決着と因縁
「大地よ応えよ我が干渉に 我が意を混ぜ 地の姿を解け――」
クウスが魔力を練り言葉を紡いでいく。
ギルはその異様な魔力量に驚き、警戒する。
「何の魔法か分からんが、発動する前に死ね!」
黒翼にさらに魔力が込められ射出された。
十五枚の羽がクウスを襲う。
だが、
「――種から芽吹くは自在の土塊 《地形操》!」
詠唱が間に合ったクウスは地面に右手をつき、魔法を発動する。
それと同時に地が揺れ、蠢いた。
クウスの前に土の壁が競り上がり、羽を防ぐ。しかし、黒翼の羽は次々に飛来し土壁を抉っていく。
全ての羽が殺到し土壁を破壊した時。
すでにクウスは壁から飛び出していた。
剣鉈を持ち、ギルへ走り出す。
「馬鹿め、意表を突いたつもりか!?」
ギルは即座に黒翼を羽ばたかせる。
再び羽を射出する寸前、突如としてギルの足元が隆起する。
「なにっ!?」
ギルの身体は大きく傾き、射出した羽は上空へ逸れて飛んでいってしまった。
クウスの《《地形操》は辺り一帯の地面に効果を及ぼしていたのだ。
クウスが迫り、剣鉈を振りかぶる。
闘気を込めた一撃だ。
「ちいっ!」
ギルは黒翼を自分の前にかざし、防御姿勢を取る。先ほどのように剣を防ぎカウンターを狙うつもりだった。
「残念っ、甘いぜ!」
しかしクウスは跳躍し、ギルの上を通過する。
そして、半回転。
いつの間にかギルの後ろに隆起した土の壁に垂直に着地。
すでにクウスは身体を大きく捻り技を放つ構えに入っている。
「ば、ばかな!」
壁蹴りで跳び出す。
この時、足の指、足首、膝、腰。闘気で強化された各関節が連動していく。
ギルの背後から研ぎ澄ました高速の剣が振るわれる。
「〈銀閃〉!」
銀の閃光が、黒い翼を斬り裂いた。
「ぐはあっ!」
上半身を大きく斬られ血飛沫が舞う。
本来ならギルの身体が真っ二つになっていてもおかしくない威力の斬撃だった。
だが、ギルの急所を切り裂く寸前で黒翼が間に入り、威力を軽減した。
もちろん、死ななかっただけで重傷ではある。
クウスの勝ちには変わらない。
「はあ、はあ、オレの勝ちだっ」
クウスは膝に手を置き、疲労に耐える。
銀が黒へと戻っていく。魔人化を解いた、いや封印を戻したのだ。
これ以上、魔人化を続けると制御ができないと感じていた。
顔を上げ、倒れたギルへ目を向けるとそこには。
「リーダー、撤退しましょう」
いつの間にかギルのそばにステッキを持つ紳士が立っていた。
新手か?
「っ、ぐ、まだだ!」
ギルはクウスを睨み、立ちあがろうとする。
しかし、動けない。血を流しすぎている。
その様子を見た紳士は肩をすくめて小さくため息をつく。
しかし、すぐに動けないギルの体をステッキに引っ掛けて持ち上げ、背負った。
そして、クウスに視線をやると、
「“黒翼”を倒すとは、見事です。ですが――」
その時クウスの後ろで金属音が鳴った。
クウスが振り向くと、カリオッツが剣で短槍を持った男と交錯していた。
「ちいっ!」
短槍の男はすぐにカリオッツから離れ距離をとる。
「クウス、油断しすぎだ。後ろから狙われていたぞ」
どうやら紳士の男に気を取られた瞬間に奇襲されたのを、カリオッツが助けてくれたようだ。
「お前、何でここに――」
「エミリーたちは安全な場所に届けたから安心しろ。やはり新手が来たか、間に合ってよかった」
そう話すカリオッツはかなり汗をかいていることに気づく。急いで駆けつけてくれたみたいだ。
「ふむ、良い仲間をお持ちですな」
「へへ、まあな」
良い仲間。そう言われ、戦闘中なのについ嬉しくなってしまう。
「この場であなたを殺すのは難しそうだ。今日のところは撤退いたしましょう」
奇襲を防がれた紳士の男はさも残念そうに言うと、一礼して踵を返す。
「……待、て、ロチュラ」
すると、ステッキに引っ掛けたまま背負われているギルが紳士を止める。
ギルはクウスへ殺気を向ける。
「……次に会った時……俺たち、十始末が……必ずお前を殺す。覚えておけ」
「へっ、おまえも覚えとけ。次はお前ら、全員ぶっ飛ばしてやるからな!」
クウスとギルの視線がぶつかり合う。
「もういいですかな? それでは失礼。エス、あなたも行きますよ」
ロチュラと呼ばれた紳士は短槍の男に呼びかけ、ギルを連れて歩み去っていく。短槍の男も路地の影に消えていった。
「はあ〜、キッツぅ〜」
ギルたち十始末の気配が消えてから十数秒後、クウスはその場に倒れ込んだ。
一日に二度の魔人化で、もう限界だった。
「さすがに疲れたか。しかし、捕らえていた男が一人逃げたようだぞ」
カリオッツからの報告、誰か逃げてしまったらしい。
