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パパが夢見たエルドラドは  作者: 成瀬志悠
第1章 【運動会 前哨戦】
5/12

5 ―戦士の聖地Ⅰ―

 正門からの数々の障害を乗り越え、ようやくグラウンドの敷地内に足を踏み入れた。


 姫パパと私が駆け抜けているここは、まさに保護者の観覧席エリアだ。

 このエリアの最前列も一流の観覧エリアとなる。

 ここの最前列にシートを張り自陣を作成できたなら、きっとそれを咎める家族はいないだろう。

 いや、むしろ賞賛されるレベルである。


 ただ、やはり彼はここでは立ち止まらない。


 お互いプロならば、恐らく目指すべきポイントは同じと考えてよいだろう。

 たとえ彼が今夏入園してきたばかりでこの戦場に明るくないといっても、彼らクラスの戦士ならば事前に幼稚園から配布された運動会の見取り図を一目すれば、ベストポイントにアタリをつけることなど造作もない事だ。


 我々、選ばれた戦士が目指す最高の観覧ポイント。

 このままグラウンドを対角線に突っ切っり、直線距離にして約七十メートルほど。

 校庭の本部テント側、徒競走用の楕円のトラックが直線からカーブに差し掛かる手前の地点。

 通称、ポイント【エルドラド】。

 ここは徒競走でちょうどゴールとなる地点の目の前の、まさにベストポジションである。


 力いっぱい走ってゴールを駆け抜けた我が子の最高の瞬間を最も間近でファインダーに収めることが可能で、勿論応援する私達家族の姿も我が子から容易に確認することができるという、全保護者垂涎の夢のポジションだ。

 更にあろうことか、ここは入退場門とも目と鼻の先というからもう、倍プッシュどころの話ではない。


 入場を前に期待と緊張の入り混じった愛しい娘の表情を、これまた間近で一部始終観察できるという、いわば天国に一番近いポジションである。

 このポジションの確保ためなら休日出勤要請を拒否という暴挙に出た事実すら霞んでしまうほどに価値があるというものである。




挿絵(By みてみん)




「よーっし。抜けたぞ!」


 観覧席を駆け抜けながら、背後からの声を振り向いて確認すると、ケンちゃんパパがネットを抜けてグラウンドに飛び込んできた。

 もう三番手にまで駆け上がってきたのか。やるな。ケンちゃんパパ。

 そのすぐ後ろのネットには、今にも出口から這い出しそうな数体の団子が確認できた。

 ケンちゃんパパも、目前の観覧席エリアにシートを張る気配は無く、猛然と駆け出し始めた。

 恐らくは、あの団子あたりまでは全て、エルドラド狙いであろう。


 大の大人がこれ程までに真剣になって目指すエルドラドの確保。

 エルドラドにはそれだけの魅力がある。

 しかしながらこれだけの好条件を併せ持つポイントは、その魅力と同じだけのリスクを伴う。

 本部テントと入退場門の間に作られた奇跡のポイントであるが故、致命的にその敷地が狭いのである。


 焼肉用の部位で『ミスジ』という希少部位がある。

 それは牛の肩甲骨の下辺りからとれる極上の赤身霜降り肉であり、その深い甘みは芸術とまで言われている。

 しかし一頭あたりから僅か二キログラム程度しかとれないという、セレブ御用達の希少なお肉だ。

 この『ポイントエルドラド』は、まさに牛でいうところの『ミスジ』である。

 ちなみに私は『ミスジ』をいうものを未だ食したことは無い。


 エルドラドにて最前列に陣地を確立できるのは、その敷地面積上どう見積もっても一家庭が限界である。

 ここは他の観覧可能ポイントから少し離れているため、一番手を逃したからといって、その後に急いで他のポイントの最前列を確保しようとしても、既に全てが占領済みとなっているのだ。

 エルドラド争奪戦にてトップを逃した戦士達は血の涙を流しながら最前列陣地の後方に自陣を作成しなければならない。


 よってこの過酷で狭き門を狙いにくるのは身の程を知らない愚か者か、数々の実戦を潜り抜けたプロ中のプロだけだ。

 あえてエルドラドを外して他の最前列ポイントを狙いにいくプロも多い。

 私はそれは否定しない。

 それもひとつの冷静な分析に基づく優秀な判断だ。

 実際これまでに、自らの分析ではそれが自殺行為であると結果が出ているにもかかわらず、それでもエルドラドの魔力に魅せられて無謀な突撃を敢行し、散っていった戦士達を星の数ほど見てきた。


 そう、私もそのひとりだった。


「おっ先にっ! ボーとしてちゃ駄目でしょ。」

 トンと肩を叩いてケンちゃんパパが一瞬私の横に並び、そのまま一歩、二歩と私の前に出た。

 は、速い。昨日の酒など最早少しも残っていないと言うのか。

 なんて高性能なアルコール消化機能の内臓を装備してるんだ。

 

