6 ―戦士の聖地Ⅱ―
――― まえがき ―――
エルドラド争奪戦のクライマックスとなります。
一応、今話にも前話に挿入した幼稚園の見取り図の挿絵(?)を末尾に挿入してあります。位置関係を確認したい際にはご活用ください。
また、前話をご覧頂いた際に、挿絵のあまりのひどさに体調を崩された方がいらっしゃいましたらご注意くださいませ。
それでは、エルドラド争奪戦、はじまります
私は顔を上げて現状を分析した。
もう姫パパはエルドラド目前だろうか?
いや、彼は止まっていた。
そして彼を囲むように無数の人影がユラユラと彼に近づいていた。
なんだあれは?
そのさながらゾンビのような不気味な動きの人影をよく観察する。
体は全体的にブヨブヨと太く、足から体までは人外の白さだ。
手足や胴体には短い体毛がビッシリと密生し、その目は赤く固定されたように動かず、口はそんなに裂けるものなのかと驚くばかりに大きく開かれている。
そしてその耳は異様なほど大きく、長く頭上から天に向かって伸びている。
これではどう見ても……
……ウサギだ。
どうやら人型の正体は着ぐるみを来た幼稚園のスタッフのようだ。
よくよく見ると、あたりはサルやらパンダやら、ライオンやらの着ぐるみで溢れていた。
おそらく彼らが大玉を押し出したのだろう。
そして、最後の障害となるのが彼らというわけだな。
彼らはさながらゾンビと化して、エルドラドへ向かうものを阻むのだろう。
なるほど、面白い。
だが、決してそのテンションで園児の前には出るんじゃないぞ。
ウチの娘がウサギトラウマになったらどうしてくれる。
姫パパが立ち止まっている隙に彼との差を詰める。
ハアハア。息が苦しい。足が重い。体が痛い。
ジョギングはこなしてきたが、こうまでもオンオフの激しい全力での動きを連続でおこなうと、さすがにキツイ。
だが、もう少しだ。あと五メートルで彼に追いつく。
死ぬ気で頑張るんだ。
「えええええ! マジかよ? うわああああ」
後方からケンちゃんパパの断末魔が聞こえた。
恐らくカイザーに飲み込まれたか……
あのカイザーに大玉ひとつで立ち向かうのはあまりにも無謀にすぎた。
ケンちゃんパパ、ありがとう。その理由はわからないが、君の援護は忘れない。
ここで足を止めるわけには行かない。
恐らくカイザーもすぐ後ろに迫っている。
着ぐるみが姫パパに気を取られている隙に駆け抜けるんだ。
エルドラドまでの最短ルートからは少し外れてしまうが、多少姫パパを迂回して行くんだ。
姫パパを回り込もうとコースを変えた瞬間、彼から覚醒の効果音(声)が発せられた。
「キ、キ、キ、キターーーーーーーッ!」
なんてことだ。まだ覚醒するというのか。
あの動きを持ってすれば、愚鈍な着ぐるみゾンビを全てすり抜けることも可能だろう。
私は勝てないのか……
姫パパは俊敏な動作で荷物から物資を取り出し、目にも止まらないスピードでそれを組上げていく。
な、なんか秘密メカでも出てくるのか?
すると彼は組上げた機械のベルトを首にかけ両手でそれをしっかりと固定し、着ぐるみのひとつに突撃していった。
あれは撃破用か何かの機械なのか? あれで着ぐるみを吹き飛ばしたり、かわしたりできるというのか?
万事休すか!
彼は機械を構えながら、一体の気ぐるみの前に両膝を着きながらスライディングしていった。
「一枚おねがいしまーすっ!」
なん、だと?
「すいませーん。一枚おねがいしまーす」
彼の構える見事なまでの高級レンズの先には、彼のストラップのアニメキャラと同じキャラの着ぐるみが怯えながら立っていた。
カ、カメラ、か? 普通の?
彼はお預けをくらった犬のように、アニメキャラからの返事をジッと待っている。
決して返事があるまでは写真は撮らないようだ。
アニメキャラの着ぐるみは、ハッと気がついたようにコクコクと頷いた。
「ありがとうございまーす」
抑揚のない平坦な声の後、バシャ、バシャシャシャっと、すさまじいまでのフラッシュが放たれた。
アニメキャラはフラッシュに驚き、光を遮るように手を伸ばした。
「あ、視線いただけますかー? 視線こちらおねがいしまーす」
平坦なカメラマンの指示が飛ぶ。
彼は角度を微妙に変えつつ、激写を続ける。
アニメキャラは一応、指示には応じているが、彼がレンズを換えるために下を向いた隙に、周りの着ぐるみを手で呼ぶような仕草をした。
そして姫パパを指差してから、右手の親指を自分の首の前で横にスーッと撫でるように滑らせると、『殺れ』という明確な意思を込めて右手の親指をクルリと下に向けた。
レンズ交換をおえた姫パパは、テンションを更にあげてアニメキャラにレンズを向けた。
その背後には十体以上の動物の着ぐるみたちが、彼を取り囲むようにジリジリと詰め寄っていた。
きっと着ぐるみの数が足りなかったんだろう。
それでしょうがなく、別のところから着ぐるみを調達したが、どういうわけか手違いでアニメキャラが混じっていたんだな。それも一体だけ。
「うわあああああ! し、しまったあああああ」
姫パパの断末魔が着ぐるみたちが積み重なった下の方から漏れ出てきた。
なんだか、こう見ると、可愛いはずの着ぐるみ達がホラーにしか見えない。
だがこれで私がトップだ。
様々なラッキーが重なったが、エルドラドまで三十メートルも無いこの時点でトップだ。
勝てる!
