化け物退治
「前方、数百メートル先に馬車を確認しました。間違いなく子爵家の馬車です」
強奪されてから二日後、シャイアモン伯爵領の目前で追いついた。
「野盗どもは馬を休めているようです。周囲を警戒している者もいましたが、気付かれていません」
偵察に出ていた騎士の報告を受け、隊長騎士は頷く。
「よし、行くぞ! 全員、ギリギリまで気付かれないよう、最新の注意を払ってくれ」
「「はっ!」」
「「おう!」」
騎士、そしてクウスたち冒険者がそれぞれ返事をする。さすがに全員、緊張していた。
野盗に扮した傭兵たちは馬を休ませるため、休憩を取っていたが、気も抜けていた。
クィシオニタ近郊で襲撃し奪った積荷は、街道を使わないルートで運んできた。
馬車の通った跡を追ってきても、途中で痕跡を偽装しているので、追跡は難しい。
そして、二日間で一度も追っ手が現れることは無かった。つまり、完全に撒けたのだ。どの傭兵もそう思っていた。
そう思ってはいたが、口にはしない。なぜなら、自分たちを率いる男に聞かれたらまずいからだ。
「お前ら……気が抜けてるな」
アンジェロがボソリと呟く。
とても小さな呟きだったが、周囲にいた傭兵たちの背筋は真っ直ぐに伸びた。
「と、とんでもねえです、旦那。もうすぐシャイアモン伯爵領に着くからって気を抜くだなんて」
太っちょの男バグモンが誤魔化そうとするが少し本音が漏れている。
「お前らも傭兵の端くれなら、仕事中は気は抜くんじゃねえ。長生きできねえぞ?」
アンジェロは、今回の仕事で集められた傭兵たちの質の低さに落胆していた。
動きは遅いし、判断も遅い。練度の低い騎士相手に手こずる弱さ。そして、日を追うごとに緊張感を失い弛緩していく。
バグモンと、槍使いの猫人族ウキョウの二人だけが辛うじて使えるレベルだった。
それもこれもあの二人のせいだ。あいつらが解散を言い出さなければ、トライデントは今頃、世界最強の傭兵団と言われていただろう。
トライデントで活動していた頃は周囲には歴戦の強者しかいなかった。
それが、解散後に流れ着いたこの国で仕事をしてみれば、寄せ集めのような連中と組まされる。
「しかし、さすがにここまで来れば追っ手は気にしなくてもいいんじゃねえですか?」
傭兵の一人、壮年の男がアンジェロに異を唱える。
アンジェロは周りを一瞬見回し、ため息をついた。
「はぁ〜あ、気を抜くなって言ったろ。……来たぞ」
「「へ?」」
直後、異を唱えた男の頭に矢が突き刺さる。
男は座ったまま頭をだらんと垂らし動かなくなった。即死だ。
「うお!? お前ら、敵襲だ!」
バグモンが叫ぶ。
さらに矢、それに投げ槍が飛んでくる。
「ちい!」
槍使いのウキョウが矢を弾き、敵を探す。
すると、馬車の周りを騎士や冒険者と思しき連中が囲んでいた。
「囲まれてやがる、野郎ども! ぶっ殺せえ!」
襲いかかる騎士たちを、ウキョウの合図で傭兵たちが迎え撃つ。
戦闘が始まる。
奪還側は護送隊の生き残りが十一人。クィシオニタから派遣された騎士が十人。冒険者はクィシオニタの四人組パーティー、エド率いる“自由の盾”も四人、クウスたちはエミリーも入れて五人。
合計で三十四人だ。
それに対して野盗側は全部で二十一人。
数では勝っているが、一人一人の強さは傭兵の方が上だ。
互角の攻防になるのを見て、アンジェロも立ち上がる。一人で戦況をひっくり返すために。
だが。
「ぬうん!!」
その頭上から斧刃が振り下ろされる。
背後から迫ったエドの攻撃だ。
「ちっ」
身体を横にして斧を躱したアンジェロは、牽制で左の拳打を放つ。
しかし、エドはアンジェロの左手を見て大きく距離を取った。
ただの拳をここまで警戒するエドに、アンジェロは少し目を見開いている。
「……お前、知ってるな? 撃破の左を」
敵の攻撃を躱そうとするのは当然だ。だが今の過剰とも言える反応は、自身の切り札を知っている者でしかあり得ない。
なぜこの大男は知っているのか、そもそもこの場に自分がいることを知っていたのか、アンジェロの疑問は尽きない。どこかの戦場で出会ったことがあるのか、それとも。
「しっ!」
思考を巡らせるアンジェロを、今度は剣が襲う。
カリオッツによる連続の刺突攻撃である。
しかし、アンジェロはいとも簡単にそれを躱し、背中のシミターに手をかける。
カリオッツの剣に合わせ、エドが横から斧を叩きつける。全く同時の攻撃。
どちらかが当たる。カリオッツとエドはそう考えたが。
「はあっ!」
シミターに闘気を纏わせた一撃はエドの斧を弾くと、勢いそのままにカリオッツの剣まで弾き、二人を後退りさせた。
その凄まじい剣速にカリオッツとエドはゾッとする。
アンジェロは体勢の崩れたカリオッツを追撃しようと踏み出しかけ、即座にその場を飛び退いた。
すると、寸前までアンジェロのいた場所に火球が飛来し炎上する。
「魔法使いか? どこに――」
術者を探したアンジェロに、炎を突き抜けて黒銀が、クウスが飛び込んできた。
意表をつけたが、袈裟斬りはシミターで防御される。
