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パパが夢見たエルドラドは  作者: 成瀬志悠
第1章 【運動会 前哨戦】
4/12

4 ―戦士の慮外―

――― まえがき ―――


*ご注意*


本作はフィクションにつき、本作に登場する施設、または人物については、実在する同園、同人物とはまったく関係がありませんのでご了承ください。


本文中に、運動会での席取り競争を過激に描写している箇所があります。

現実ではきちんと係りの人の指示に従って行動くださいませ。


本作で登場する人物は、特殊な訓練を受けているのでアレな人達なので、素人の方は決して真似しないでくださいませ。

 雨上がり、澄んだ十月の空に、スピーカーを揺らすほどの園長先生の宣言が高らかに響き渡る。


 ガラララララッ!

 正門の扉が勢いよく左右に開かれた。


 は、はじまった!


 と、同時にカイザーがロケットスタートで飛びだ…… さない!

 大きく一歩目を踏み出した彼の体は、踏み出した足と地面の抵抗を失い、そのまま滑るように前方へとにゆっくりと崩れ始めた。

 そしてダーンという大きな音を立ててうつぶせに地面に突っ込んでいった。


 な、一体どうしたんだ?


「マイガッ! シィィット!!」

 カイザーはそう言いながら自分の足元に手をやった。

 私も釣られて目を向けると、彼の右の靴には空き缶が挟まっていた。


 ……はっ!

 私は先程モンペが蹴っ飛ばした空き缶を思い出した。

 そうか。空き缶は私が拾った一つだけではなかったのか。

 カイザーは力強く踏み出したその一歩目で運悪く転がっていた空き缶を踏んでしまったのか。


 なんという迷惑な輩なんだ!

 モンペに目を向けると、彼らはこちらを気にする素振りも無く走り出していった。


 カイザー……

 私が彼に手を差し伸べようとすると、彼は首を前に振って、

「ノォー! チーチャンパパ、ゴー! ゴー!!」

 と声を張り上げた。


 カイザー以外の前方の四人は既に正門を越え園内の通路に突入しており、更に私の後ろからはドドドドっという多数の足音が響きあっていた。


 私はグッと歯を食いしばり、遅ればせながらスタートを切った。

 カイザー…… すまない……

 私はどうしても勝たなくてはいけないのだ!

 あなたという、お茶目な偽外人風味コメディアンがいた事を私はきっと忘れないだろう。

 私はカイザーの目の前に転がったもうひとつの空き缶を見つけると、それを拾い上げてカバンに詰め、心を鬼にして通路に躍り出た。


 通路に入ると、私のすぐ目の前でモンペの片割れが地上一メートルほどの高さに並べられた高飛びの棒のようなものに頭をぶつけているのを見た。

 よく見ると、一メートルほどの間隔で、高さ一メートル、高さ五十センチ、高さ一メートルといった具合に、高飛びの棒のようなものが高低違いに十メートルほど設置されていた。

 これが一番目の障害か。たしかに屈んで飛んででは全力で走りづらい。


 だが行くしかないのだ!

 私が勢いを緩めずに高飛び棒に挑みかかると、頭をぶつけたモンペとその片割れが、あろうことか近くに立っていた幼稚園のスタッフ(保母さん)に食って掛かり始めた。

 どうやら障害についてのクレームのようだ。それを見たもうひとりのモンペも引き寄せられるように、そのスタッフに駆け寄った。

 彼らは声を荒くして捲くし立てるが、さすがこの幼稚園の保母さん、クレーマーなどには臆さない。

 保母さんはプロレスで反則プレーを見過ごし、それを猛然とアピールして講義してくるレスラーを華麗にいなすレフリーのように、目をつぶりながら『ノノノノノ』と首を振って抗議をあしらっていた。


 愚か者めが。

 奴らはとりあえず目に付くものには噛み付かずにはいられない習性の生き物のようだ。

 本質を忘れて、そこで永遠とあしらわれているがいい。


 モンペ組みを横目に顔を正面に戻すと、障害に苦戦してあたふたしているカケル君パパの姿が見えた。

 どうやらあの大きなリュックが重いのか、うまくバランスが取れないようだ。

 戦術家の彼にしては珍しく、所持品のチョイスをミスったようだな。

 私はチャンスとばかりにカケル君パパに並び、ふたつほど高飛び棒をパスする頃には彼の前に出ていた。


 すると私の前にはあとひとり!

 あの横幅のある二番目の男だけだ。


 なるべくスピードを落とさずに屈んでジャンプしてを繰り返しながら高飛び棒の障害をクリアしつつ先頭を確認した。


 二メートルほど先に、予想通りやや重鈍な動作で、ふぅふぅと息をしながら高飛び棒をくぐる彼の姿が確認できた。


 よし、いけるぞ!