着ぐるみたちは姫パパに殺到しているから残りはあと五体ほど。
その残りの五体の着ぐるみたちは、仲間が姫パパを仕留めた事を確認すると、ユラリと私のほうににじり寄ってきた。
その時、ドドドドドッという地響きが近づいてくるのに気がついた。
私と着ぐるみが同時に顔をそちらに向けると、十メートルほど後方から土煙を上げながらカイザーが突進してくるのが見えた。
うわあ。あんなのに少しでもぶつかったら吹っ飛ばされて死んでしまうぞ。
そう考えたのは着ぐるみ達も同じだった。
彼らはカイザーを見なかったことにして全員私めがけて襲ってきた。
な、何故わざわざ真横に位置する私を狙いに来る。
カイザーなら、そのままその位置で立っておけばコース上ではないか!
玉砕覚悟でタックルでも何でもして潔く砕け散りなさいよ!
だが理由は先程私が述べたとおりだろう。
く、くそ、ここまできて負けるものか。
私はエルドラドへは直進せず、カイザーと私の直線上に着ぐるみたちが入るように誘導しつつ走った。
着ぐるみたちはその被り物が邪魔で機敏に動くことはできないだろう。
ならば、着ぐるみたちを置き去りに出来た時点で彼らに追いつかれることは無い。
着ぐるみたちは私を回り込ませまいとして手を伸ばしてくる。
ひー。なぜ全力で走って追いかけてくる? ゾンビ風味の散漫な動きは何処へ行ったのだ?
その着ぐるみたちの目からは流れるはずのない涙が流れており、『死なばもろとも』といわんばかりに私を取り込もうと手を伸ばす。
私は全力で走りながら背中を目いっぱい反らした。
着ぐるみたちの肉球は私のジョギングスーツの背中を掠めて空を切った。
よし、これで回りこめたぞ。
これでカイザーは直線で進むと五体の着ぐるみと鉢合わせることになる。
さすがにこれでは回り込むことになる為、時間をロスするだろう。
あとはエルドラドまでは障害物なしの直線のみ! 目測で約二十メートルだ。
着ぐるみたちは執拗に私を全力で追ってくる。いや、逃げているのか?
そんなにカイザーと向き合いたくないのか! まあ、それはわかるが……
背後から迫る肉球と地鳴りを振り切るように私は走った。
はあ、はあ……
苦しい。
ガクガクして足に力が入らない。
私は肉体労働向きの人間ではないのだ。
どうしてこんなにつらい思いを……
私はケンちゃんパパから渡されたまま手に持っていた『お守り』をもう一度強く握り締めた。
去年の運動会で、私は無謀にもこのエルドラドを狙い、そして惨敗した。
私はその時、もうこんな無謀なことは決してするものかと誓った。
だが現在、こうしてまたエルドラドに挑戦している。
今の私には、どうしてもコレが必要なのだ。
誰もが魅了され、それを渇望し、手にすることを夢見るエル・ドラード。
それは大航海時代にアンデスの奥地に存在するとされた伝説の黄金郷。
黄金溢れるその土地を見つけたものは、すべてを手にすることができると信じられた。
伝説のエル・ドラードをして、この観覧席をエルドラドとは良く言ったものだ。
このエルドラドを手に入れた者は、その栄誉を持ってあらゆる望みを叶えることが出来るであろう。
妻からの尊敬も、
娘からの笑顔も、
私が失ってしまった家族からの信頼も、
その全てが。
このエルドラドが全てだ。
これさえ手に入れることができれば私は取り戻すことができるはずだ!
だから、頼む。勝利を、栄光を私に与えてくれ!
すでに十分に持ち上がらなくなった太腿に平手を打ち、すがる様にエルドラドへと突き進む。
「ぐえっ!」
「ぶあっ」
「ひーーっ!」
背後からドドンという衝突音と共に遠ざかる悲鳴が聞こえた。
な! もしかして回り込まなかったのか?
あえて直進して着ぐるみ全てを撥ね退けたというのか。
どれだけ袖捲くりストライカーなんだ!
猛牛シュートとか打てるんじゃないか?
もう、彼の息遣いまでも聞くことが出来る。
カイザーがすぐ背後に迫っている。
あと五メートル、五メートルなんだ。
彼よりも一瞬でも早くエルドラドにシートを展開することができれば!
ゼヒ……
あと四メートル……
ヒューヒュー……
あと三メートル
ああ、勝った。もう終わりでいいだろう……?
