこれはすべて事実になるのだからな。

 私は確かめるように腰の下に広がるエルドラドに敷かれた淡緑のレジャーシートに触れた。


 さあ、エルドラドよ。

 私が勝者だ。私の望みを叶えてくれ。

 私が欲しいものは、

 私が望むものは……




 ――なんてな。

 このエルドラドを確保したことイコール、全てを達成したも同然。

 何もせずとも、今日一日ここから運動会を見ていれば全てうまくいく。


 私は先程までのエルドラド争奪戦の時にはレッドゾーンを振り切っていたテンションが、いつの間にか普段の平常運転時のそれになっていることに気がついた。

 あれだけ激しい戦いの後だから当然と言えば当然だろう。



「チーチャンパパ、ペンダント見ナカッタデスカ? ペンダント」


「コレクライノ大キサノ」と言ってカイザーは親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。


「ジツハ、ジャンプシタ時ニ落トシテシマッタヨウナノデス」


 カイザーはジャンプした辺りをキョロキョロと探しながら言った。


「いえ。それらしいものは見ていないですね」


「ソウデスカ…… 」と言ってカイザーはその大きな肩を落とした


「私も探してみましょう」


「オー! ソレハ助カリマス。センキュー。センキュー」


 ジャンプした辺りを見回したがやはり見当たらない。

 ふむ。もしかしてジャンプしたときじゃなくて、着地したときに落ちたんじゃないのか。あれだけ派手に着地していたわけだし。

 カイザーが着地したあたりのシートを捲ってみると、キラリと光を反射する小さな円形の銀色が見えた。


 私はそれを手に取るとカイザーを呼んで確認した。


「オオー! コレデス。 コレデス。 ベリベリアリガトウゴザイマス」


 もうなんだか色々混じっちゃってるけど、その喋り方疲れないか?


「まっこと、恩に着るぜよ。」

 と言ってカイザーは真面目な表情でそのペンダントの蓋を開くと、中に貼られていた白黒の小さな写真を見つめた。女性の写真のようだ。


「これは、ワシのワイフ()の最後の…… 」


 え? 奥さんの写真だったのか? それに最後のっていうのはもしかして……


「カイザー……」

 カイザーが目を伏せて小さく震えていた。


「う、うう……」

「嘘じゃきに! ワシのワイフは無駄に元気にピンピンしちゅう」


 は?


「いやー、コレを無くしたなんちゅーことがワイフにバレでもしたち、こじゃんと怒られてしまうがぜよ。」

「あいつはヒステリーじゃきのう。ワシゃ、あんだけには頭が上がらんきに」


 HAHAHAと高笑いしながらカイザーはもう一度私に感謝の言葉を述べた。


 いや、もう誰と話しているのか頭が混乱するからどちらかに統一してくれ。それにしても流暢だな。日本人の私のほうが理解できないとはどういうことだ。大方、大河ドラマか医者のドラマにでも影響されたのだろう。迷惑なことだ。


 大体よくよく考えれば、あんたの奥さん夏休み前のお遊戯会にも来ていたじゃないか。

 たしか美容院を経営していたんじゃなかったか? それは見事な特盛ドリルのようなヘアスタイルでお遊戯会の観覧席に座り、その後ろに座った私の視界の三十%を奪い続けていたのを思い出したよ。

 今日はどんなヘアスタイルで来るのだろうか……


 ふと辺りを見回すと、入退場門のこちらとは反対側のカメラマン用のエリアに巨大な脚立が立っているのが見えた。

 で、でかいな! あれは一体……

 その巨大な脚立の頂上にはカケル君パパが日除けの帽子を被り座っていた。


 ……な、なるほど! その手があったか。

 入退場門の右側に位置するカメラマンエリアはエルドラド同様、かなり好条件な場所に作成されている。

 通常カメラマンエリアにはシートは張ってはいけないことになっている。

 そのエリアは現在おこなわれている競技に参加している園児の保護者のみが入り、我が子のゴールシーンなどを撮り終えたら、後ろに下がって次の人に場所を開ける等の暗黙のルールが存在する。

