新たな門を越え、旅は続く
ここはクウスの故郷、大森林の端に位置する集落。
丘の上にある家の中で二人の男が酒を飲んでいた。
「ノーマンさん。そういや三年前の話、聞きましたよ。クウスが一人で山獣主を引きつけて住民を逃がしたって」
「ん? ……ああ、あの時の話か」
「なんでもクウスの叫び声が聞こえて、血相変えたノーマンさんが助けに行って、討伐したって聞きましたよ?」
集落の鍛冶師にしてクウスに剣を教えた男、ウィルは酒を飲みながら耳にした噂話について聞く。
三年前に高ランクの魔物が集落を襲った。大騒ぎになったが、クウスが魔物を引きつけたお陰で死者は出なかった。ノーマンが助けに向かい魔物は討伐されたと、他の住人から聞いたのだ。
聞かれた当人のノーマンは難しそうな顔をして酒を呷ると、口を開いた。
「俺じゃねえよ」
「へ? またまたぁ、ノーマンさん以外に誰が山獣主を倒せるってんで?」
山獣主は高ランクの魔物だ。モリー婆の魔法で守る分には問題無いが、倒すとなると難しい。討伐できるのは当時、集落にいなかったウィルか、最も腕の立つノーマンぐらいだ。
「……モリー婆にしか話してなかったんだが。俺じゃねえんだよ。俺が駆けつけた時には山獣主は死んでた。辺り一帯も吹き飛んでたぜ」
「はあ? そりゃあ、つまり。……クウスがやったと?」
今ならともかく、当時のクウスではさすがに無理だろう、とウィルは内心で思いながら聞いた。
三年前のクウスは12歳。自分のことを「ぼく」と呼び、まだ剣も魔法も半人前以下、豚怪人を倒せるかどうかの少年だったからだ。
「さあな。結局、見たわけじゃねえから分からねえよ。……だが、あの日オレが聞いたのは恐怖から来る叫び声じゃない。あれは、闘争の雄叫びだったぜ」
ノーマンは泣き虫な孫を思い出し笑みを浮かべる。
珍しく上機嫌そうだったので、ウィルはそれ以上は何も聞かず、静かに杯を傾けるのだった。
最も威力のある技、〈黒閃〉をくらって無傷。
それは、クウスにとってかなりショックなことだった。
無傷で現れたアンジェロはすぐに反撃に移らず、クウスたちに質問をした。
「お前ら、名前はなんと言う? ……銀混じりのガキ、お前は?」
アンジェロに急に名前を問われたが、誰も口を開かない。するとクウスに目を向け再度聞いてくる。
「……オレは、クウスだ!」
大声で堂々と名乗った。名前を聞く意図は分からないが、答えないのもなんだか負けな気がした。
「クウスか。おい、お前らは?」
アンジェロは今聞いたクウスの名を呟き、カリオッツとエドへ視線を向ける。
「……カリオッツ」
「わいはエドじゃい」
カリオッツとエドも取り敢えず名を教えた。
「そうか」
名前を聞き終えたアンジェロは歩き、クウスたちへ近づいてくる。
その歩みに淀みはなく、本当に無傷のようだ。
「お前ら……大したもんだぜ。一人一人は冒険者で言えば、銀級の下位から中位ってとこだが。
才能は有るぜ、間違いなくな。成長を続ければいつか化け物級の戦力になれたかもしれん」
アンジェロは歩きながら左手の手首をプラプラと振っている。
「だから、残念だ。……ここでお前らは殺さなきゃいけねえ」
アンジェロから風が吹き荒れる。起風だ。
〈黒閃〉も風で防いだのだろうか、いや、その程度で防げるような威力ではない。
青髪は風で乱れ、まるで青い炎が揺らめいているように見える。
そして、殺気が膨れ上がった。
「くたばれ!」
最初に狙われたのはクウス。
シミターによる大振りは回避の選択が取れないほどに速い一撃だった。
何とか剣鉈で受けることに成功するが、さらに起風の突風による追撃で、踏ん張りきれずに吹き飛ばされた。
「うぉわぁあっ!」
吹き飛ばされ、地面を転がったクウスは即座に起き上がる。
追い討ちを警戒して構えたが、何も来なかった。
拍子抜けしたが、見ればアンジェロはエドに攻撃を仕掛けていた。
そして、
「ぬうぅぅう!」
エドは先ほどと同じように金牛の盾で魔力壁を張って対応していたが、アンジェロの連続攻撃を防ぎきれていない。その大きな身体に細かい傷が刻まれていく。
それをフォローしようとカリオッツが接近していく。
「〈龍脚〉!」
フェイントを混じえた蹴りが嵐のようにアンジェロへ襲いかかる。
「はっ、その蹴り。普通じゃねえ威力だが、当たらなきゃ意味もねえな!」
アンジェロは蹴りを全てかわしながら笑う。
(速すぎる、あれが本気のスピードかよ!)