 これで私は三番手。

 駄目だ。このままでは負けてしまう。

 一体何の為にトレーニングをしてきたのだ。


 私は顔を上げて、ケンちゃんパパに離されまいと走った。

 すると、グラウンドのちょうど中央あたりに大きな球状の物体が五、六個並んでいるのが見えた。

 よくよく見ると、球のうしろに人影も見える。


 私はスタート前の園長先生の放送を思い出した。


『また、ある場所を目指す方々には更に特殊な…… うふふ』


 ということは、あれは運動会の準備物ではなく障害物ということだな。

 理解するとほぼ同時に、その大玉転がし用の大きな玉は、こちらを目掛けて勢いよく転がってきた。

 それぞれの大玉を後ろから数人掛りで押しているのだ。

 大玉は十分な勢いを得て、六体ほぼ横一列になって押し寄せてきた。


 ぬわ。なんてことをするんだ! あれでは隙間がないではないか。


「お、おい! あんた危ないぞ。 避けるんだ」

 ケンちゃんパパが先頭の姫パパに向かって叫んだ。


 大玉はゴゴゴゴッと地鳴りを起こしながら先頭をいく姫パパに襲い掛かった。

 姫パパには大玉の横に回り込んで避けようとする気配は無い。

 あ、危ない! 巻き込まれる。


「きゅぴーん☆」


 姫パパから再び効果音が発せられた。いや、あんた今、口で言ったろ? きゅぴーんって。

 すると姫パパはユラリユラリと脱力したように大玉の正面に立つと、クルクルっと大玉同士の隙間に体を滑り込ませた。

 そして太極拳のようなユルユルとした動作で大玉を軽く撫で、その勢いを別方向に流していった。


「す、すっげーーー!」


 ケンちゃんパパが思わず歓声をあげた。

 たしかにすごい。一体何者なんだ。あの人は。

 そうして大玉をすり抜けた姫パパは、コォーという効果音(口で言ってた。今度は確認済みだ)と共にクールダウンのような動作を取り数秒瞑想していた。

 いや、すぐに走りなさいよ。それって必要な動作なのか?

 しかし、先頭の彼が一時とはいえ、停止してくれているのはありがたい。


 この大玉をスムーズにクリアできれば彼との差を縮めることができる。

 しかし大玉は彼の受け流しの妙技によって微妙に進む方向を変え、ビリヤードの球のように隣の大玉と弾けあった。

 最初は姫パパの触った大玉とその隣の大玉が弾け、そしてその弾けた大玉はまた隣の大玉と弾けあって……


「うわー。なんだよこれ!」


 そう叫んだケンちゃんパパに、弾けあい規則性を無くした大玉が迫り来る。

 彼は最初に訪れた大玉を横に跳躍してかわしたが、無理な着地で体制が崩れ、地面に膝をついてしまった。

 彼は今かわした大玉を見ていたが、その反対方向から更に弾けた別の大玉が迫っていた。

 このままでは頭からまともに轢かれてしまう!


 私には姫パパのようにうまく勢いを別方向に受け流すなんて芸当はできないだろう。

 どうする? どうする?

 考えが纏まらないまま全速力でケンちゃんパパの死角から迫りくる大玉に向かって走った。

 大玉が眼前三十センチに迫る。

 わ、わ、わからん。でも止まれん! 成るようになれ!

 私はそのまま大玉に向かってジャンプして身体丸ごと体当たりした。


 一瞬、目の前にチカチカとした黄色い火花が飛んだのが見えた。

 私の体は、その火花の残り火が目に残っているあいだ宙に浮いていた。


 ダンッと強い衝撃を大地から受けて、もう一度火花が飛んだ。

 イタタタタ。

 軽く頭を振って体を起すと、二メートルほど前方に勢いをとめた大玉が僅かに揺れていた。

 その隣でポカンと口を開けて驚いた顔をしたケンちゃんパパがこちらを見ていた。


 彼は勢いの止まった大玉を見て、その地面に視線を落とした。

 そして地面から何かを拾って私に向かって走り寄った。


「ちーちゃんパパ、無茶しすぎですって。でも、ありがとうございました」

 いや、ケンちゃんパパよ。お礼はいいから早く走らないと間に合わないぞ?


「それと、これ。落ちましたよ。大事なものかな?」

 彼の差し出した手には、ちょっと膨れ上がった『お守り』が載せられていた。


「ささ、これ持ってはやく行きましょう。まだまだ勝負はわかりませんよ!」


 私はしばらくその『お守り』を見つめていた。


「ああっ! なんてこった。 カイザーが来てる! もう追いついてきたか。さすが皇帝。え? その後ろはカケル君パパか? あのおいちゃんもやるねぇ。さ、ちーちゃんパパ、はやくっ!」


 ケンちゃんパパは強引に私に『お守り』を握らせると、「じゃ、よろしく」と言って停止した大玉に駆け寄った。

 一体どういうことだ? 競争にもどらないのか?

「いいからいいからっ。早く行った行った。すぐに追いついて抜かしちゃいますから」と大玉の後ろに回った彼は私を急かした。


 私は『お守り』を握り締めた。

 ふんっと力を入れて立ち上がると、体中がジンジンと痛かった。

 正面を確認すると、エルドラドまではあと四十メートルも無い。

 私は諦めてはいけない。行くんだ。


 ケンちゃんパパは私が走り出したのを確認すると、大玉を正門方面へ押し出し始めた。

 大玉を押す彼とすれ違う瞬間、私は彼に何かを言うべきだと言葉を捜したが、私の口からは何も発せられることはなかった。私はいつもそうだ……


「うおおおぉぉぉ」

 ケンちゃんパパの気合が徐々に遠くなる。


 彼がやろうとしていることは理解できている。

 きっとその大玉でカイザー達、後続の足を止めようとしているのだろう。

 だがそれならば私を先に行かせるのは不利だし、二人で玉を押したほうが有利だ。


『解らなければ、何も言わずに寡黙に振舞う』

 これが私だ。

 いつもどおり。

 間違ったことを言うよりも、寡黙に通したほうがいいのだ。


 私は色々なものを払うように頭を振った。

 今はエルドラドを! ただそれだけを考えるんだ!



――― あとがき ―――


本作をご覧いただきありがとうございました。


ところで、今回初めて挿絵というものを挟んでみました。

いえ、あの、お見苦しいものをスミマセンでした……


次回でエルドラド争奪が決着する見込みです。(話はまだ続きますが)


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