 したがって好条件なエリアとはいえ、常駐することはできない。


 あの三メートルはありそうな巨大な脚立は、細い4本の足のみで接地しており、梯子は既に頂上にて回収されている。

 そのため、脚立の下が丸々空洞となるため、他のカメラマンの邪魔にはならない。

 よってあの脚立の上にいる限り、カケル君パパはあのエリアに常駐することができるのだ。

 おそらく彼のことだから、もう今日一日そこから降りることは無いだろう。

 その準備も万全のはずだ。


 さすが策士のカケル君パパ。エルドラドを狙いに来たと思っていたが、最初からアレが狙いだったのか。それにしても、よくあんな物がリュックに収納できたものだ。改造でもしたのか?


 カケル君パパはその頂上で望遠用のレンズを丁寧に丁寧に磨いていた。

 きっと彼は今日、あの場所から息子の晴れ姿を激写し、声援を送るのだろう。

 皆、それぞれの思いで我が子を応援するのだ。


 私は両手の親指と人差し指で‘長方形’のフレームを作ると、グラウンドにそのフレームを向け、エルドラドから見える世界を覗き込んだ。

 うむ。素晴らしい。


 私はフレームを徒競走のゴール地点へ向けると、テープを切りながらゴールを駆け抜けるちーちゃんの雄姿を空想してシャッターを切る。

 私の胸はポカポカとした温かな気持ちでいっぱいになり、身体の奥がブルルと震えた。


 グラウンドの奥、正門の通路に小さい人影がチョロチョロと動いているのが見えた。

 そろそろ園児たちも登園してくる時間か。


「ノォォー!!」


 私が指のフレームでちーちゃんの姿を探していると、後ろからカイザーの大声が響いた。


「ソレハヒドイデショウ? ドウ見テモ、ワタシノホウガ早カッタ!」


 振り向くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 エルドラドの二番列、私のシートの後方にはモンペ組が立っており、カイザーが猛抗議している。

 そしてモンペ組が立っているのはエルドラド二番列に敷かれたシートの上で、カイザーはシートの外だ。


「何を仰られようと、先にシートを張ったのは我々です。あなたからそのような抗議を受けるような謂れはありません」

 モンペ一号は冷静な口調でカイザーをあしらい、まったく取り合おうとはしない。


「なにをイチャモンつけてんだ! どう見てもこれは俺達のシートだろうが。違うか!? ああ?」

 モンペ二号は汚い言葉遣いでカイザーを追い払おうとしている。


 これまでにもよく見かけてきた光景だ。

 彼らが参加した行事には問題ごとが度々おこる。

 互いの性格こそまるで違えど、何故かこの二人は常に一緒に行動している。

 それぞれの口から発せられるのは、どちらも突き詰めれば空気を読めない発言だ。


 それにしても何故、彼らのシートが敷かれているんだ。

 カイザーは私とほぼ同着でエルドラドに到達したのだ。

 その最後の競争に、彼らモンペ組の影など微塵も見えていなかった。

 カイザーがエルドラドへの二番手だったことは、誰の目にも明白だ。


 私が一瞬早くシートを張った後、カイザーは私のシートの上に被さった自分のシートを取り除いた。

 そのあと私は暫し呆然としていたがカイザーは? カイザーは……

 ペンダントを、 探していたのか? 私の後列に自分のシートを張る前に……


 彼と私がペンダントを探している隙に、エルドラドにようやく到着したモンペ組が自分のシートを張った。

 そういうことなのか?