しかし即座に左手でボディを打つ。
アンジェロの腹部に当たったが、手応えが薄い。
奴は自ら後ろに跳んで衝撃を逃がしたようだ。
「なっ! てめえ、何で生きてやがる!? 確かに致命傷だったはず……」
アンジェロは自分の目の前に現れたクウスに驚愕している。撃破の左は腹に大穴を開けた。
たとえあの場に治癒魔法を使える凄腕の魔法使いがいたとしても、間に合わせるのは難しい。
正に致命傷だったのだ。
そうであるにも関わらず、クウスはアンジェロの前に立っている。
しかもクウスの装着している胴当てには穴が空いているのに、穴から見える腹部に傷跡は見えない。
「ポーション? いや、魔道具か?」
アンジェロは自問自答するように呟いている。
希少な素材と高度な魔術で作られる水薬、ポーション。ポーションの中には伝説になるような効能を秘める物も存在する。
または国家や宗教組織などが秘蔵している魔道具ならあるいは。
だが、この若い、駆け出しに見える冒険者が持っているわけがなかった。
混乱するアンジェロを見て、クウスは追撃に動く。少しでも動揺しているうちにダメージを与える。
クウスが動くと同時にエドとカリオッツも動いた。二人もクウスと同じ判断をしたのだ。
既にクウスは魔人化の状態だ。一日に二度目だが、一か月前に“黒翼”のギルと戦った時に比べて消耗は少なく感じる。慣れなのか、クウスが成長したからなのかは分からないが。
「「うおおおっ!」」
クウスの剣鉈、カリオッツの剣、エドの斧が三方向からアンジェロへ殺到する。しかし、アンジェロの操るシミターはそれらを悉く受け流し、躱し、連携を乱す。
「三人がかりなら俺を倒せるとでも思ったか? あいにく、一対多の状況には慣れてんだよ!」
アンジェロが投げナイフを投擲する。
ナイフに意表を突かれたカリオッツが退がる。
次にエドによる横薙ぎを、軽く跳躍して躱してみせた。
それに反応しクウスは切り上げを放ったが、アンジェロは中空でシミターを振り下ろし防ぐ。
と、同時に背後に蹴りを放った。後ろから近づいていたカリオッツはガードしたが再び後ろに退がらされた。
「火よ!」
根源魔法による火を浴びせる。
「うおっと」
アンジェロは火に驚き、左に跳びのく。前方に火、後方にカリオッツ、右にはエドがいるからだ。
それを読んでいたクウスは、火を出しながら左に詰めていた。
渾身の袈裟斬り。
「っ!」
かわされた。しかし、その頬には確かな赤い線ができている。
大きく距離を取ったアンジェロの顔から、血が流れ落ちる。
「……昇降流れ 意のままに 起きろ風 《起風》!」
アンジェロは体に魔法の風を纏う。
まだ大したダメージを与えていないのに、本気にさせてしまったようだ。
「わいが先頭で防ぐ! カリオッツは中衛、クウスは後衛しろぃ!」
エドは雰囲気の変わったアンジェロへ金の角が生えた盾を構える。
この盾は“金牛の盾”という魔道武具だ。
エドが魔力を込めると金の角が輝き、盾を倍の大きさにしたような魔力の壁が形成された。
アンジェロは踏み込むとエドへ迫る。
起風による補助で走る軌道を細かく変えながら、シミターによる切上げ。
エドは盾の魔力壁でこれを防ぐ。
「ぬん!」
さらに、タイミングよく盾を押しアンジェロの体勢を崩した。
そこをカリオッツが攻める。
「〈龍脚〉」
足から闘気が噴出、そのままアンジェロへ上段蹴りを放った。
「ぐぅっ!?」
アンジェロは左手でガードしたが、予想外の威力に驚く。
カリオッツは蹴りを放った右足を引き、続けて前蹴りを繰り出した。
「がっ、は!」
前蹴りはアンジェロの腹部に当たり、アンジェロは後ろへ飛び退いた。
アンジェロはカリオッツとエドを睨むが、その後ろから凄まじい魔力と闘気を感知する。
カリオッツたち二人が左右に飛び退き、見えたものにアンジェロは驚く。
「……何だそりゃあ」
クウスは闘気を纏わせた剣鉈を上段に構えていた。
さらに、その周囲には闇が漂いクウスの姿を隠していく。
そして、闇の中から聞こえた。
「〈黒閃〉!」
闇の中から巨大な黒い斬撃がアンジェロへ伸びる。
その範囲は広く躱すことは間に合わない。
闇が、アンジェロを直撃した。
黒い破壊の一閃は当たると同時に、闇が霧のように周囲へと散っていく。
「なんじゃい、今の!?」
「やったか?」
エドとカリオッツがその威力に驚き、結果に期待する。
〈黒閃〉は闘気を飛ばすのが苦手なクウスが考えた、魔法との合わせ技だ。根源魔法で闇を生み出し、斬撃とともに放つ。その闇の通り道に闘気を沿わせている。
気の放出量を調整するのは下手だが、この技にそんなものは必要ない。大量の闘気をブッ放すだけでよかった。
闇じゃなく火や風でも同じことが可能だが、敵の視覚を妨げる効果がある闇をクウスは好んだ。
大量の闘気と魔力を消費する大技だが、その威力は絶大だ。
闇が晴れていく。
晴れたその場所に、アンジェロはいた。
奴は無傷だった。
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