クウスはカリオッツたちを加勢しに走る。
今までのアンジェロは手を抜いていた訳ではないだろうが、全力を出していた訳でもなかったようだ。
焦りながら走り向かうクウス。
その時、アンジェロは横に一歩動いた。
それは戦っていたカリオッツとエド、向かってくるクウスの三人が一直線に重なる位置取りだ。
「左手!!」
クウスは咄嗟に叫ぶ。
アンジェロの必殺技、撃破の左のことはカリオッツたちにも伝えている。
カリオッツとエドは瞬時に左右へ動いた。
これで三人同時に仕留めるのは無理になった。
そう思った時、気付いた。
左手を前に突き出したアンジェロは、わずかに口角が上がっていた。
獲物が罠にかかって、笑いを堪えきれないかのように。
「〈撃破の左〉!」
掌に埋め込まれた石が輝き、闘気が膨れ上がる。
そして、拡散された衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばした。
その威力は地面をもえぐり、土が巻き上げられ煙のように視界を悪くする。
衝撃波により全身を打ちつけたクウスは、土煙の中で何とか立ち上がる。
土煙が晴れ始めると、少し離れたところにはエドとカリオッツが倒れていだ。
「がはっ」
「う、うう」
意識は有るがクウスよりも近距離で衝撃波を受けたせいか、動けないようだ。
「くそっ……なんで」
この惨状を引き起こした青髪の男を睨む。
アンジェロは土砂を風で飛ばしながら歩いてくる。
「俺の撃破の左を警戒していたみたいだが……残念だったなぁ。以前、お前に撃ったのは威力重視の集束バージョン。そして、今撃ったのは対多数用の拡散バージョンさ」
アンジェロは僅かに眉を寄せながら、左手をさする。
何となくだが、痛みを感じているように見える。
あれだけの威力なら左手には反動があるのかもしれない。
「昔、イカれた魔道技士に移植させた魔道武具だ。生身への移植はリスクが高かったが、引き換えに切り札を得ることができた」
アンジェロは動けないクウスたちを見て勝利を確信しているのだろう。追撃せずに話をしている。
さするのをやめると左手はだらんと力無く垂れた。
「くくく、そろそろトドメを刺してやる。クウスだったか? お前は首を切り落として、今度こそ確実に殺す」
アンジェロの右手に握られた禍々しいシミターから、死の気配を感じる。
殺される。
体は全身がボロボロだ。
さっきの黒閃で闘気もほとんど無い。闘気が残っていれば無理に身体を動かすこともできたのだが。
アンジェロが一歩近づくたびに、確実な死が迫る。
こんなとこで死ぬのか?
涙が頬を流れる。
身体は動かないのに涙は流せるんだな。
じいちゃんに男なら泣くなってまた言われそうだ。
じいちゃんを超える最高の冒険者を目指した。
その旅はこんなところで終わりなのか?
「……ちっ、情けねえ。泣きっ面を見せるなんざ、所詮ガキだな」
アンジェロが、見下ろしていた。
嗤っていた。
悔しい。
こんなやつに殺されるなんて。
死んだら、ソーマは怒るかな。
怒るよな、約束守れなかったし。
もしかして泣くかな。泣かすのは嫌だな。
男なら泣くな、女は泣かすな、これもじいちゃんが言ってたっけ。
――……だ――
……まだだな。
まだ、諦めちゃダメだ。
諦められねえ!
――叫ぶんだ――
どこからともなく声が聞こえる。
「……ま、負け、ねえ。絶対、お前を…ぶっ飛ばす!」
クウスの言葉を聞いたアンジェロは、嗤うのをやめた。
やつは右手を大きく振り上げ、シミターを振り下ろした。
思わず、目を閉じた。
――力を求めろ、魂から叫べ――
聞こえてくる声は覚えが無いのに。まるで自分の言葉のように、信じられる気がした。
「――――――――――――っ!!!!」
クウスは心の限り、強く、強く叫んだ。
言葉の体を成していない叫びは大きく、身体を震わせる。
――そうすればお前は……誰にも負けない――
――なぜならばお前は――だから――
そして、
門は開いた。
クウスから魔力が爆発したように迸る。
その魔力は振り下ろされたシミターを弾いた。
「なっ!?」
魔力の放出、ただそれだけのことで攻撃を止められ、アンジェロは言葉が出ない。
クウスが目を開けた。
その瞳の色は先ほどまでと同様、黒と銀。
しかし、僅かに銀の割合が増していた。
「……我クウス、一時の解放を差し許す、《解封》 ―― 《序哮門》!」
既に魔人化しているクウスが、もう一度詠唱をした。
真抗門の先、第二の門が開く。
封印から新たに解放された力がクウスを駆け巡る。
闘気が再び身体を満たす。
動く。
アンジェロは未だに目の前にいる。
ここで、決める。