「魔道士のやつか? それとも闇ギルドのやつ?」
「闇ギルドの若い男のほうだ。“黒翼”のギルと戦っている間に、おそらくさっきの短槍の男が助けたんだろう」
逃げたのは闇ギルドの優男らしい。
(まあ、しょうがねえか。騎士団はあの状態だし)
騎士団の方を見ると、騎士たちはボロボロだった。黒翼の羽によって、全員が重軽傷を負っている。捕まえた悪党を気にしている余裕も無かったのだろう。
それでも、悪い魔道士パドリソンは捕まったまま地面に這いつくばっていたので、良しとする。
今日は黒いモヤに惑わされたのをアグに助けられた。
三対一のピンチをメットに助けられた。
抑えられなかった悪魔道士たちから、エミリーのことをカリオッツとソーマが助けてくれた。
今も奇襲からカリオッツに助けられた。
助けられてばかりだった。
「……へへ、まあいいか」
でも、自分にも仲間ができた。
そう実感できた一日だった。
気が抜けたクウスは地面に寝転んだまま、いつの間にか心地良い眠りへ落ちていった。
数時間後、ウルカの北地区にある領主の城で報告が行われていた。
「ふむ、パドリソンという魔道士、それと“雀誅”の人間を一人、捕まえたか」
ティーバ子爵は報告を聞き少し安心した顔を見せる。首謀者と見られる魔道士が捕まったのであれば、これ以上の騒動は起きないと予測できる。
「それにしても、雀誅か……。たしか最初の報告では捕まえたもののすぐに逃げられたと聞いていたが?」
「はっ、騎士団第一部隊が捕らえた男は、仲間と思われる連中の襲撃により逃亡されております」
報告をする文官は逃げられたと言う。では捕まえたのは誰なのか。ティーバ子爵が目で続きを促す。
「捕まえたのは、冒険者との戦闘にて別の場所で重傷を負っていた男です。当初は死亡しているものと思われていましたが、回復薬を使用して生き長らえたようでした。
その男は取り調べにある程度応じております。アシトという名の男で、兄弟で犯行に加担し、兄は死亡しております」
捕まえたのはクウスが倒した兄弟、双剣使いの弟だった。
「雀誅の人間が取り調べに応じているのか、何故だ?」
雀誅。それは中央ブリアテス大陸で百年以上の歴史を持つ古参の闇ギルドの名だ。
大陸にある闇ギルドの中でも有名で、幾つもの国に根を伸ばす。エステマ王国でも今までに多くの事件に関与しているとされる。
そんな組織に属する人間が、騎士の聴取に応じるのは気味の悪さを感じさせた。
「いえ、それが。アシトという男は頭が良くないようでして、今回の事件のことも碌に知らないようです」
騎士はため息をついて取調べの結果を話す。
アシトは基本的に暴れるのが仕事だ。リーダーのギルから指示のあった敵と戦う、殺す。それだけで、依頼主や依頼内容の細かいことは知らされていなかった。
ギルたち雀誅側も、アシトが誘導尋問に引っかかるのを見越していたと推測できる。
「なので、雀誅の上層部に迫るような情報はありません。しかし、アシトが任務で組んでいた“十始末”についてはメンバーの名前と外見が分かりました」
十始末はここ二、三年のうちに雀誅の組織内外で頭角を現したパーティーだ。エステマ王国でも、黒翼と呼ばれる男が率いていると噂になっていた。
「リーダーは“黒翼”のギル、だったか」
「はっ、黒翼の魔法によって騎士が三名殉職。五名が重傷を負っています」
「なんでも、その場に居合わせた冒険者は継承魔法だと言ったそうだが。どう思う?」
ティーバ子爵は報告にあったギルの魔法に驚いた。
聞いたことも無い魔法。属性も定かでない。
そういった魔法は、継承魔法であることが多い。
継承魔法とは、継承魔術によって継承された魔法のことだ。
継承魔術は、血筋などの限定的な条件の下、主に親から子へ魔法を受け継がせるための魔術である。
継承される魔法は千差万別だが、現代の魔道学では再現できないものが多いとされる。
だが継承魔法は大抵の場合、古代から血統が続いている一族で受け継がれるものだ。
ならば、“黒翼”のギルとは、何者なのか?
ティーバ子爵はそう疑問を口にするが。
「……それは分かりません。黒翼を捕まえるしか知る術は無いでしょう」
「うむ……そうだな。雀誅については、今後も調査を続けてくれ。それで、協力してくれた冒険者たちはどんな者たちなんだ?」
ティーバ子爵は黒翼や雀誅については頭の隅にどかした。
そして、黒翼ら十始末を撃退した冒険者たちについて、文官に聞くのだった。
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