 それにしても……

 そうだとしても、それはない! それはあんまりだろう。


 確かに、その場所で先にシートを張った者に優先権がある。

 だからと言って、あの戦いを見れば、誰だってカイザーを二番手と認めるだろう。

 その証拠に我々の後続は、あの戦いの後誰一人としてエルドラドに向かおうとはしなかった。

 皆、認めていたのだ。カイザーが二番手であると。


 確かにシートを張らなかったカイザーに非が無いわけではない。

 しかし、この状況でシートを張れば、カイザーから抗議されることはすぐにわかるはずだ。

 揉め事になるとわかっていながら、彼らは何故わざわざそんなことをするのだ。

 私には理解できない。


「ノー!! ナットクデキナイ。イマスグ、シートヲドケナサイ」


「我々はなにも、あなたのシートを剥がしてまで自分達のシートを張ったわけではないのですよ? あなたの言い分こそ理不尽な言いがかりだ」


「さっさと別の場所探し行けっての! それとも力づくで取り戻すってのか?」


 二号の大人気ない幼稚な暴言は論外としても、一号の言葉は全く屁理屈とはいえない。

 心情としてはカイザーを弁護したい。援護したい。誰もがそうだろう。しかし向こうの言葉に一定の理屈が通っている以上、強引に事を運ぶことは出来ない。それがルールだ。


「さっきの競争といい、どればあ汚い連中じゃ…… もう我慢できん……」


 カイザーは握りこぶしに力を込めてワナワナと震えている。

 今にも彼らに飛び掛りそうな形相をしている。

 駄目だ! そんなことをしてはいけない!


「カイザー、落ち着いてください! 暴力はいけない。もっとよく話し合おう」

 私はカイザーに駆け寄り、彼の体の前に立ちはだかった。


「こん連中はとは話なんか通じん。何を言っても無駄なんじゃ」


 カイザーは私をそのまま体ごと押し込んで、シートに一歩足を進めた。


「ま、待ってください。今日は子供達の運動会ですよ? そんな日に、こんなことで問題を起してはいけない。カイザー、よく考えてください」


 カイザーは足を止めた。

 そして震えながら私に言った。


「あんたは一体、どっちの味方なんかね!」


 ――え?

 な、何を言っているんだ。言うまでも無く私はあなたの味方だ。当然ではないか。何故そんなことを聞くんだ。わかってもらえないのか?


 しかし私はカイザーに言葉を返すことが出来ずに、ただ彼の体を押し留めることしかできなかった。


 私は…… 今、私のするべきことは……

 わからない。どうすればわかってもらえるんだ。


 その時、ふっと両手に掛かる重さが消えた。

 カイザーが背を向ける前に、顔を上げた私は彼の悲しそうな目を見た気がした。


 カイザーは地面に置いてあった自分の荷物を拾うとエルドラドを離れ、一般の観覧席へ向かって歩いていった。


「けっ。まったくなんて奴だ。こんなときに乱闘しようとするかね? 普通」


「シートを張り忘れるなんて愚かなミスをした彼の責任です。さあ、はやくシートの固定をおこないましょう」


 普通ってなんだ? あんたが普通なんて言葉を使うんじゃない。

 そう。彼にも非があった。だから私は彼を全力で援護することができなかったのだ。

 そうだ。間違ってはいない。

 目立ったことや、争い事は回避する。いつもの私の理論だ。


 エルドラドの最前列に敷かれた淡緑のシートの後ろに、彼ら二家族分のシートが敷かれている。

 私は彼らがシートの四隅に杭を打ち込んで、それをエルドラドに固定する様子を見ていた。

 私のシートと彼らのシートで三家族分、エルドラドはその領地の全てが占領された。


 私は自分の掌が汗だくになっていたことに気づいた。


 つい数分前に、この手は『おめでとう』という賞賛の言葉と共に、カイザーに引き上げられていたことを思い出す。



 いつのまにか空は、再び所々に暗い雨雲を帯びはじめ、次第にその明るさを落としていった。




――― あとがき ―――


雰囲気がチト変わってしまいましたが、大丈夫でしょうか……

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