 私はターゲットを射程圏内に捕らえると、一層の力を脚に込めてダッシュした。

 最後の高飛び棒をくぐる動作が小さくなり、私のヘルメットの頭頂部をゴリッと掠め、その衝撃でヘルメットが脱げてしまったが、気にしてはいられない。

 最後の棒をくぐると私は彼に並んでいた。


 やはりその大量の荷物は災いになったようだな。悪いが勝たせてもらう!

 私は隣に並んだ彼を見ることもせず、次の障害物である目前に迫ったハードルに集中した。

 十メートルほどの間に三つのハードルが通路幅いっぱいに設置されている。

 それが跳躍で超えられない高さではないことを瞬時に判断し、たあ!と一つ目のハードルを飛び越えた。

 着地して一歩踏み出すと、既に彼を置き去り、私が先頭に踊り出た。


 やった。やったぞ! これで私がトップだ!

 このまま最後まで油断せずに丁寧に対応していけば…… 勝てる!


 私が頭の中で娘からの賞賛を浴びている未来図を想像していると、


「走らないでくださーい 走ると危険でーす くれぐれも走らないでくださーい」


 というスタッフ(保母さん)の、最早一応形式上言っておきますと言う態度が見え見えの注意の声が聞こえた。


 ふん。何をいまさら。

 主催者としては事故等があった場合の為に、一応形だけでも注意は促しておきたいのだろうが、この障害物コースを自分で選択した時点で多少の怪我やアクシデントは了承済みだ。

 それは今このコースを走る者たちなら、皆同じであろう。

 あ、モンペは除外だな……


「ただし急がないと数量限定のアレ(席)が完売しマース」

 再び注意事項(?)が発せられた。が一体何のことだ?完売とはなんだ?


 イカンイカン!余計なことを考えるな。

 私が意識をレースに集中し直すと、背後から異様な殺気と言うかオーラのようなものを感じだ。

 すると私が振り返ってそれを確認するよりも早く、黒い影が私に先んじて二つ目のハードルに向けて跳躍した。


 その黒い塊は弾丸のように鋭く、鶴の羽のように両手を広げ、両足をクロスして折りたたみ跳躍すると、「ふぉぉぉ」という声とも効果音とも取れるような音を発しながら素早くハードルを越えていった。

 な、なんてハードルに則さない無駄なフォームだ。

 が、それなのに…… 何故そんなに速い!?



 いや、待て、その後姿は二番目の男!?

 私は先程までの彼とは別人のような、その無駄にスタイリッシュなのに何故か素早い動きに混乱した。


 私が混乱していると、二番めの男は三つ目のハードルに差し掛かるや否や、その満載している荷物を軽く手で払い一時体に巻きつけると、それが戻るよりも早く例の鶴ジャンプを繰り出し、これまた見事に、そしてすり抜けるようにハードルを越えていった。

 彼にとっては最早それがいつものデフォルト装備であるかのように、その負担と思われた荷物群をいとも涼しげに取り扱ってみせる。


 あの身のこなし、素人ではない。いや、プロだ。それも相当の修羅場を潜り抜けた……


 去年の運動会には、いや、それどころか今年のお遊戯会にもその姿を確認した記憶はない。

 これほどの手だれの存在を見逃すわけがない……


 はっ、まさか夏休み明けに、(ちーちゃん)と同じ『あおうみがめ組』に転園してきた『藍衣姫(なうしか)ちゃん』のパパか!?


 着地の際、彼のカーゴパンツのサイドポケットからストラップらしき物が飛び出した。

 ポケットに詰め込まれてその姿を隠されていたストラップらしき物は、ベルトのフックに繋がれているため地面に落下することはなかったが、彼の激しい跳躍によりその全貌を現し、今、彼の走りに合わせてユラユラと揺れている。

 私は迅速に揺れるストラップを確認する。

 ん? 白い服に栗色のツインテール、錠のような長い杖を持った女の子のようだ。


 ――アニメキャラか!?


 し、しまったあああ!! 

 奴め、さてはコミケあがりか!?