クウスは両手を組んで振り上げ、全ての闘気を手に集めた。
それを即座に振り下ろす。
素手だが、黒閃と同等の威力が込められている。
「これで、どうだぁあっ!」
アンジェロは突如、存在そのものが進化したようなクウスを呆然と見ていた。
だが、クウスが両手を組んで振り上げた時点で、我に返ってしまった。
痺れと痛みが続く左手を無理に突き出し、放った。
「っ! 撃破の左ぉ!!」
クウスの両手と、アンジェロの左手がぶつかり合って二人が互いに数メートル吹き飛ぶ。
お互いの攻撃は完全に防げなかった。
クウスは胴当てがヒビ割れ、手足に裂傷、と全身が傷だらけ。
対するアンジェロも額や口から血を流し、かなりのダメージを受けている。
だが、クウスは今ので闘気がほぼ尽きている。
体はもう間も無く、動かなくなるだろう。
次が、最後のチャンスだ。
「ぐぅううっ!」
魔力。
闘気が尽きたならば、魔力しかない。
手に魔力をとりあえず集める。
だが、何の魔法を使えばいい。
詠唱をしている暇があるのか。
その一瞬の迷いをアンジェロに感じ取られた。
奴は目を血走らせながら、シミターを構え突っ込んできた。
焦りからクウスは、魔力を一気に放出する。
その魔力量は凄まじい。
放出される魔力にアンジェロは顔を歪めたが、すぐさまその表情に覚悟を滲ませて迫る。ダメージを受けようと確実に殺すつもりだ。
一方、クウスは驚いていた。
両手に魔力を集め、さらに全身の魔力を練り放出した瞬間。
頭の中に、一つの魔法が浮かんだのだ。
全く知らない魔法。
モリー婆から教わってもいない。旅に出てからも聞いたことがない。
なのに、その魔法を知っている。
それは、三年前に山獣主に殺されかけた日と同じだった。
気絶から覚めると何故か《魔注治療》を覚えていた。
さらにその後、魔人化もできるようになった。
当時は経験を積み、強くなり、魔法を覚え、その結果に魔人化できるようになった。
そう思っていた。
けれど、もしかしたら逆だったのか?
門を開いたから、魔法を覚えたのか?
だから、第二の門《序哮門》を開いたことで新たに魔法を手に入れた?
だとするならば。
いや、今はいい。
使えるのならば、使うだけだ。
この魔法を。
詠唱はただ一つ。
叫ぶだけなのだから。
握った拳を両手を眼前で交差させ、ぶつける。
クロスした両手の魔力が顔の前でギラギラと輝きながら浮いている。
その魔力塊は、まるで巨大な火花のようだった。
「――《魔叫閃ォォオオオオッッ!!!」
叫びとともに全身の魔力が眼前の魔力塊へ注がれる。
行き先を求める莫大な魔力塊は、叫びの主の意のまま、放たれた。
巨大な閃光は魔力の奔流。
全てを吹き飛ばす。
アンジェロは咄嗟に撃破の左を撃とうとする。
だが、左手はピクリとも動かなかった。
数日前にはクウスとの初戦で一度しか使わなかった切り札。
どんな強敵でも一撃で葬ってきた左手。
しかし、今日はすでにクウスの黒閃を防ぐのに一度。
さらに、クウスたちをまとめて吹き飛ばすのに一度。
そして、クウスの全闘気を込めた両手の一撃の相殺に一度。
三度に渡っての使用。
その反動は軽い痺れや痛みを超え、ついに完全な麻痺を左手にもたらしたのだ。
「バ、バカなぁぁぁああああっっ!!!?」
アンジェロは驚愕と怒りと焦燥が入り混じった表情のまま、閃光に飲まれていった。
魔力の奔流は止まらず、閃光は遥か遠くの空へ飛んでいく。
そして、やがて見えなくなった。
「……へへっ、ぶっ飛んでったな」
クウスは笑う。
死を運ぶ傭兵は消えたから。
そして、ソーマとの約束が守れたから。
その後、積荷を奪還したクウスたちは夜公の檻灯をクィシオニタへ届け、依頼を達成した。
この依頼を機に、“蒼角”のアンジェロを倒したクウスの名は少しずつ広まっていくことになる。
新たな門を開いたクウス。
彼の冒険は門を越えた先にも続いていく。
迷宮へ挑み、戦争に赴き、国を越え、海をも越えて尚も旅は続く。
幾多の困難が待ち受けているはずだが、彼のそばには頼りになる仲間がいる。
その歩みは決して止まらないだろう。
彼が目指す、最高の冒険者になるまで。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
よければ評価や感想などお願いします!
本来の予定ではまだまだ物語が続くのですが、構成を変えて書き直したいと思うようになりました。
構成を変えた後のものは変更点が多くなりそうなので、この作品は一旦完結とします。
そのうち投稿し直そうと考えておりますので、その時はまた、よろしくお願い致します。
またお会いしましょう。
ありがとうございました。