「チェェック、メェイト」
大きな白い巨体が私の横を擦り抜け、衝撃波となった風が私をよろめかせた。
カ、カイザー。
彼は素早く自分の腹部に手を入れ、あらかじめ腹に巻きつけていたブルーシートをシュルルと取り出した。
そしてその猛烈な勢いのまま空高く跳躍し、両手に持ったシートを空中でブワと展開した。
そのまま着地すればシートはエルドラドを覆い、彼の占領が完成するだろう。
南無三っ!
私はお守りをズボンのポケット奥深くにグッと仕舞い込むと、勢いをつけたままエルドラドへ向けてスライディングをはじめた。
ここからでは到底届かないだろうが、最早こうするしかない。
私は滑りながら咄嗟に後ろ手にリュックのサイドポケットを探り、すぐさまシートを取り出した。
そしてそのままの流れでシートの両端を両手で掴むとバサッと大きくはたき、シートを七分まで展開した。
展開したシートをブーメランを両手で投げる要領でエルドラドめがけて地表スレスレに放った。
カイザーのシートがエルドラドに降りる前に、届け!
シートはゆっくりと回転しながら徐々に隅々まで展開をはじめ、エルドラドに向けて飛翔する。
スライディングの勢いをそのままシートへのエネルギーに変えて全て放出した私は、その場で勢いを失い、うつ伏せに倒れた。
頼む頼む頼む!
結果を見るのが怖い。
ダァーンと大きな着地音が地面から伝わってきた。
カイザーが着地した。
私のシートはエルドラドに届いたのだろうか?
間に合ったんだろうか?
私は顔を上げて確認することができない。
地面はカイザーの着地の余韻を全て伝え終わると、まるで何事も無かったかのように無音となる。
「|コングラッチレーション《おめでとう!》。チーチャンパパ」
カイザーの声に、私は恐る恐る顔を上げた。
エルドラドを覆うカイザーのシートの下には、
――私のシートが、あった……
カイザーはバサリと自分のシートを引き寄せて取り除いた。
私の高級レジャーシートは見事にエルドラド一面を淡緑に彩っていた。
あああ……
勝ったのか?
私はエルドラドを手に入れたのか?
スッと私の目前に大きな手が差し出された。
カイザー……
「ナイスファイトネ。チーチャンパパ。ユーアー ベリベリグッドファーザー」
彼は私の手を取り、グイと引き寄せた。
立ち上がり、あたりをグルリと見渡すと、グラウンドはまだまだ席取りの熱気に溢れていた。
本部席左側の観覧エリアで、ケンちゃんパパがこちらに向かって手を振っている。
そこはエルドラドまでとはいかないまでも、一流の観覧ポイントだった。
彼はそこの最前列に白いシートを張り、『おめでとうっす』とグッと親指を立てた。
ケンちゃんパパ…… カイザーに撃破された後に目標変更して、その一等地を確保したのか?
なんという機転の良さと行動力だ。さすがだな。大したものだ。
私は『ありがとう そっちもおめでとう』の気持ちを込めて親指を立て返した。
頭の後ろのゴムを緩めEyeGuardを外し、レンズに跳ねた泥を綺麗に拭き取り、再び装着した。
振り返ってもう一度自分のシートを確認した。
まぎれもなく、エルドラドには私のシートが敷かれている。
そうか。勝ったのか。
これで全てうまくいく……
「いやー、まっこといかんぜよ。どげんしてあなばぁでジャンプなん、しちょんか」
カイザーが冷静に戦いを振り返り反省していた。
あんたペラペラって域を超えてるだろう?
――ガガッ
「保護者の皆様、お疲れ様でーすっ。隠しオープニングプログラムの障害物競走にご参加いただいた父兄の皆様、お疲れ様でした。そしてありがとうございましたっ! 予想通りの白熱した戦いに、スタッフ一同より大きな感謝を申し上げます」
園長先生の放送か。
予想通りってなんだ。予想通りって。
「なお、正門通路の障害物はこれにて撤去させていただきます」
「保護者の皆様、これはまだまだ始まりです。力尽きてはいけません! なかよし幼稚園の運動会はこれからなのです。どうかご家族様からの一層のご声援を園児たちに届けてあげてください。本日はよろしくお願いいたしますねっ!」
そうか。これから始まるんだな。
言われるまで気がつかないなんてどうかしている。
途端に体が痛みを思い出し、ズキズキジンジンと熱くなった。
私はそのままストンとエルドラドに敷かれた我が家のシートに腰を落とした。
もうすぐ園児たちも登園してくる時間だろう。
これを見たら、アイツ達、どんな顔をするだろうか。
私はかつて無い程の充実感に身震いしながら、運動会の開会を待つ。
――― あとがき ―――
本作をお読みいただき誠ににありがとうございました。
長々続いたエルドラド争奪戦がとりあえず完結しました。
まだまだお話は続きますが、皆様的にはいかがでしたでしょうか?
もしもご意見ご感想等いただけると大変嬉しいです。
次話の2章からは、少しだけ物語の雰囲気が変わりますが、引き続きよろしくお願いいたします。