 私としたことが迂闊だった。認めたくはないが楽観していた。

 彼はプロだ。それもこの国で最も優秀と噂される組織に属した精鋭だ。


 チィィ! これは手強い。


 彼らは地獄とまでに形容される過酷な戦場を渡り歩き、勝利し続ける戦士の中の戦士。

 我々とはイデオロギーが異なるため、決して同じ戦場で合間見えることはないと勝手に思い込んでいた。


 そ、そうか…… オタ婚…… という可能性が。もしくは隠れか……

 いずれにせよ、何に触発されたのかは不明だが、既に奴の封印は解かれて覚醒しまっているのは事実だ。


 イカン!今は自分の甘さを悔いている時ではない。

 私は三つ目のハードルをクリアすると、次なる障害を確認した。


 目の前には大きなネットが入り口を大きく開けて待ち構えいてた。

 ネットは両端を通路の端に固定されており、入り口部分だけをワイヤーで吊り上げられている。ワイヤーは通路脇の両サイドの大きな木の幹に固定されていた。


 なるほど、これを潜れという訳だな。

 私は走りながらネットに駆け込む準備をしつつ分析した。

 姫パパ(藍衣姫ちゃんはクラスで『ひめちゃん』と呼ばれているらしい。最初の自己紹介で保母さんが彼女の名前が読めずに『あいころもひめ…… ちゃん?』と読んだので、それ以来『ひめちゃん』で通っているようだ。彼女自身も結構気に入っているらしい。ということで、彼のことは仮称としてこう呼ぶことにする)は既に吸い込まれるようにネットの中に駆け込んでいる。


 これが通路の最後の障害ということだな。

 負けてなるものか!

 たとえ相手がオタクだろうと恐れることない!

 娘萌えの力、甘く見るな!


 私は全速力のままネットに飛び込んだものの、入り口こそ吊り上げられていて腰を屈めただけで進入できたが、ネットは三メートルも進むとほぼ地面に張り付いた状態となっていいたため、そこでネットに顔面を引っ掛けて後ろに転倒してしまった。


 姫パパはあれだけの重装備にもかかわらず、美しい匍匐前進(ほふくぜんしん)でスルスルとネットを潜っていく。

 また、何故だかわからないが彼はネットの中に入るという行為自体にまったく嫌悪感が見えず、むしろ水を得たオタクのように生き生きとして見えた。


 なんというスキルだ。

 ここまでくると、最早尊敬の念が現れ始めた。

 しかし、ここで立ち止まるわけには行かない。

 私には絶対に手に入れなければならないものがあるのだ!


 私は体を四つん這いに起して更に体勢を低くし、姫パパの美しい動作とは対照的に無様に両手をバタバタと動かしてネットを捲りながら夢中で突き進んだ。


 これでは更に差が開いてしまう。なんとかグラウンドに出てから追いつかなければ……

 少しの不安が頭をよぎったが、頭を縦に大きく振って不安とネットを払いのけた。


 無我夢中でネットを掻き分け、出口まであと2メートル程というところで、姫パパの脚が目の前に現れた。

 む? 何故まだここにいる? あのペースなら既にネット地帯を抜けていてもおかしくは無いはずなのだが。


 よくよく見ると、彼はネットに何かを引っ掛けて動けなくなっているようだ。

 これはチャンスだ! 今日の私はツイているのだ。なんという幸運。神は努力したものを見捨てはしなかった。


 私はここぞとばかりに全身に力を入れなおし、猛然とネットの中を突き進んだ。

 ついに彼に並んだ! まだ彼は引っかかったままだ。これでトップだ!


「ううっ…… 藍衣姫ちゃん。ゴメンネ」


 隣からとても小さく消え入るような声が聞こえた。


 ……


 私は顔を横にして彼の体を確認した。

 ……あれか。

 どうやら彼のアニメストラップがネットに絡まっているようだ。

 彼からはカバンと腹の肉が死角になっていて見えていないようだ。


 私はグッと手を横に伸ばしてストラップを掴んだ。

 む。思ったよりも何重にも絡まってしまっているな。

 姫パパはこちらに気がついていないようだ。


 手を伸ばして解除作業していると、足元のネットがフッと浮き上がった。

 しまった。後続がもう追いついてきたか。


 はやくこの解除作業をおえて再スタートせねば……

 くっ、手を伸ばしきって指先で作業していると、肩が()りそ……

 って、アアアーーーッ!!

 攣った!肩が攣った!!

 ビクビク震える指先で、ストラップをネットから外しおえた。

 ふっと体が横にあおぎ、姫パパは引っ掛かりが外れたことに気がついたようだ。


 私は攣ってない右手で懸命にネットを掻き分け、這い出るようにネットから脱出した。

 それと同時に姫パパもネットから出てきた。

 姫パパが覚醒時の動きで機敏に立ち上がり、私に一歩先んじてグラウンドに躍り出た。


 いつも私はこうなんだ。要領が悪いのは自覚している。

 そしてそれがいつも悪い結果を招くことも……

 

 だが、今そんなこと言っても何も変わらない。

 走るんだ! 今はあそこを目指して!


 私は立ち上がりきらないまま走り出し、少し前につんのめった。

 走りながら体勢を立て直し、既に一メートルほど先を行く姫パパの姿の向こうに、目指すべき地点を再確認した。



 そう、あの遥か遠くに見える栄光の『エルドラド』を……



――― あとがき ―――


本作をご覧いただきありがとうございました!


ついに本文中に『エルドラド』の文字が登場しました。

今後、この『エルドラド』がこの物語でどのように関わってくるのかは、

今はまだ、誰も知らない(作者もあやしい)


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